東京都府中市 京王線府中駅前【顎関節症に詳しい医院】

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顎関節症に詳しい歯科医院

このサイトでは、顎関節症、噛み合わせなどの問題について、当院の考えや取り組みを紹介しています。

このホームページは、事、咬合(噛み合わせ)という世界を、とことん掘り下げて紹介していこうという、そんなエネルギーで、書いております。

別に、全ての項目を読まれる必要は無いかと思います。
知りたい、あるいは、面白そうじゃない、そんな興味をもたれた方には、頑張って、是非読破されてください。

どの章も、一話完結になるよう、工夫しております。

ですので、決して、全部読まれようとはされないでください。
それよりかは、ご自身が、興味あるいは、必要性を感じられた部分を読んでいただければ、良いと思うのです。
そして、知りたい分野だけ、読まれて欲しいと思うのです。

また、私自身、成長するホームページでありたいと思う想いがありますので、定期的にをしている側面もあります。

そして、書いている私自身が、ある種楽しんでいる側面すらあります。
そう簡単には読破されるものかと…だから、決して、全部を読まれる必要性は感じておりません。

楽しみたい方がいれば、是非読破されてください。

特集

新シリーズ

『歯科と医科の盲点』
最終更新 2018.04.13
私自身、長年結果論ですが咬合と全身の関わり合いを研究する(ような)状況に陥ってしまいました。いえ、正確に言うと必要に迫られました。

このシリーズを読む

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    最終更新 2020/08/03
    今度は、本音を隠して惰性の悲哀を連れて来るのでしょうか?
    1)また、夜は早く終える経済に戻すらしい。

    東京の感染者数が、そして全国的に感染者数が増えているそうです。で、発症者に関しては、何故かはっきりとしない。
    で、とうとう、うちの知事は、夜の営業時間の短縮を指示し、このまま続くと、また自粛要請をしないと行けないと言われる。

    何故、自粛なのか?
    ①元々、先の自粛は医療インフラがひっ迫する。トリアージを防ぐことを目的としていた。
    ②これが、いまいち分からない。→ここで、報道しない自由を発揮するとは、メディアの方も流石にいつも通りとあきれるしかない。
    ③ホテルとの契約は、何時しかどんどん契約を解除して、ホテル待機は出来ないようされている。
    ④官房長官が、そこは国が金を出しても良い(貸しても良い。)これは、東京問題と称すと、反発で返し
    GO TOキャンペーンがおかしいと、知事が反発される。

    何か、ちぐはぐだと思えてなりません。

    メディアの方におかれましては、嬉々とした悲壮感と共に、日本は終わった。というメッセージを送らないと行けないのでしょう。

    コロナ制圧タスクフォースという流れもあるようです。

    こういった事は、嬉々とした悲壮感の前では、報道することは出来ないのでしょうか?

    とはいえ、実際、悲壮感を前に報道する姿勢のせいか、テレビの広告収入が減っているとも聞きます。
    そりゃあそうだろうなって、思います。寂しいですが。

    科学とか事実を前にではなく、悲壮感という衝撃が、大事なのでしょう。
    でも、その分、見事に跳ね返っているように感じます。

    2)悲壮感の前は、(アッシの曇った眼からみると)正義の報道を頑張られていました。
    モリカケで頑張り、野党が追随し(除く維新)
    桜で頑張り、野党が追随し(除く維新)

    野党は時々、国会開会中、夏休みと春休み、中休みと連休を取る。

    今度は、野党が臨時国会を開会しようと、働きかけているらしい。
    自粛はダメだと言い切っておられたと思いましたが、今度は自粛しないとだめだと、張り切られている。

    情報ですから、どこまでが正解で、どこが捏造・偽造(この表現は不適切らしいです、角度を付けているが適切らしい)か、境界線の見極めは、
    正直、メディアを見る限り、アホな自分の能力では分かりかねます。

    でも、そんな中、うちの知事の着想というか、発想は、どうにも違和感を覚えてしまいます。

    何か(日本がダメになるという点だけに立脚された)意図が、準備されているように思えてなりません。
    でも、きっと、後2~3週すれば、もう少し、この流行り病について見えてくる気がします。

    そうあるだろうと信じています。
    それが科学という存在だと思っています。

    この時、嬉々とした悲壮感の彼らはどうなるのでしょう。

    知らぬ顔で、別の事を言い切るようで、嫌だなって勝手に思っています。

    本当に全体で休むべきなのか、一部の地域に限って休業させるべきか。
    あるいは、業務形態を一部変えれば、出来る可能性は無いのか。

    こんな議論があった、そして、このような展開になった。
    こういった報道は、相当に受けがたい姿勢なのでしょうね。

    すると、嬉々とした悲壮感を表に出す限り、一番は安パイな表現法なのでしょう。

    一個忘れているのは、その瞬間、報道とは呼べない事実だと思いますが。

    3)見方
    結局は見方というか、立ち位置次第で、実は景色も変わるのでしょう。
    ですが、それには、どういった意識でこの国で生きようとしているのか、されているのか。
    そんな所に大事な部分が隠されているのでは、そんな事を思います。

    では、あっしにの中の意識は何なのでしょう?
    いつものように、優柔の性格故、ウジウジ悩んでいる模様です。

    精度に拘るべきか、諦めるか…

    いずれにせよ、本当に自粛に戻すべきか、もっと、事実を知りたいものです。
    おしまい








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    最終更新 2020/08/01
    計測、命と徹っせればよいのでしょうが…
    いつも、ぼかしたり茶化したりと、なるべく書き記したい内容がストレートに届かない工夫を心掛けています。
    1)言葉の力が弱い人間の場合
    変な話です。

    あっし自体は、人間として大した人物ではないですが、一応は歯科医の端くれです。(一応、国家試験を通っているので(汗))
    そんな人間が、何かを感じて発信するという事は(きっと、ブログという存在がそういう代物だと思いますが)実は、とても気を付けないと行けないと思っています。

    離言なんていう表現があるようです。取り立てて、文学に精通している訳でもなく、国語力に秀でた物がある訳でもなく。

    不真面目な人間が何かを語るという行為自体が違和感だらけですが。ま、気が向かれたらお付き合いいただくとして。
    面倒と思われたら、パスをして頂くとして。

    仏教という世界観に照らす時、真如には「離言真如」と「依言真如」があるようです。
    真如とは、本来、言葉で説明し尽くす事のできない、言葉を離れたものという存在になるようです。
    真如には、”あるがまま”なんていう解釈域も認められるようです。

    言葉を離れた存在であるから、「離言真如」と言うのでしょう。
    同時に、真如は言葉で表現できないものとして、でも、言葉に依らねば、伝える事ができない側面もあります。
    ですから、何とかして言葉で真如を表す事が要求される場面もあるのかもしれません。

    これを「依言真如」と表すようです。

    さて、そうは言え、これが嬉しくない言葉の独り歩きを始める時、さてその表現自体が適当だったのか、適切だったのか。
    そんな感覚を覚える時があるのではないかと、経験として思う時もあります。

    賢い人間で、アッシがあれば、言葉の一人歩きをさせる事も無いでしょう。情報の独り歩きとでも言えば良いのでしょうか?そんな事も無いでしょう。
    でも、どうにもこうにも独り歩きをさせる傾向があるらしい。
    だから、そんな能力は無いと割り切っています。
    誤解されやすいと割り切ったり、伝わる事は無いと、自分を受け入れた方が良いと、自分自身を評価しております。

    小難しい表現ついでに、仮に論理和と表現すれば良いのか、離接的判断出来る構成力とでも言えば良いのか、こんな表現に巧みであれば、きっと、独り歩きをさせる事も無いでしょう。


    どうやら、違うらしい。

    だから、何時しか如何にボカスか、そこだけに拘る様にしています。

    本当は問題か、寂しい人間の証拠なのでしょうが。
    暈す事でぼろっかすに言われる事を避けたいのでしょう。

    だから、専門家の端くれと表現する方が居心地が良い。

    2)でも、そうはいかない場合もあるらしい。
    さて、どういう縁か、そうはいってもここの治療に藁をもすがる思いで訊ねて頂くクライアントが登場する事もある。(患者という表現ですら、ぼかしたいのでしょうかね?)

    生体反応に隠された機構があるとは思いつつも、(誰とは書く気はありませんが)相手されず、ま、徒然に相手されない自分を受け入れ続ける訳です。

    そのエネルギーは、実際の所、諦めるという感覚が近いのかもしれない。ま、それも人生と受け入れれば、苦悶は生まれない。

    でも、これで治る時、苦しいが、実は表に出せない時もある。
    ま、不器用と言う事で自分を肯定する限りないと割り切る訳です。

    某大学でリリカという発想で治療を受けていた患者がいたとする。

    線維筋痛症と疑われ、処方された時もある。

    ま、どうなったかは別に。
    誰が何をしたかは別に。

    今は、時々元気な表情を見せに来る。定期的に来院され、定期的に何かを当院では治療の真似事をしている。

    ま、死にたいと家族に電話する事もなく、普通に働いている。別に、どこの病院にも通ってもいない。

    ま、生体反応の異常サイクルを変えただけなのでしょうが…

    でも、臨床という現場は、一々治したことを報告する物でもない。ま、治った実際を報告する物でもないでしょう。エビデンスが強くなければ、
    せめて離接的判断が出来る構成を演出できなければ、報告だって、公には意味をなさないと、自分の論理性のなさと割り切る以外ない。

    ま、医療の一つの役割。社会復帰に貢献できれば、それもありだろうと思ってもいる。

    唯、そういう物なのでしょう。

    ふと、タイミング良く、色々弄られ、ここに辿り着いたクライアントと会う。

    説明を加えながら、フェイスシールドで息が苦しくなり一息をついた際、何気に、もう一人のアッシの頭は、先のような場にぞぐわないかもしれない
    不純な回想をしてしまう。

    この今は、普通に生きています。今考えると、ありえない状況ですという言葉を思い出しながら、10年前を思い出す。50代になったら、大変だから受け入れたくない。体力を消耗するし…今考えると、とても失礼な事を言ったのかもしれない。でも、リリカが良いのか、○○(三環形抗うつ剤が良いのか)。○△歯科大はどうなのか、そんなアッシにとっては非生産性の会話は苦しく、本人にとっては大事な話題は、医療を仕事にする人間にとっては、迷惑千万だったような気もします。

    一緒に戦うか、あるいは、されないか!それ以外ないだろうにと、先の言葉の延長なら言離を決め込んでしまう。
    今更ながらに、何様と言った次第です。ま、その程度の人間なのでしょう。
    唯、あの時の心境は…
    ま、言葉に出来そうなときに、チャレンジしたく思うのです。

    3)ならば、と拘り続け
    せめて分かる事を整理し続けなければという想いが、何かを導き出したのかもしれない。

    上手く行かなければ、生体反応の見出す場所の盲点を、自らを責め続けながら、攻め手を探し出し。
    アホな人間だから、これぐらいでちょうど良いのでしょう。

    上手く行くには、計測という発想を表に出さざるを得なくなり。自らにプロット点を課し、具現化させ。
    アホな真骨頂の発揮でしょう。

    でも、計測は更なるレベルアップをさせなければ、どうにもなるまいと、アホ故に考えだし。

    そんな位置づけが今の立ち位置なのでしょう。

    で、精度に拘るかと、本意でもなく。
    唯、専門家の端くれという限り、仕方ないかと諦め。

    それが、今のもう一つの立ち位置なのでしょう。

    精度に拘る。これが、やはり何度も行き着きたくなくて逃げる理由を探しては、
    でもな、と、拘りを思い出し。

    精度に拘る。眠れない自分と仲良くなりたくなくて、眠る事にあこがれ、でもな。
    と、拘りを思い出し。

    ま、拘りにも戻る以外ないのか…

    ま、そんな心境です。

    何を言いたかったのか?実は、結論は、またも出ません。出ていないようです。
    ま、GDGD計測に拘るか、やはり、やりたくはないけれど・・・


    そんな所なのでしょう。

    しかし、真面目にHPを読んで下さる方がいるとは、驚きでした。

    読ませないがテーマのブログなのに。

    おしまいです。

    それでは、また


















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    最終更新 2020/07/26
    流行りまくっている事は否定しようもないけれど…何かがね?
    三密を(集・近・閉)を怠らず、この精神は日々怠らないようにしています。数だけを嬉々として(心が曇っているのでしょう)悲壮感を全身に滾らせて報道する(ように感じる)テレビを見ると「日本は終わるなって」妙に感傷にふっけってしまいます。連休に思わずニュースを見ようとしたアッシが悪い。

    ところが、ところ変わりネットニュースを何となく眺めると、いやいや、警戒を怠る事をしなければ何とかなると思えてしまう。このギャップは何なんでしょうか?

    アゴラからhttp://agora-web.jp/archives/2047268.html、などを見ると、テレビの報道って科学を全く知らない人間が報道という名を借りて危機を煽っているだけじゃんと、妙に勘繰ってしまう。

    そう言えば、アメリカからは、中国共産党に対し、あたかも彼らからすればアッシらの国がきっと、パニクッタ”ハルノート”のような通達が為された。この事の分析や、日本が進むべき事など、こいつらは本当に興味が無いのだなって思えてしまう。ニュースで、この内容を知りたいと思い拝聴しようと、画面をつけてみれば、全身悲壮感の顔だけが見えてくる。

    アゴラの言う内容の方が合点が行くアッシにとっては、こいつら何を報道したいのかと、心がますます曇る始末。

    領事館を閉鎖し、中国スパイを摘発し、アメリカは全世界に中国共産党に対し立ち上がろうと、映画にすればまるで、一つの佳境を見る感覚を覚える。

    これに対し、何かを受け止めなければならないのだろうし、考えなければいけないのだろうと思いつつも、テレビ画面の中の嬉々とした悲壮感を見ると一緒に日本は終わったと思わないと行けなくなる。そんな演技力は本当にご立派だ。たまには、科学に基づく取材に取り組めば良いのにと思う。NHkにおいては、援護射撃のように新型肺炎(武漢肺炎)の怖さを、ドキュメントで流す。怖いから、すぐに消してしまったけれど。

    ところで、ダウィンが来たには、悲壮感を漂わせる演出が無いから、安心して見ている。義務としてNHKにお支払い続けています。で、何も見ないというのも悔しいからダーウィンが来たを見て、映画鑑賞代と割り切って払う事を納得させている。ところ変わって、BBCは、ウィグルの収容所に対し駐英中国大使に取材を試みる。企画・発案する発想力もない側からすれば、新型肺炎の取材はご立派です。正直思います。

    でも、アッシとしてはBBCの如く、切り込む怖さの方が遥かに貴重なニュースと感じてしまう。でも、一緒に悲壮感を持ちましょう運動に最大の援護射撃如くのタイミングでの放映は、あっぱれと感心してしまう。相当に心が曇っているのでしょう。

    そうそう、ニュースキャスターのリストラが始まるそうです。大物と言われる方々らしいが、何も思えない。更には、ニュース番組事態の枠を減らすという話も、どことなく飛び込んできている。

    何だ、アッシだけでないんだ。妙に納得する。

    伝えた欲しいニュースより彼らが出したい表現に基づく(今は悲壮感)ソースを、科学など無視して、報道するなどと続けていたら相手されなくなるだろうなって妙に安心する。
    正義というか、革命の如くの高昇感を得たい演技をしたい時は、#me too運動であったり(この裏方の影の大黒柱のソウル市長の死については、フワァとした報道のようにも感じますが)、モリカケであったりと。なんだかオカルト映画か、ファンタジー映画の世界を見る様で、年を食ったせいかこの手が苦手のアッシには、どうにも縁遠い感じです。

    http://agora-web.jp/archives/2047268.html


    アゴラは、更に分析をされている。

    どちらに重きを置きたいかと言えば、悲壮感を持ちましょうという演出より、冷静に判断、判別していきましょうという感覚の方が、明日も生きたい側からすれば楽になれる。更に言えば、中国共産党の脅威を世界が認識し始めている現実の方が、嬉々とした悲壮感を持てばよいというメッセージを送る人の存在よりも、遥かに大事な事実と思えてしまう。どうなるのでしょうね?

    良い取材をしている方々を活躍させる事が出来ないメディアに、本当に未来があるのでしょうか?オカルトかファンタジーと割り切るとして、その演技者以外は、不要なのでしょうか?
    いずれにせよ、アッシの場合、ますます、テレビから離れていくのでしょうね。

    新聞を喫茶店で読む物と割り切り、距離を開けたように。テレビも、見ない方が実に心地よいと改めて思いなおした連休でした。
    天気予報と、国際試合ではない国内スポーツにしかニュースの価値が無いと、改めて思いなおした4日間でした。

    心が曇っている証拠でしょう。

    さて、歯牙の形態を如何に回復させるか。その精度と再現性を上げるか、ここに次の技術目標というか解決目標を定めた側からすれば、あまりの壁の大きさに高さに絶望に近い感覚を覚えている今日この頃です。
    今回ばかりは、打ち破れないのかな~。

    ま、ちょっとした心境の報告になります。

    あ~あ、嬉々とした悲壮感を持って仕事で糧を得る体験をしてみたいもんだ。

    考えれば考えるほど、重い。参りました。

    おしまい

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    最終更新 2020/07/17
    流行り病が、また蔓延りつつあるようですが…
    時折、上念司さんのブログやユーチューブを拝聴・拝見させていただく事があります。

    そんな時、東洋経済の流行り病の事を紹介していました。

    https://toyokeizai.net/articles/-/363402

    これを読む限り、無作為に怖がる必要があるのかと、個人のアッシは考えたりもします。

    警戒を怠る事でもなく、メディアの方々が嬉しそうに報じる夜のお店で”たらふく飲む””喰う”を肯定する
    訳でもなく。

    唯、感染者数は沢山嬉しそうに報道して頂くのですが、発症者数に関しては、謙虚の性格のお陰なのか、現実を
    伝えてはいけないという優しさ名の下、大人の事情の苦渋の決断の末なのか、アッシには、一切報道されているように感じません。

    嬉しそうに報道する(報道する顔は悲壮感を更にパワーアップされているように感じますが。アッシは、曇っています)
    様感じる、寂しい性格故に、数に関してはネットで確認する程度にしています。

    報道する方々の、たくましいぐらいな悲壮感ブリと感じる様は、日本の経済を壊してしまえという、隠された大人の
    どすぐらい事情があるのではないかと、勘繰りたく思うのです。

    警戒をさぼって良いという事を訴えたい訳でもありません。

    ムヤミヤタラに何かを煽ろうとするよりも、もっと、科学に基づく報道姿勢があっても良いのではないかと
    思う訳です。

    実際、医療崩壊を狙うが如く、PCR検査を訴え続け、彼らの希望通りPCRの検査数が増えた見れば、ひたすら
    悲壮感を煽る。いえ、ふわーっと煽るという方が正しいでしょう。

    紹介したアドレスをゆっくりと読むと、如何に彼らが何ら整理もせず、ふわーっと煽っている意味合いが取れるかもしれません。

    現場はですね。

    グローブがいまだ発注停止です。
    この意味が何を意味するのか?

    あ、メディアの方は、報道しない自由を謳歌しながら、ふわーっと煽る大人の事情が優先するからなのでしょうか?

    科学という視点を横に添えなければ、ふわーっとさせる以外ないでしょうし、それが結果として煽る事になっても
    不自然ではない。でも、この不自然さを打ち消すには、ふわーとさせる事と、悲壮感を漂わせる以外術もないように
    も、感じます。

    ま、そんな嫌な感じを受けるが為に、報道の方がかかわる画像は受け入れないよう心掛けています。
    これ、あっしの見ない自由の発揮です。
    報道しない自由、政権を破壊させる事だけを狙う自由という名の偏向操作、野党だけを称える自由という名の応援
    報道、ま、個人の趣味ではないので見ない自由で、距離を置くようにアッシはしています。

    で、その自由の中、報道で、アッシが大事にしているのはスポーツニュース。
    ここには、キャスターの方の迫真の演技は無い。
    作られる事実はないし、ある一方向に向かわせる事実偏向もない。
    なんと素晴らしいのでしょう。

    国際試合に関してのニュースは、大人の事情があるようなので見ないようにしています。

    税金のような公共料金とでも割り切る皆様の〇HKは、動物番組ダーウィンが来たが最高です。
    ここにも、意図した操作は無い。
    何とも心地よい。

    ま、そんな感覚で、アッシなりのふわーを大事にしています。

    ま、そんな性格紹介でした。

    でも、これを続けると現行のメディアと言われる会社の、どれくらいが5年後、いえ、3年後かも知れません。
    羽振りが良い状況を維持できるのと思う次第です。

    だって、その大人の事情を守る努力の為、あっし、テレビから相当に距離が開きましたから。
    コマーシャルも何が面白いのかも一切知りません。
    視聴される方が多ければ、コマーシャルに協賛する企業も変わらずあるのでしょうが、実際、少なくなってしまった際、
    協賛する企業ってあるのでしょうかね?

    これ、個人の疑問点。


    そうそう、計測の機器は素晴らしかった。
    おかげで、新たに気が付けるものもありました。

    さて、どうするか?

    考え続けたく思います。

    一世一代の決断と言うくらいに販売価格でもありました。

    さて、どうするか?

    *小心者ゆえに、これに対し、何も報告しないかもしれません。
    どうぞ、承知ください。

    落ちもない所で、おしまい


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    最終更新 2020/07/14
    悩むなら、見ないで悩むよりも、確認して能力を図ってから悩む事もありかと…
    心臓はバクバクしています。実際、企業の工場に行ってみようと、紹介された方に進められます。
    どうにもならんと、課題に気が付きつつ、困っている自分と、
    どうにかなるかもしれんと、理解して、金繰りに悩む自分。

    どっちが良いかと悩んで、まあ、見に行こうと決め直します。

    今流行りの、テレビ電話は、私がいまいち乗り切らず。
    デモストレーションというなら、わざわざ来られなくとも、自分が行く方が
    早いのでは、と思わず言葉を発す。

    え、何で?

    こんな言葉が自分から出るなんて…

    ま、仕方ない。

    見ないで悩むよりも見てから悩もうと思いなおす訳です。

    おしまい
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    最終更新 2020/07/13
    計測も極めたければ…
    計測を唯、淡々と行うようしています。さて、計測に関し提案を受けます。
    高級外車程度の値段ですが、短期レンタルで計測をデジタル化を図ってみませんか?

    嬉しい申し出と苦しい申し出です。
    嬉しいのは、数字化できれば研究機関が相手してくれるかもしれない。
    →きっと、何かが起こる筈。

    苦しい申し出は、そのレンタル費をどう調達するのか…
    →安易にチャージを診療においてしてはいけない物と承知します。
    でも、数字化が可能になれば、より現実的な何かを把握できるかもしれない。

    さて、どうすべきか?
    開業医と言え、科学に対し貢献できるなどとは己惚れてはいけないけれど(勘違いしやすい質なので)、もっと、分かるよう医療体制を整えるべきか。発展すれば、科学に少しは貢献できるかもしれない。

    開業医だから、そんな行為は一切する必要はない。

    どうすべきなのでしょう?

    提案が具現化しない事、これが一番なのでしょう。

    足りない頭で、また悩むことになるのでしょう。

    そんな感じの、おっさんの悩みでした。
    おしまい
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    最終更新 2020/07/10
    大変なこちゃ
    1)武漢肺炎が、また東京でその数を増やしているという。大変なこっちゃ。

    破傷風に例えると、傷が出来ました。その後、悪化して破傷風になって、始めて大変なこっちゃだと思いますが…


    感染者数が増えて、ホテルに隔離して。次に発症を確認して医療機関という順番だと思っています。だから、発症者数の方が大事と思いますが、どうやら違うらしい。大変なこっちゃ。

    でも、メディアの方は、感染者数が増えて大変なこっちゃらしい。
    君らが、憧れたPCR数を10倍にしたら、感染者数が出た。
    憧れのPCRで、憧れの数が増えているのに、メディアの方まで喜ばずに大変なこっちゃと、一緒に騒いでいるように感じます。

    さて、ここからどのように扇動を開始されるのか、と思うからアッシの心は大変なこっちゃ。

    煽られないよう、冷静でいるには中々、大変です。
    2)雨で九州が大変なこっちゃ。

    *犠牲者やその家族の無念を思うと何も言えません。

    脱ダム宣言で、ダム廃止ブームを煽ったメディアの方は、この状況を当然とせずに、大変と報道される。大変なこっちゃ。
    ダムは無駄と、啓蒙活動されてきた方々は、どこに行かれたのか、大変なこっちゃ。

    とりあえず、温暖化で、日本のCO2が多いせいだそうだが、日本は世界に占める割合は3%代。(4%に行かない)
    全体の降水量が、急速に増えている訳でなく年間の上昇は無視僅かに減るか同程度なのに、温暖化のせいだそうだ。

    大変なこっちゃ。

    でも、仮にダムを造れたらどうなっていたのか、そのシュミレーションをするというか、検証をする事は出来ない物なのでしょうかね。

    これを抜きに、温暖化で犠牲者が出たから大変なこっちゃ、とされた時には、どうにも始末が悪い気がしてなりません。

    脱ダムを煽られたメディアの方は、煽ったのは俺ですと手を上げられるか、せめてダムがあった場合のシュミレーションの比較はできない物なのかと、
    妄想をしてしまうあっしは、大変なこっちゃ。です。

    さて、所変わって、アッシが住む東京。

    海抜の低い所の洪水対策は、如何なのでしょう。都知事に再選されました。知事は、ここに目が向かれているのでしょうか?昨年は堤防は景観を壊すと反対運動の活躍のお陰で、洪水被害がありました。反対運動を常にクローズアップされるメディアの方は、せめて、もし堤防が出来ていた場合、どうなっていたかシュミレーションが出来ないのかと、大変なこっちゃと思いながら、考えてしまします。

    4)そこで、ファクトチェックという方法も出て来ているようですが
    どちらファクトかは、時に読み手の判断に任せてもいいように思います。
    ファクトと決め(つけ)る前に、その対比なのか、反対意見なのか分かりませんが、両方を紹介する方が良いように思います。


    一方向から一方向の表現が適正か否かという方法は、実は厄介な事を増やす事になる気がします。

    大変なこっちゃすら、ならないよう、煽ってはいませんよ。という点だけを強調する様で、その情報に触れた際には、余計判断を誤る気がしてなりません。

    心地よい表現はどれか?(無論、心地よいと感じる層を先に分析して受けが良いように構成する)

    こんな事が行われれば、むしろこの方が大変なこっちゃと思います。

    5)学会の日程が変更になります。
    武漢肺炎の事もあり、時期を寒くない時期にします。
    さて、どうしようかと、悩み中です。

    そんな大変なこっちゃと、思う今日この頃です。

    おしまい


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    最終更新 2020/06/22
    えっ?2週間後?
    そういえば、都知事選。後2週間後なのですね。今日、改めて知って驚きます。

    三密と今まで現職は強く訴えられていたのだから、延期とか、ネット投票とか、何かしらの方法は無い物かと
    考えたりもしますが、ま、そういう物なのでしょう。

    しかし、
    スギ花粉0とか、ラッシュ対策は、2階建て電車が走るとか、アニメシティー東京と仰られていたように思いますが、
    公約は、どこが実現したのか、正直見当がつきません。ま、これは、アッシの主観ですので、何かは実現したのでしょう。

    豊洲では、散財を散々決められて、いきなりステイホームと表に出てきた。
    個人の主観など、こんなものです。
    唯、東京ニ―ゼロニイゼロ(棒)という音の響きに、何が見えるのか興味もないせいか虚しさを覚えます。

    あ、これは、あっしの感想。

    時限的であれ事業税0とか、分かりやすい方が良い気もします。

    東京オリンピックは、個人としては複雑な所です。
    出来る事なら、開催して欲しい思いもありますし、放たれたウィルスが何ともならないなら、開催は無理なのでしょうし。

    こればかりは、天のみぞ知ると割り切る事なのでしょう。

    しかし、2週間後に新都知事が生まれるとは、改めて驚きます。

    おしまい

    あるストレッチを患者に指導します。
    すると、線維筋痛症にも、顎関節症にも、まあ、。効く
    不思議なものです。

    おまけです。
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