
新シリーズ
何かあるを追加致しました(2012/05/12)
虚構のシステムの中の医療続きを追加致しました(2012/03/30)
顎関節なお話〜ソクラテスな歩き方続きを追加致しました(2012/03/30)
虚構のシステムの中の医療を追加致しました(2012/02/18)
再考:噛み合わせ治療続きを追加致しました(2011/11/13)
再考:噛み合わせ治療を追加致しました(2011/10/30)
噛み合わせって何?続きを追加致しました(2011/10/09)
新シリーズ
噛み合わせって何?を追加致しました(2011/09/27)
見える景色続きを追加いたしました。(2011/7/25)
新シリーズ 見える景色を追加いたしました。(2011/6/5)
後ろのレレレの正面はどっちだ?続きを追加いたしました。(2011/6/5)
後ろのレレレの正面はどっちだ?続きを追加いたしました。(2011/5/14)
後ろのレレレの正面はどっちだ?続きを追加いたしました。(2011/4/24)
後ろのレレレの正面はどっちだ?続きを追加いたしました。(2011/4/20)
後ろのレレレの正面はどっちだ?を追加いたしました。(2011/3/26)
勝手にオチャラケピーヒャララを追加いたしました。(2011/3/26)
顎関節なお話〜ソクラテスな歩き方を追加いたしました。(2011/1/30)
デンタルサイクルと、身体と続きを追加いたしました。(2011/1/30)
2011年 年頭のごあいさつを追加いたしました。(2011/1/6)
とんでもない地震が来ました。そして、とんでもない状況も来ました。淡々と今を迎えるしかないのでしょう。きっと、他に良い方法が無いから。
目の前に広がる光景は、理不尽と思います。
目の前に見える風景は、矛盾と思います。
光景を目の当たりにされた方々には、自然界はきっと相当な理不尽さを渡したと思います。そして、この理不尽さの先には、哀しい・悲しい沢山の涙があると理解しています。だから、忘れない為に、祈る。この事を、僕は受け入れたい。
尊い魂を忘れない為に、祈る。 尊い歴史を忘れない為に、祈る。尊い人々が、そこで生活をしていた事、そこで息吹を奏でていた事を、脳裏に焼き付けるべく祈る。その事が大事な気がする。
そこにいたはずの人々の命が、生活が、全てが、流された事を忘れない為に、祈る。それを、忘れて、歩もうとする事は、きっと、良くない。そんな気がする。
尊い魂の事を忘れる事は、津波に流された人々を侮辱する気がする。生きる屍の如く、ただ、死人をむさぼるそんな、寂しい物に、自らを貶める気がする。 だから、祈る。
その一方で、風景を見る事を許された側は、どうなのだろうと考えます。だって、生きる事と、祈る事は別だから。僕たちは、これからも生きなければなりません。
あんなに自然にいじられても、社会を維持する遺伝子を組み込む事に成功した歴史の重みを尊重しなければならないと感じる僕がいます。多分、組み込まれた遺伝子を、尊く思うべきなのでしょう。そんな僕がいます。
皆が不思議な経験をした後、哀しみに暮れても、立ち上がらなければならない、そんな分かり切った事の為には、夢中になる尊さがいるのだと思います。信じられる尊さが必要なのだと思います。尊さに、哀しみを乗り越え、暮れるだけのみすぼらしさから立ち上がり、前に進む力が生まれて来るのだと思います。
きっと、それには公の精神に立ち返る事から生まれるのだと思うのです。
公の力は尊いはずだ。
それぞれが、らしさを思い出す事が、きっと、尊い事だ。
その作業には、例えば、情報を伝える人の暑苦しい台詞などうち消されるはず。ミスは無かったのか?誰の責任かと、一見すると、正しく思える台詞で、各々の責任者を、攻め立てる。 そんな台詞は無いはずだ。専門家がギリギリの判断で、必死に考え、決断した行為に、危機を如何に回避するか考えている行為に、暑苦しい質問は余計だ。
責任と、ミスと云う台詞は、尊さがあるのだろうか?暑苦しさしか感じ得ない。
焦らず全うして頂かない限り、前に進む機会を貰えない側は、尊さを感じられない台詞は、無神経さと、公の精神に対する幼さで寂しくなる。
こんな事をいぶかる僕は育ちが悪い。 でも、今は、尊重を重んじる時だと思う。分かんないけど…
危機を大事と考える決める人も暑苦しく感じる時もあるから、本当に育ちが悪い。危機だから増税だと、決めつけ台詞の決める人は、きっと、頭が凄く良いのだと思う。育ちの悪い僕には無い感性です。どうしても、そこから公が感じられない。
妙案など無いけど、まだ、オチャラケテくれた方が、気は軽い。専門家の世界だと思うけど…
何とか会館をたくさん作れる宗教、犯罪を行っても宗教と云い続けられる宗教、観光を頑張る宗教。 祈りの仕事が、いつの間にか社会的に優遇されている立場になられている方々から、ちょっと、協力してヨ、今回だけ!で、普通に貰う事は出来ないのかと、本当に育ちが悪く思う始末です。
危機だから、祈る事とは別に、今まで優遇され続けていた余興を、本筋に戻すべく、余計なぜい肉を少しだけ削いでみるのも、一興と思うから本当に育ちが悪い。
頭の良い決める人には、公=増税以外の創造性はないのかしら?
立ち上がろうとする側には、危機だから増税と云われるならば、自らをどう賭すのか、それこそ、政局が仕事と思える事を、反省して頂かなければ、身勝手な公ねって思っちゃうけどな。本当に、育ちが悪い僕です。
途方に暮れる側に、危機だから増税だと云われるならば、自らを途方に暮れて、それこそ、むしり取られる気持ちの理不尽さを、当たり前に受けいれられる方法を紹介しなければ、難しいと思うけどな?そんな公ってあるのかしらね?育ちが悪い僕です。
情報を司る人も、決める人も、如何に目の前に表れている矛盾が、時間という薬で解決する事があるか想像せずに、短絡的か直情的かと、育ちの悪い僕に感じる。幼稚と思われる台詞は、どうなのでしょう。沢山、煽り続けた政局ゲームはどう、落とし前を付けるのでしょうね?頭が良いだけに、性質(たち)が悪い。育ちが、悪いのでしょうね。これ、僕の事。
地元に帰る頭のいい人は、どれだけの悲劇を見つめられるのでしょう?
地元に、友を失い、身内を失いし方々は、どんな想いでおられるのでしょう?
そんな情報も何も来ない中で、頭のいい人の増税だと云う、安直に聞こえる台詞と、針の穴を突っつくような稚拙な質問が、どうしても目立つと云う勝手な思い込みと云う、育ちの悪い僕の勝手な、正に、妄想的なお話でした。
多分、不思議な経験は、哀しい経験と共にやって来て、矛盾だけがクローズアップされて行くのでしょう。祈る行為を忘れるつもりはない。 そして、人を尊重する精神を忘れるつもりもありません。
でも、今こそ、公の人には、公らしさを見せて欲しい。出来ないなら、退場して欲しい。
その上で、“だから”、“これからを”、多分、明確に拘る時なのだろうと、個人の僕は思います。
チャンチャン。
予約等でご迷惑をおかけします。今は、淡々と処理するしかないと考えています。
何卒、了解ください。
こすがいちろう