東京都府中市 京王線府中駅前【顎関節症に詳しい医院】

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顎関節症に詳しい歯科医院

このサイトでは、顎関節症、噛み合わせなどの問題について、当院の考えや取り組みを紹介しています。

このホームページは、事、咬合(噛み合わせ)という世界を、とことん掘り下げて紹介していこうという、そんなエネルギーで、書いております。

別に、全ての項目を読まれる必要は無いかと思います。
知りたい、あるいは、面白そうじゃない、そんな興味をもたれた方には、頑張って、是非読破されてください。

どの章も、一話完結になるよう、工夫しております。

ですので、決して、全部読まれようとはされないでください。
それよりかは、ご自身が、興味あるいは、必要性を感じられた部分を読んでいただければ、良いと思うのです。
そして、知りたい分野だけ、読まれて欲しいと思うのです。

また、私自身、成長するホームページでありたいと思う想いがありますので、定期的にをしている側面もあります。

そして、書いている私自身が、ある種楽しんでいる側面すらあります。
そう簡単には読破されるものかと…だから、決して、全部を読まれる必要性は感じておりません。

楽しみたい方がいれば、是非読破されてください。

特集

新シリーズ

『歯科と医科の盲点』
最終更新 2018.04.13
私自身、長年結果論ですが咬合と全身の関わり合いを研究する(ような)状況に陥ってしまいました。いえ、正確に言うと必要に迫られました。

このシリーズを読む

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    最終更新 2019/09/02
    姿勢制御系、脳幹―脊髄路系とでもいえば良いのでしょうか?
    A)姿勢と顎位の関りに関し、様々な議論があるようですし。
    関連がある。関連がない。
    ①顎位が導くのだ②顎位が導くという事自体が科学でない③ありえない④分からない。

    こんな議論が行き来するのかと、そんな場面に出くわすと
    平たく整理すると、大体上の4つに意意識層に分かれて終わるのかと思います。
             ↑
    これは、あっしの主観でしかありません。

    B)で、不定愁訴としましょうか?
    顎位が姿勢を直し、不定愁訴を直すのだ。

    それはあり得る。ありえない。分からない。
    a姿勢が治ると筋バランスが落ち着くことで、治るのだ。脳に行き着く血液量は○○。だから、証拠になるのだ。
    b姿勢が落ち着くと、無理な力がかからなくなることで治るのだ。その証拠に、ホルモンバランスの変化が落ち着くのだ。
    (abは、ほぼ同義。証拠は、どちらを乗せても良し)
    c顎位と身体に関係があるという根拠自体がないから、その論拠自体がおかしい。
    dわからない。

    だいたいこんな意識層に平たく整理すると分かれる気がします。←これ、アッシの主観。              


    では、今分かっている科学用語をあっしなりに活用するとどうなるか。
    A)の場合
    姿勢制御系という反射システムとでも表せばよいでしょうか?
    この姿勢制御系に、きっかけは顎位でも良いのでしょうが、ここに影響を与える事が出来れば
    姿勢は科学として変わる事を、述べる事が出来るのでしょう。

    そのように思います。

    ま、この姿勢制御系に対し、要素というか因子というのか、そんな項目を組み合わせないと難しいのだろうな
    と、(議論という場で)立ち位置を科学という土俵で説明をする上では難しいのだろうなと思っています。

    この瞬間、わからないは別に、②顎位が導くという事自体が科学でない③ありえないの派閥の方は、
    同様に科学の用語で反証しないと科学では認められないのだろうと思うようになっております。               

    B)の場合
    例えば、慢性疼痛(多くの場合、歯科は不定愁訴と言葉をアッシの立場では濁している)
    の場合、以下のような方法があるようです。

    ①脳内モルヒネを介する機構の活性化 

     ②内因性オピオイド系鎮痛(上行性疼痛抑制系の利用。) 

     ③下行性疼痛抑制の活性化 

     ④広汎性侵害抑制調節の活用      


    どれが、どの治療と具体的に紹介するほど賢くないので割愛します。どうぞご了解を。

     で、あっしも不定愁訴と(この言葉は便利です)濁しながら、慢性疼痛が治った と

    いう世界観を上記の①~④を用いて表現を科学にするとき、c顎位と身体に関係があると

    いう根拠自体がないから、その論拠自体がおかしい。dわからない。

    は、議論という土俵から外されるのでしょう。                     

    話を変えて

    もっと、過激な表現をすると、かみ合わせを治すと○○(キャッチコピーならOKでしょう。)

    顎位のずれが起きると○○(キャッチコピーならOKでしょう)

    というキャッチコピーである事に関しては、何ら申すものではなありませんが、

    科学という土俵に乗せ治すとき、上記の①~④のどれでもいいでしょうし、併記でもいいでしょうが

    これらを術者が理解なり治療体系の成立がない中で、治療が進むとするならば

    どうなのだろうと、個人のアッシは思います。


    ま、賢くないアッシが、科学という言葉を用いる方がもしかしたら、笑止という状態ですがね。


    そうそう、前のブログで患者の眼を見れなくなる医療者もいる様だ。

    驚きというよりは悲しみのエネルギーの方が、アッシの場合は大きかったですが。

    でも、彼らはこのページで言えば②という行為を科学という土俵では行っている事になります。


    歯科のかみ合わせを治すと、○○が起きるとか、

    歯科の顎位を治すと○○が起きるという説は、

    ①~④のどこにも該当しなければ、あるいは姿勢制御系に対しこのような効果が

    という立証なり、仮説化しなければ、自然科学という世界では実際の所

    トンデモ学説と片づけられるようです。寂しい所ですが。                 


    さて、ところで、あっしは?と問われるとしたら?

    科学という土俵に(あっしらは自然科学という土俵でしょうが)乗せるべく、出来る事を

    やらないと行けないのだろうな。っと、今の所立ち位置を決めているようです。

    明日、演題を申し込もうと思っています。発表の場を与えられると良いなという感じ。

    で、今回はしっかりとした論文を書いてみようかと考え、後悔もしています。

    賢くない人間は、賢い人を”なるほど”と、言わせるというか、科学と認めて頂くには

    泣き言以外出てこないようです。                                     

    今日、姿勢に関してとバランスは守りますが、手の痺れまで来るとなると…

    姿勢制御系は守りますが、さすが脳幹―脊髄系までとなるともう少し治療を

    深めないといけません。と、話したことを思い出して書いてみました。


    おしまい










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    最終更新 2019/08/31
    正中なんだよな
    慢性疼痛という奴は、結構厄介だと思います。
    筋硬症という触診すれば、固い(例えば、頸コリ・肩コリ)のようなものがあるとします。

    これがあるからと言って、慢性疼痛につながるわけではない。
    かといって、慢性疼痛でお悩みの方は、結構、この筋硬症をお持ちとくる。

    ある世界では、トリガーとみてこいつと対峙すればよいと考える。
    ある世界では、中枢神経系の感作とみて、薬という処方を行う。

    この評価をするほど、アッシは偉くありません。

    でも、これらはうまく言えませんが、機械的刺激の要素はきっかけとしては重要視しますが、
    持続的な機会刺激に関しては、遠いものと捉えられているようにも現場の一人としては感じます。


    当院にも慢性疼痛(例えば線維筋痛症と診断された)の方もお見えになられます。
    例えば三法と言われる(鍼灸・あんま・マッサージ)や、民間療法の位置づけになるカイロや、オステオパシー
    の先生方と、処方をされる先生方とは、どうやら患者に対する対峙の仕方が違うようだとこの頃、とみに
    理解が私の中では進んでいるように思います。

    別に個人の感想ですから、何ら影響はされてほしくないと思います。

    ただ、一言。
    患者の顔を見ていないというか、目を合わせないでいるグループと、目を合わせ、患者を診ようとするグループが
    いると言えば良いでしょうか?

    面白いなと感じます。

    先生は、あなたの眼を見て会話をされるのですか?
    こんな問いかけをするとき、こんな返しをされたことが多いような気がします。

    ・血液検査のデーターを見て、患者の声を聴いて薬を増やします。
    ・触診はされないのですか?
    ・初診の時されました。(私が聞き始めた際の初期のころはこんな声を聴いていました。)でもそれ以降は…
    ・初診でも、特にされません。


    う~む。

    順調でないから、下を向いて威厳というか、プロとしてデーターに頼る以外ない…か。
    そんなことを感じています。

    実際、癌とか大病を患わせたことがありませんので、実際は分かりませんが。この”ことわり”は添えます。
    原因不明の不定愁訴で、私自身が苦しんだ時、医者の門を叩きます。当たり前の事です。

    言われたことは鮮明に覚えています。
    『原因は分かりません。ただ、身体が衰弱しているから入院をした方が良い。』

    私も聞きます。
    「例えば入院をして完治があるなら入院をしましょう。お願いします。
    でも、入院して実際はどうなのでしょう。」

    『分かりません。』

    「では、先生例えば、個人の独りよがりでしかないとご判断されるかもしれませんが、食事など
    気を付けたらどうなのでしょう。」

    『分かりません。』

    「どちらも分からないなら、自分の信じる方を選びたく思います。
    その上で、再度尋ねます。」

    「どちらを選んでも、どうなるか分からないという事でよろしいでしょうか?」

    『結論を言えばそうです。』

    なら、肉体改造じゃと、食から見直すことを進めてたまさか難を逃れたのでしょうが。

    ま、栄養失調だったのでしょうね。当時、一人暮らしで結果、偏食気味になっていましたから。

    でも、その時、お医者先生、確かに目を見て会話をして頂けたと記憶しています。

    身内が大病した時も、目を見て話せたと記憶します。


    でも、この疾患では(前述)目を見ない。どうして良いかわかる時、きっと目を見れるのでは
    無いかと思う次第です。

    この経験は、患者の目を見れないときから、それでも見ないといけないと言い聞かせ
    見る事に恐れを持たなくなった時に思い出した事でもありました。何年かかったでしょうか?

    慢性疼痛の患者との対峙は、振り返るとこの繰り返しだった気がします。

    そうそう、今は?

    正中だよなって、今は茶を濁したく思います。
    おしまい



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    最終更新 2019/08/30
    慢性疼痛
    慢性疼痛の治し方と言えば、大まかに分けて4つのカテゴリーに分けられるのでしょう。
    ようやくここまで整理を図られ、歯科はどうやら2つ手法を持っていると納得がいき始めるのは
    実は、今日この頃の事です。

    長かった。

    患者と何かを共有しながら、解決を図る事に取り組んできました。

    ま、これは臨床の話。

    でも、息が出来る。身体が楽と、ますます確信を持てるようになる今日は、結構、ほっとする。

    長年患っていた痛みが減る事が、こんなに嬉しい事とは、という言葉は結構嬉しい。

    病名は割愛しますが、左上半身から、左顔面部までの慢性疼痛の患者でした。

    あの笑顔を見て、また、考えることを始めるかと思う一日でした。

    おしまい
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    最終更新 2019/08/30
    中枢性神経感作
    慢性疼痛という奴と出会うと、なかなか厄介です。
    中枢性神経感作と納得しつつも、これがなかなか大変です。

    上行性、下行性とある物の、これがなかなかどうして大変と思います。

    審美でも、計算をしなければ中枢性神経感作も起きるし補綴でも同じです。
    ただ、声を大にしていれば良いという訳でもないし、仕方ないから論文にするかと決めつつも
    さてどこまで表現すべきか一人悩むわけです。

    ま、これは一人の事ですから、流すだけですが。
    とはいえ、それならどういったものか、世間の常識を弁理士に聞いてみるかと思いつつも
    まだ、連絡はなし。

    ま、愚痴ぽいですわね。

    ま、プレゼンして改めて納得した何かがあるのでしょう。

    ま、落ち切らない所でおしまい。

    んじゃ。
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    最終更新 2019/07/28
    プレゼンの日が
    プレゼンの日が決まります。ま、何度かさせて頂けてきたので(経験として)
    取り立てて緊張もないようです。

    きっと、何度かの体験も、アッシにとっては意味をなさないと…多分、割り切っている
    からでしょうか?

    ま、割り切ってどうなる物でもありませんが、割り切らないと平静さを保つ事は人間が
    出来ていない身としては、大事な方策のようです。

    ま、個人が一人できっと何かをしたくて、プレゼンをしたいのでしょう。

    さて、どうなるか。

    ま、そんなことも人生の中ではあるという事で
    おしまい
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    最終更新 2019/07/21
    身体と痛みと攻めすぎと…
    例えば臨床の事を沢山報告する形態をとるブログもあるようです。例えば、術前・術後と状態を報告するブログもあるようです。そんな感じで、このブログを振り返ると立ち位置は、全くもっていい加減と結構、性格を表すようで、”ま、こんなもんか”と受け入れる以外なさそうです。

    ま、息をすると苦しいとか、肩回りが痛いとか、頸が苦しいとか、そんな叫びというか主訴を訴える方々もクリニックですからおります。

    頸が確実に身体に乗る位置と言えば良いのか。そんなことを、やはり悩む側からすれば安直に術前・術後を出せる気にはどうしてもなれません。性格なのでしょう。

    ま、結構頸が乗り始めるとき、私ではなく身体を手当てをする施術者に通っている患者がいるとする。歯の異常を変えながら、次はここと治療の課題を決めている最中、徒手療法家が見事に攻めすぎて逆に別の所を痛めると感じる出来事がありました。

    緩むからここぞとばかりに攻められたのかと”ふと”思いつつ、臨床は難しいと思うに至ります。

    アッシですか?その方にとやかく持った感情はございません。
    何とかしたいというエネルギーで取り組まれて患者も感謝している。そこで、文句を伝えようもんなら罰が当たる。こんな見方もあると思います。
    お願いをお伝えします。攻めたいと思われかつ、目指す完成度の4割か6割程度のもしかしたら物足りなさを感じる程度で今は治療を受けてほしい。こんな事をお伝えすることをお願いします。

    頸と身体が乗ると言えば良いのでしょうか?これは中々難しい。今、科学が持つ技術での対峙法と言えば…
    かなり厄介というのがアッシの見識。調べて探してあるのか…でも、この運動は続けるのでしょうね。

    さて、そんなお願い事をしながら、過去が思い出されます。

    ま、個人の過去ですからどうでも良いのでしょうが。

    今回の方とは全く違いますが、別の徒手療法家にお世話になる事もありました。
    思わず、彼にいろいろと言われたことを思い出します。
    今は距離があって、私は平穏でおられますが。この距離が一番良い。

    今考えると、あれって苛めというのだろうなって、必死だった頃の自分を振り返りながら思い出されます。今は必死という状況におそらく飽きたらしく覚悟だけは忍ばせて、笑っていようと決めているようですが。

    小言、指摘を振り返りながら「重い」と感じていたのだと今更ながらに思い返されます。
    歯科治療がどれだけ身体に影響を与えるか。この事実関係は、疎かにされている現実。自分なりには、ようやく論理展開というか科学にするだけの理論を導けましたが。(科学という代物は反証をする枠がいるみたいです。その枠を作れたのでしょう)
    この疎かにされている中、次に影響が科学されていない中で、臨床に立ち向かわねばならなかった現実。

    この怖さは知らない事で臨床を成立させている歯科治療が是なのか、この怖さを踏まえて臨床に取り組む歯科治療が良しなのか、きっと、そんな議論が起きる日が来るような気もします。

    身体が動くようになる線維筋痛症の方を見ていても思う事もあります。(今回の例の患者ではありません。権威から診断された病名の方です)

    さて、一見すべてを否定しているように聞こえない下、人格までを攻撃していた(見事なまでに陰険を消し、気づかせないよう)あのさわやかなさは、今になってようやく”お見事”と感心するに至ります。相当、あっしは愚鈍なのだと妙に呆れます。日本語の奥行きがどれだけ深いか、今更ながらに感心します。
    日本語って凄いですね。本当にそう思います。

    こ馬鹿にされている事を必死な中では気が付く余裕すらない。
    「確かにご節、ごもっとも」と納得しつつ、”でもな・・・”なぜ、納得しながら内なる声は、疑問を感じるのだろうと考えるときもありました。
    「確かに、ご指摘は聡明です。」と反論はできずじまいでも”しかし、何かが違う…と、釈然としない中、ふつふつとした感情も芽生えます。

    歯科における臨床の怖さというか、知られていない課題が実は相当に大きく、うまく言えませんが科学になっていない所が隠されている結果と、この頃は抽象的表現ですが理解するようになっています。

    ★同じ事の繰り返しのように思いながら、変わる事もある。

    例えば臨床の事を沢山報告する形態をとるブログもあります。例えば、術前・術後と状態を報告するブログもあります。そんな感じで、このブログを振り返ると立ち位置は、状況や状態や環境が整っていない中、「さもありなん」という表現だけは避けたいと考えるブログです。だから、”ま、こんなもんでしょうか”と紹介するに徹しています。

    歯科の臨床ですから、歯科の治療の出来事しかありません。
    この出来事から、身体にこんな影響を渡すのかと感じる以外ありません。
    でも、この影響は公にしていかないといけないのだろうとこの頃は思うようになっています。

    本当に難しい。

    先の徒手療法家に何かを申したいかと言えば、アッシの場合取り立ててエネルギーは無いようです。
    声を思わず荒げたことは一度だけあります。
    そういえば患者を介し。

    歪んでいると先の徒手療法家にずっと言われます。

    一つの基準で評価すると歪むが解放されつつあった中、思わず声が荒がります。
    その方は、何を基準に歪んでいると言われるのですか?
    一つの指標から解放させていますが、その指標はあなたと私で共有している情報にある。(具体的なものは紹介しませんが)
    もう一度訊ねますが、その徒手療法家は、自分の主観以外に歪んでいる根拠をお持ちですか?

    ここは科学で評価をすべきです。科学には主観はありません。まさか、見た目というトンデモ理論で返す気はその方にはないですよね。
    私らが於いている指標を渡します。その方に見て貰ってください。其の上で、どこが歪んでいるか具体的に記して頂いてもらって下さい。場合によっては、私も意見を貰いに行きます。ここで宣言しますが、主観と分かれば、話にならないと撥ね付けるかもしれません。撥ね付けられたくなければ、意見を聞きに来させてください。おかしい、その徒手療法家は。チコちゃん風に言えば、”ぼーっと生きてんじゃねーよ”になるのですかね?な~んてことを呟いた気がします。

    アホなんで、あっしは。そんなことを言ったような気もします。
    その後は、なぜかぴたりと歪んでいるという報告を受けていないから不思議です。

    思い返すと、あの苛めが強くしてくれたのかもしれません。


    さて、耳症状はどうするか…
    歯科ですしね。

    ★同じ事の繰り返しから、微妙に修正を加えた行き着く先はどうなるのだろう。
    例えば臨床を沢山報告する事を選んだブログもあります。例えば、術前・術後と状態を選ぶブログもあります。”こんな感じ”でいく中で模索を図るか。そんな立ち位置を選んだブログなのでしょう。状況や状態や環境が漠然としている中、「こんな未来が待っています」という表現は医療という立ち位置からはかけ離れると考えています。だから、”ま、こんなもんでしょうか”という構成以外は難しいのでしょう。


    ところで、科学というのは修正習性を繰り返しながら性格に近づくという方法もあるようですね。
    そんなことを、一度まとめてみたくなります。

    落ち切らない所でおしまい。





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    最終更新 2019/07/06
    脳と会話する?2
    脳と会話すると、言葉はすごいけれど意味は全く分からない表現を使っています。
    ほんと、自分の表現力が嫌になります。

    しかし、咬合というやつはこんな表現を用いないと、うまくいかないと思い始めている
    状この頃です。

    ま、そのうち素敵な言葉が生まれると信じながら、面白いこともあると
    妙に感心した現症を。小話風と言えば良いでしょうか?

    肩や首の調子が改善し、ひざの痛みも解消しました。

    ま、そんなこともあるかもねっと、取っていただけばよいのですが…

    『脳と会話する』という世界観で、口腔環境を落ち着かせると、インソールが合わなくなって膝が
    痛くなりました。そんなお話です。

    口腔もおかしい。 膝もおかしい。
               ↓
             整形の紹介下、インソールを依頼する。

    口腔を介し、脳と会話する?
     ↓
    調子いいじゃん。

              インソールが出来上がって、インソールを履く。
                ↓
              逆に、ひざが痛くなる。
                ↓
              何?どうして?


    と、言った経緯がありました。

    下から、重心を合わせようとする。

    もともと、おかしくなった口腔環境はそのままだった。

    口腔環境を変えて、重心が変わって、インソール自体が合わなくなった。

    ま、きっとこんな所なのでしょうが(このように推察している)、一度インソールを相談されることを奨めます。
    こんな事もあるのですね?

    不思議な経験でした。

    『脳と会話する』こんな事を考えるとは思ってもいませんでした。
    ま、臨床とはこんな世界なんでしょうかね?

    きっと、正確に言えば自然科学がゆえにまだまだ解明されていない事があるととらえる方が適切と思います。
    そんな所を、色々と見える様になったところが、論文化をチャレンジしようと思い始めた動機なのでしょう。

    さて、明日はようやく休み。
    今度は、アッシ自身の脳を休めたく思います。

    おしまい
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    最終更新 2019/07/05
    脳と会話する?
    独り言です。脳と会話するというのでしょうか、そこに当たり前の咬合の秘密が
    あるとようやく納得するに至ります。

    長かったな。この域に到達するの。
    しかし、あまりにきつい作業でした。

    はぁ~。

    これで一安心になるといいよな。
    おしまい
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