じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。

2016.07.23更新

1)鶴の一声を仰げなかった
時の人?って云うのでしょうか?演歌の人も、政党の人も、週刊誌の人にも愛されている人が府中に、多分選挙演説に来られた!のかなって思うのですが、実は良く分っていません。平等に情報の方に愛された人は姿が見えず、応援の人が熱く語っておられました。通勤途中でヒィヒィ云って向かっている最中でした。
ちょっと、耳を傾けますが…
急いでいるからだと思います。あんまり頭に残りませんでした。

“この東京を何かされて頂くにはこの人なんだ“って説明はあったのですが、東京に何が生まれるのか…何が始まるのか…あっしには、正直分りませんでした。何故だろう。
時間が切羽詰まっていたので、良い男って云う具合に紹介される情報の方々のOBの方にはお目にかかれませんでした。残念って云う感じなのでしょうか?
確か「DEN○」の監督をされた中畑元監督、「宮○」で県知事をされたそのまんま東さんは目に触れて何かを感じた様な記憶もありますが(投票行動にどう影響があったかは内緒にしたく思いますが)中々現れない方は、きっと秘密兵器という所なのでしょう。恣意さんや、母屋を提供された名前ロンダリングの方々の。

で、お声を発せられたのか分らないまま、通勤に向かい直します。鶴の一声であれ、情報の方々に愛されると何かと便利と思いました。書かれている上り?というのか標識と云うのか?標語も、抽象的で都知事選挙なのか国政選挙なのか、語学力の無いアッシには良く分りませんでした。

で、言葉って何だろうなって思いながら通勤に向かいました。
で、実際はどちらだったのでしょう。おられたのか、それともおられなかったのか…(誰かに教えてもらおう)
平等に3名の方が良いらしいので、公正に知るには個人が努力しないといけないようです。それが、情報の仕事だとしたら、実際は何に寄与して頂けるのだろうと“ふと”思います。

平等にしちゃうから言論の仕事が平等に低レベルな展開に陥るって無いのだろうかって、思ったりします。始めから公正を担保されていたら、情報の仕事らしさが強く出せるだろうにって(個人の感想です)思ったりします。性格が歪んでいるのでしょう。はい。

2)そういえば
大した話でもありません。銀歯が取れたという患者が来られます。旅行に行かれるみたいで、とにかく戻して欲しいと訴えられる。で、お隣の歯は仮歯。さて、どうしましょう、って所から話が始まります。

要点はこんな感じ。(良いから早く始めてっいうエネルギーしょうか?)
保険の解釈が一番面倒なパターンになるとアッシは思ったりしまた。
①後先関係なく戻せ(戻す事をお求めなら)というなら、うちは止まり木という扱いで宜しいですか。
②何が起きているか分らないのに、戻すというならそれって、止まり木になりませんか?
③渡り鳥が、海を渡る時、海に漂う止まり木に身体を休める時があります。
④その木がどんな性質のものであれ、二度と大きな海原では見つける事は無いと思うのですよ。でも、旅行は楽しめると思いますよ。
⑤止まり木でそんな感じです。お会いする事がないなら何も言わず戻しましょう。
⑥でも、何も分らず行いますから(見た感じでの判断で)リスクも何も分りませんよ。
⑦で、戻す事も保険では認められていますが、それでも構わないと思います。
⑧ですが、旅行後やはり治そうと決められた場合、アッシらは、差し戻し請求と業務上の手続きの煩わしさをわざわざやらないといけない。(月をまたぐから仕方ない)
⑨止まり木なら、二度とお会いしないから構わないのですが。

患者の反応が変わります。(考えないといけないのかも)
A今までこういった説明を受けた事は無かった。
①説明はしていません。状況の理解を医療行政の見地から共有して頂いただけです。
Bどうすればよいのでしょうか
②止まり木扱いなら、止まり木に文句は言わず只戻せばいいでしょう。何が起きているか専門家の端くれかもしれませんが、プロの目を借りたいなら、現状を把握させてその報告を受けてから適切な対応を選ばれるべきでしょう。それは一緒に考える事は出来ると思います。
Cこんな説明を受けた事はありません
③説明なんてしていません。判断基準を求めているだけですよ。

考える事を選択されます。(まず何が起きているか知ろう。)
A何が一番安全ですか?
①状態を少なくともあっしらに考えさせないといけません。どれが一番妥当か、意見を言える環境が欲しく思います。
Bそれには何をすれば良いのですか?
②レントゲンを頂戴出来ればと思います
レントゲン後(状況を知ろうとされます)
①報告をします。まず、仮歯の歯から。
A仮歯である事を私は、1年間通院していたのですが聞いていないのですよね。ずっと、根管治療をされて何も変わらなかったのです。で、もう良いやって行くのを止めて葉書が来ます。“お元気ですか。何かあればお越し下さい。”で、無視したら隣の銀歯が外れてしまって。治療が途中ならそう書いて頂いても良いと思いません?
②季節のあいさつでしょ。“お元気ですよ。何かあれば行こうと思います。”以外ないと思いますよ。その文章だと。で、問題は仮歯の中の状態。ここでポイントは、根の管が他と比較するとこんなに大きくなっているように見える事。でも、何が起きているかという確定には時期尚早と思います。もう1枚、小さなレントゲンを頂戴して、判断すべきと思います。
Cそれで分るのですか?
③そこまで優秀な人間でないです。分る事は2点。1点目は慎重に仮歯を外さないといけない。そして状況を把握しないといけない。外す前に起こり得るあるいは既に生じている可能性がある問題を了解いただかないといけない。で、これは旅行後。それ以上を今は知る必要は無いと思います。だって、優秀じゃないと事前に云いましたでしょ。手順を踏んで、それからだから、アッシもこれ以上求められても何も言えません。ご免チャイ。

一番良かったのは、仮歯に仮の詰め物を外れた歯に行わい判断が出来る事でしょう。この判断を出来た事は、ご自身が選択して頂いたお陰ですよ。仮歯に過剰な負担は与えられません。

次に厄介な報告が一つ。
外れた歯、土台が入っている像があります。(以下割愛)で、この土台が入っている歯と比較すると浅いでしょ。これはこれで、どうしようって一緒に考えないといけません。(以下割愛)今は旅行を一番に、とりあえず戻すという事を選びませんか?

D只戻せば良いという訳じゃないのですね。
④ね、一応専門家の端くれです。真似ごとでもしないと、少なくとも適切な判断が出来るとは思えないのですが、どうでしょう。

E医療って感じがするのですが。前の先生はレントゲンを沢山取るのですが、意味が分らなかったです。何がされたかったのか…
⑤例えば、医療は平等に患者に施すべきだっていう考えがあるとします。で、患者を診たら平等ですよね。
話を変えましょう。例えば家にトラブルが出て建築屋さんを呼んだとしましょう。この例えは、アッシらの仕事は大工さんの側面があると思えば良いのではないですか?で、建築屋さん。何か嫌な予感がして測量をさせてくれ。で、ご自身が拒んだとしましょう。その時、その結果が芳しくないとしても、平等に仕事はした事になりませんか?で、ご自身が受け入れたとします。公正にトラブルが分るから適切な意見を受けられませんか?そして、結果は確実性が上がると思いませんか?

で、先の話少しだけ戻します。嫌みでは無いのですよ。治療途中って云う自覚はあられた。でも、何をされているか知らなかった。漠然と根の治療とは分っていても何が起きているか分らなかった。

Fそうなんです。何も分らない中で口を開けて、先生はああだこうだぶつぶつ言われて、一応説明らしい言葉はくれるのですが、意味が分らない。段々嫌になって足が遠のいた。
⑥冷静になれば、状態思い出すじゃないですか。建築やさんの話に戻しましょう。何が起きている状況を把握できたら、冷静に対応を受け止める事が出来ませんか?これって、状況の共有って言うと思うのですよね。
で、今の時間的制約と云う情報は、アッシにも共有できました。だから、今の公正な判断は、戻す。戻らないと判断したらどうするか改めて考える。これで行きませんか?

こんな会話がありました。まだあるのですが、思ったより長くなりそうなのでここらで。でも、正味10分程度の内容なんですよ。
で、戻しましたさ。お仕事になりました。(これが、あっしらの日銭商売って云う側面です)
3)長くなりました。
情報の方に愛されれば、イメージで許されるのでしょうかね?イメージで共感を渡せば平等に情報に寄与するって言えるのかなって思ったりします。お陰で、テレビは遠のいて仕方ありません。お元気ですか、たまには見てください。って葉書が着たら、「元気です。是非、そのうちに。」そんな返信しか出来ないのだろうな。

あっしは、やはり説明は苦手なようです。共有から一緒に考える方が、アッシにも無理がないから楽な気がするのですが…難しいですね。

アッシらの業界は、情報の方に応援歌を頂いた業界です。気をつけろ歯科のからくり、ぼったくりのからくり。で、オチは専門化、高度化しているから気をつけようって云う具合でしたが、あれだけ暴れまくった展開だったのだから、もっとオチは劇的の方が良かったのにって、残念。でも、時々週刊ポス○は今の所、読んでみようかな。はい。

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.07.22更新

1)平等に
東京都都知事選が間近に迫って来ました。今日の生活も明日の生活にもきっと関係ないのでしょうがが、民主党政権時代を思い出すと船頭が扇動屋だとろくでもない事が起きると経験上、思ってしまします。これは、アッシの経験から学習した物なので実際の所、それぞれの方の範疇に収めるものだと思います。

ただ、それと同じ事が都政でも言えるのだろうなって思うようになって来ています。
一時の首相交代、擬音にするとバキュン、バキュンと暗殺されない事を恐れてか一年ごとに交代する悪夢と同じ香りが漂ってきます。普通にお仕事をされて欲しいと思う物の、中々そうは行かないようです。都政に集中されるよりもスキャンダルに人間性に問われる事がいつしか仕事になられるようです。

で、参議院選挙の時は、政党はいくつあっても党首討論を平等に扱われる情報の方々は、今度は平等に三名の方を選ばれているように感じます。平等の基準が適宜変わるのだと、平等と云う価値観が如何に脆弱かと妙に考えたりします。

でも、平等に選ばれた三名の方のいずれかにスキャンダルや、人間性が問われる事態になった時、情報の方が選ばれた基準に対してどう反省されるのだろうと考えます。

2)そういえば、平等王と云う世界観が
そう云えば平等王と云う世界観があるそうです。地獄の世界観の話なので相当に愉快ではありません。一番重い地獄だそうですね。筆舌に尽くしがたい苦痛が待っているそうです。
無限の歳月を過ごし、全ての罪を償えばここを脱出することが出来るそうです。で、この地獄にいる裁判官、観音菩薩を本地とする裁判官で、内に慈悲の心を持ちながらもその形相は恐ろしいそうです。余談として死後百日目の裁きを行い、これ以降の審理は再審で、死者に対する 一種の救済措置も用意されているそうです。面白い物です。

先の平等と云う視点で見た時、どうにもこうにも違和感を持つようでなりません。宗教観でしょうが、平等と云う言葉はそれだけ凡人が使うには難しいという事を示唆している気がしてなりません。
では、公正と視点で見ると、話は変わる気がします。

沢山の政党があるから平等に時間割をするよりも、政党支持率からあるいは、ネットの時代ですからそこで認められた上位何党までが情報の方が提示すると決めてしまえば、その情報の方の画面に立つとすれば非常に分りやすくなる気がします。
これを同じように当てはめて、都知事候補にあてれば違和感など持つ必要は無いと思います。
情報の方が定めて情報にするものだから、問題が起きて追求し様にも迫力が欠ける。こんな平等なら、情報の方の信頼なんて簡単に失われてしまう。

公正にされれば良いのになって思ってしまいます。平等に情緒を絡めるから余計、迫力がでない。どうして社会の木鐸と胸をはれるのか、不思議に思います。

3)ぼったくり
そういえば、情報の方の発信にこんなにお金をぼったくって…と、歯科にまつわる自費の話と特集がありました。そうよね、平等という観点からみれば…
でもね、その週刊誌の原価(広告料を含めて)仮に400円で、10円の利益しかとられていないのならその言葉は、情緒だとしても問題ないと思います。

公正と云う観点で見た際、原価の5倍~7倍にしないと経営は維持できないと云われています。その時、ぼったくりと云う情緒は中々難しいと思います。
もう一つ別の見方をするなら、この感情が明らかに含まれている言葉が出るエネルギーの出所が大事だと思います。アッシは診断力と思いました。診断抜きに、お金の話が一方的に出るとなれば、一般社会でも調子が悪いというものです。人としても調子が悪いとなると思います。
*詳しくは、週刊ポ○トを読まれてください。

自分の生きる業界ですから、ぼったくりと云う言葉にはやはり、敏感になる側面は否めません。でも、公正と云う価値観を根に置く時、整理は相当にしやすいのではないかと思うのです。診断力という観点は、また別です。

4)公正か平等か?
公正が担保されて平等が得られると考えています。これを汚い言葉かもしれませんが置き換えると、後ろ指を差されないよう恥ずかしくないよう試みる時、結果がそれなりに出る。

綺麗な言葉にすると…
基礎に忠実に行えば、優良可の可かもしれないが、可は必ず取れる筈。
活動する組織が可を十分に取れるようシステムに育てば、優良可の可以外が取れる様になる筈。そんな事を考えたりします。

咬合に難がある患者や、線維筋痛症において、平等と云う視点だけであれば、30分を一つの単位で2-クール程度が妥当かもしれない。
ある程度納めないと治らないという十分条件があるとすれば、公正と云う観点で見た際、必要な時間をかけないとならないという現実が出てくる場合もあります。

それが、時に日をまたいで深夜、早朝になる理由だったり、平気で5,6時間かけざるを得ない理由だったりする事なのだろうなって思うのです。

良い笑顔を提供する事が出来る可能性が医療にあるなら、そこに求められる条件は病態に従わざるを得ないでしょう。そこに、時間を平等に提供すれば解決は結論を申せばあり得ないのではと考えたりします。

そんな目で、情報の方々の都知事選の扱いを見てしまいます。贔屓としか受け止められない形態がどうにも納得が出来ない気がします。

首都の防災、首都のテロ対策等リアルな話も聞けたら良いだろうに。
少子化対策等聞けたら良いだろうに。

アッシは女の子を口説いた話も(事実とすれば問題です)アニメの話も、正直、アッシの未来には興味がないです。

未来に絡む話を聞きたい。

平等というこだわりが公平さも公正さも欠けさせてどうするのよと、思った話でした。
おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.07.20更新

時の刻みは確実に踏むくせに、時の流れは中々実感が伴わないと思う時もありますが、カレンダーを見ると7月も中盤戦から終盤にないる頃合い。参った。そんな事も思います。月末には都知事を決める?決まるようですね。

只、情報の方は平等に3名の方が、重要な方と押されている様ですね。その7倍いるのに、何故?なんて思ったりします。だって、国政選挙の時は、何でもかんでも党首討論とお認めになられていたのだから、4名ずつとか工夫されたり、各局で上手い具合に討論されるようにして全員の方の考え方を正面で受け止めるようして頂ける方があるべき姿と思うのですが…これが、平等と云う名の公平の報道と云うのでしょうかね?少なくとも公正とは、全くもってあっしには思えませんが…

 

只、どっかの儒教の選挙風景に似ているように感じる人もいて、何か嫌~な感じ。何が、市民権を取れば参政権と云う発想だ!と、とんでも50年の思い込み知識にアタフタしてしまいます。アメリカは市民権=参政権出ないと記憶しましたが。

永住権と市民権を同列にする無知に、50年の情報屋に何だか、悲しくなってしまいます。情報屋の方も、自分らの先輩の愚かさを取り立てて繕うようで、信頼を失う道を選ばれてどうなのだろうと思ったりもします。シナ様や儒教様の果せるままに、という事でない事をひたすら祈るだけです。

 

ネットが発達してくれたから、公約とか探して21名分。ウ~ム。何とかなるけど、しんどい。

視聴率と云うスペクタルな視点で捉えればと、3名ぐらいがちょうど良いのでしょうか?反日、反日と毎日日本人を憎むヘイト命の2国か3国の情報の方々が信奉するアジアに対して1線を引くべき政策を訴える候補。オリンピックもある訳だし。オリンピックに対して原点に戻されようとする候補。介護を重要視する候補と、政策を聞く事が本当に難しい。

都知事が高齢化し過ぎて痴呆症で都政が混乱と云う訳にはいかないだろうに、重要なエースと持ち上げられているようで、情報の方々の先輩思いには頭が下がります。でも、公正とはどうにも合点が行かない。

そんな感じです。

 

現実と先輩思いは公正とはいかず、そんな所でしょうが。

 

さて、線維筋痛症、論文中々、大変。

友人にとりあえず意見を求めてみます。科学に拘る職人と云えば良いのでしょうか?

現実と、科学に対する能力のなさが公正の土俵に乗せるには、結構大変。

 

そういえば、経営者の顔に戻って経営のセカンドオピニオンの意見を聞いてみようと思います。

民など興味がなく国におもねる人もいれば、民が肥えて国も豊かになるという考え方もあると思います。

どちらが公正なのか、金目感覚がないアッシには、相当に大変。

 

そんな感じです。

 

抽象的な書き方で落ち切りません。今回はここまで

おしまい

 

投稿者: こすが歯科医院

2016.07.12更新

1)表現も様々な様で アッシは神学派1/3が正しいと思う
選挙が終わりました。色々な思惑もあったりする魑魅魍魎の世界と云えるかもしれませんし、物事を決める為政者が決まったという所でしょう。が、一つだけ違和感を持ちました。情報の方々が嬉々として表現する2/3と云う言葉です。
あっしは、時代にそぐわない中で、シナや儒教が泥棒したいよと騒ぐなら、騒がないよう備えを持てば良いと考える立場です。むしろ、神学論争だけに拘り、話し合いなどしないし・聞く耳を持つ意志はないという派が1/3も残ってしまったという表現の方が正直適切の様な気がしています。あちらは融通性もなく一方通行以外ない為政者ですから。

時代に適切でない所がどこなのか、話す事や考える事自体を犯罪と決めつける方がむしろ怖いと思います。話しあいする事自体出来ないというエネルギー体の方が、とても理不尽な様な気がします。言論を司る情報の方々がその危険性を見抜かずに2/3と着眼される方が不思議です。加憲、改憲、創憲派と立ち位置が分かれているのに、2/3という表現で括る自体がおかしい気がします。
少なくとも神学論争は許さないという土俵が作られたという方が正しいのではないかと思うのです。矛盾を解釈の範囲で行う限り、幾らでも言い分を残せる分そこに靄と云う温床が出来上がっていく気がします。ですが、そろそろこの手法に限界が見透かされているのではないかと思います。個人の考えですから各種の考え方があって良いと思います。ところで見方を変えれば、憂国の志士達が作られた明治憲法・アメリカに渡された現憲法。で、今度は国民の総意で出来るかもしれない憲法。そこに参加できるかもしれない機会は賛否の意志は別に素晴らしいと思えるからでしょう。神学論争の土俵は許されない分、情報の方々には既得権益があるからなのか、勉強したくないからか分りませんが神学論争へ持っていく発信は勘弁していただきたく思います。1/3の話し合いを絶対しないと云う為政者の発信からふと、思っただけですが。考える事が余程都合が悪いのでしょうね。

2)物事を共有から始める事と神学論争のどちらが排斥されるべきか
あっしの所の方針は共有という価値観に拘っています。この手法に、いつしか行きついたと云う方が正しいかもしれません。一部だけ、患者に紹介する資料を抜粋してみます。

主訴)左顎の痛みの解放
分析より)正中線≠垂直線
     上顎左萌出際のエンドラインにずれ
     それに適応すべく、上下下アーチ関係成立

舌の空間把握性より、エンドラインのずれに適応して顎がその力関係を吸収している事を示唆している。
結果、左臼歯部位置関係のずれ、高径のずれが成立しているという見方が出来る。
これは、症状から読み取れる現症あるいは、現象である。

 2つの反射試験より確認する予定 (ビデオ撮影予定)
 ①エンドラインの反射
 ②咬筋反射による確認
 ③下顎前歯主体に顎傾斜に補正角を与えた際の確認
 *自覚と他覚による側頭筋腱主体の触診、バランス試験にて確認

ま、こんな感じなのですが… ビデオで撮影しながら痛みが取れる様を第3者の目で確認して頂いたりする時もあります。科学ならば定点定量撮影が必要なのでしょうが、ご自身の痛みが消えていく瞬間をビデオでもう一度確認して頂く時、アッシが何を見ているかそして何を解決すべきかそんな着眼点を共有して頂く事を目的で行っています。

患者の混乱を避けるには、如何に具体的に起きている現症を正しく捉えて頂けるかそこに鍵があるのではないかと考えた訳です。

痛みの発症を単純化していけば良いと考えるのです。
痛みの発症は病理学的に云えば炎症起点があると云う事になります。

で、炎症起点で捉える時、医学用語を省けば「なんで痛みが出るか。唯それだけです」とアッシは、そのように云いたい。アッシのライセンスは国家試験である限り科学と云う枠を逸脱する事は許されないと自覚しています。
*理論と技術は一致を考えつつも、一致しない因子が存在する場合もあるから臨床はややこしい。これは、またの機会に。

炎症起点に細菌感染しかないとすれば、「痛い=歯は根っこの治療/抜歯」を選択するしかないのでしょうかね?そんな話が今回の話し。

3)炎症起点には、細菌しかないのか?
もし、歯科医の関わる仕事が細菌感染しかないならどれほど幸せかと思う時があります。今日、痛みの対峙は(線維筋痛症)でしたが。

バクシネーターメカニズムと云う言葉があります。(ネットで検索できると思います)
まだ、治療展開としては時期尚早という一面もあるので、ミニスプリントを使用して移動させた結果獲得する予定の頬圧のコントロールを加える。その瞬間、改めて身体の痛みが取れていきます。
今日のメニューは下顎の傾斜性のコントロールなのでそれ以上追及はしませんでしたが。頬圧のコントロールをしなくても、十分落ち着いています。次の展開を考えてですが。

炎症という定義で必要情報を上記に該当する考えを抽出する時。炎症は外傷や熱傷などの物理的要因でも引き起こされる発赤・ 発熱・ 腫脹・疼痛を特徴とする症候。(炎症の4徴候)更に機能障害 を含めれば炎症の5徴候と称す。 C繊維の刺激により内因性発痛物質が出現することで痛みが出る。関係ないが、この状態は特異性炎と表記される場合がある。(線維筋痛症はここに今の所含まれないようですが。)

この炎症の集合体に歯科の一部の集団は外力と云う言葉でその証明を加えようとします。
ここに幾つか問題点というか検証すべき事項があれば…どうなるのでしょう?

4)検証から始め直すのは悪くないとするか、神学論争が全てか?
そもそも外力と云う定義が不明確であると云うのがアッシの立場。状況、現症から観察される感染ではない発症状況を外力と判断していると考えます。この外力と云う存在を否定する物ではありません。むしろ積極的に肯定しないといけない場合もある。そう考える時も臨床では多いと考えます。但し、厄介な点は、所見、観察からしか見いだされない、そう、言うなれば必要条件と考えています。でも、普遍性がどこまであるかが規格化できない故にどうしても統一性が取れない。ここが観念から逸脱できない理由ではないかと考えたりします。十分条件がそろえば、明確になるのでしょうが。

ところが、言葉遊びでしかありませんが、この外力から来る炎症、特異性炎と定義づける事は今の所出来ません。しかし、炎症と云う世界観では外力に伴う炎症はその存在を認められます。歯科が(もしかしたら医科かもしれませんが、門外漢なので分りません)歯科医が云えば全て影響力を駆使できる時代はとうに終わっています。民度の向上と云う側面もあれば、逆に細菌感染(虫歯)治療が全てと云う時代も終わったからだと思っています。

云い方を変えればどうなるか分らないのに、定義がないから、かすかな可能性を考えて根の治療を施しても上手くいくのでしょうか?同時に外力と云う存在の定義が曖昧の中で外力の除去・開放に挑戦して上手くいくのか?預金を解約するか、どうかなどという価値観であれば何もしない方がいいでしょうし、何も変える必要な無いと云うのが適切でしょう。しかし、炎症となれば、それがC線維が頑張るせいか痛みが拡がると話は別でしょう。

でも、余計な事はしない方が良い。これは、変わらないと思います。

では、問いかけます。医療である限りライセンス者の使命はどうなるのでしょう?時に話は変わるのでしょうか?それとも、諦めの顔を患者に提供すべきなのか?どちらの顔が正しいのでしょう。とても難しい話です。

基準を明確にする。それが計測と云うアイディアに繋がったりするのですが。
定義が曖昧なら、曖昧な部分を問いかけられないだろうか?
曖昧を変える用語があれば、規格化出来ないだろうか…

そんな想いが共有であったり、検査のお陰で見えるライセンス者を強くする資料であったり、そして、公にする事なのかと考える事であったり、決して、神学論争で済ます事ではないと思います。解決すべき課題を、一個一個例え、個人の努力であったとしても行なうのも、そんな変わり者がいても仕方ないかもしれない、って考えるようしています。

一個の力なんて限られています。公にするのも、3次医療機関ではなく本来すべき1次2次医療機関に引き継いで頂くためだと考える次第です。そんな所に、個人の名誉も栄誉もいらないのでは…

それは、個人の価値観として路傍の石とか市井の草とか決め込んでいるエネルギーのせいではないかと思うのですが。併せて、医療は謙虚な心で取り組むべきという価値観を持っているからでしょうか。個人のアッシは、多分最低な人間です。引きこもりが好きですし社交性など微塵にも無い、そんな程度です。

学会の文章纏めに入り始めて、久々に医療を全面に書いてみました。
似合わないですね。

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.07.06更新

1)そうそう
物の事が上手くいくとは限らない。そんな事を考える今日この頃です。その根源は何だろうと考える時もあります。
この頃、長年個人としては悩んでいた言葉の意味というか矛盾に納得が行って少しだけ嬉しい。
それも、左巻きの方々の主張のお陰と思っています。
平等と公正について、結構、今回の選挙はその理解に役だっているような気がします。

平等と云うのは、それぞれの状況を鑑みず全員に対して同じ待遇を施すが、結果は保証されない。一方、公正はそれぞれの状況に応じ待遇を変えて結果を保障しようとする。この起点で物事を見ると随分、物事が整理されるような気がしました。

2)情報の訴え方で生まれる解釈の怖さ
さて、平等と云う視点で見ると、こんな事象も面白いなって個人としては感じてしまいました。
どこの週刊誌と固有の名称は出しませんし、まだ、特集が続くのかもしれませんので、この分析は当たっていないのかもしれません。でも、国語力のないアッシらしくこの2週に渡っての特集を整理しました。
本来ならば、歯科界の偉い人が意見を述べる事の方が適切と思いますが、個人の世界、そんな捉え方もあるのだと適当に流して頂ければ…(個人としては、偉い人が反論をしっかりとされる方が、大事と思います。併せて、公正さを守る事に繋がると思います。)

結論は、歯科医師は信頼を失っているという事の根拠を特集して頂いたようでした。気をつける所は気をつけたいですし、改める所は改めたく思いますが…ネットで検索すれば確認できる矛盾点だけを紹介したく思います。

保険制度は平等な象徴である。その平等を「倒産した秀○会というグループは不正を働いて」壊した。そんな論点を挙げられていました。元々、歯科医師法違反の医療行為が起点で法人の解散を選ばざるを得なかった。ここに不正請求の象徴を置かれるのはどうなのだろうと思う次第です。
例えばインプラントについて。その危険性、その金額的問題を挙げられ、オールフォーワンシステムを何故用いないのだと、そんな展開をされていたような気がします。きっと、そうなのでしょう。でも、この手法はどんな歴史的経緯を経てスウェーデンで誕生したのか、その後この国に導入されたのか。この視点を抜きに語られる事はどうなのだろうと、ふと、疑問に感じた次第です。この歴史的背景を知ればまた、結論は変わるだろうにと、手前勝手に思った次第です。ここは、公正という視点で捉える方が分りやすい論説を加えられるだろう、そんな気がしました。補綴が自費診療の中、唯一、国が保護しているインプラントシステムがオールフォーワンとすれば、金儲けにされない為の紹介と云う展開には難しさが出てくる気がします。

平等と云う視点を先に置く限り、あたかも“ごった煮(と感じる)の論説”を楽しむ事が出来る事が理解出来た気がします。加えるなら公正の起点を置かねば、方向性がバラバラであっても平等という分りやすい器に押し込めば何とか文章が纏まる気がします。そして、最後に情緒と云うエキスを加えれば、完成する訳です。大事な事は、平等は同一と公正にはフェアネスと置き換える事が出来る点を踏まえなければならない事ではないかと思う次第です。

3)置き換えると
置き換えて考えると、公正さは、人々を同じ機会へ近づきやすさを確保する事。個人それぞれに差異や来歴が、何らかの機会への参加に対して障壁になる場合もあるでしょう。だから最初に先ず公正さを担保し、初めて平等を得られると考える方が正しいのだろうと確認が出来るようになります。

一方、平等は、公正さを推進させる為に全員に同じものを与える。しかし、それが正常に機能するには全員のスタート地点が同じ場合に限る筈です。ここに曲者があると感じた次第です。

同一と云う感覚と同調性が混ざる瞬間、儒教が叫べば性奴隷がいた事にしたくなるようですし。でも、このきっかけはこの国の“日本人悪い子”論者とその情報のお仲間たちでしたが。
同一と云う感覚と同調整が混ざる瞬間、シナが叫べば沖縄も北海道も日本人のものでないとしたくなるようで。でも、このきっかけも“日本人存在しない方が良い”論者とそのお仲間の情報のお仲間の様で。科学的にDNAを調べると、決して異種の民族と云えないにも拘らず。

公正が表にあって次に平等を捉えるというのが、平等だけを考えれば良いという風潮はとても怖いと思うようになっています。平等と云う同一性だけに拘る時、その思想性は純化だけに進む事を意味すると思います。
純度を争うが如く、同一に拘れば、妥協も生まれないでしょう。純粋性にだけその正義を求めれば、その瞬間「公正」と忘れてはいけない足場を失う事を意味すると思います。融通性も認められず一方通行しかない。

そんな純度が、原理主義に心酔した学歴で純粋培養されたエリートによる同胞へのテロ行為が行われた気がします。古くは、この国での日本赤軍の粛清・総括・再教育に伴いながらの国内外のテロも該当するのでしょう。

平気で“人殺しの予算”と云う発言が出るのも、純化のお陰と思うようになります。公正に重きを置かれているのは誰なのか、あるいは、只、純化と平等と云う視点だけしかもっていないのは誰なのか?そんな視点でこの選挙を見つめないといけないのだろうなって妙に、ある雑誌のごった煮の論説を振り返りながら思った訳です。弱者重視と思える発言も平等と云う視点の様な気がしてなりません。(この問題は、発言者の考える平等に支配される事と、純化されればされるほど平等の基準が益々社会的弱者をこぞって大事にしようとする所だと思います)
残念ながら、演説を聞く限り彼らは答えていません。“金持ちを貧乏人して貧乏人が金持ちになる”この命題が成立するのかどうかを。“仕事を増やせば、豊かになる”この視点の方が公正に近い表現の様な気がします。(社会が強くなるから弱者を守れるという方が事実に近いと思います。)

4)公正さが生まれる根底?
公正と云う言葉を用いるのはこ恥ずかしい物です。でも、そのエネルギーはどこまで公に拘るのかという事なのだろうなって思うようになっています。
久々に論文と格闘しながら、なぜ読んでいるのだろう。結果を出したいという動機からなのでしょうが。

多分、最初に少しだけ紹介した記事に歯科医もその職業に使命に忠実であろうとしている。そんなエネルギーが垣間見られたら、感じる物も違ったのかもしれません。働く人は誰でも同じように生きる事に必死なのは当然です。開業医がどれだけ設備投資を予めしなければならないのか、そして制度の矛盾にどう立ち向かっていてと。読み手にも共感が得られる作りであれば、仮にこのままでは歯科医は信用を失うと書かれていても、それはエールに感じられたかもしれません。
アッシには読み手にも、歯科医側にも何ら救いと云うのか目指すものがなく自虐的な文章と云う物しか得られませんでした。そいつを読んで歯科を信じるエネルギーにはならないし、でも歯科は存在しないといけない。この解決には程遠いと思いました。

今の憲法を守らなきゃいけないという論説と同じ匂いを感じてなりません。日本を存続させないと行けないし、日本を守る権利は微妙に認めない。解決は如何に、そんな感じでしょうか?(その解決案が、日本は日本人だけのものじゃないという純化された言葉なのでしょうが)

そう云えば、名歯科医100選?そんな出版物があるそうです。出ませんか?そんなお言葉を頂戴しましたがお断りました。だって、簡単に勘違いをしそうで。アッシは、歯科医に拘りたいし、日本人である以上日本人を大事にしたいと思う所から勘違いしたくない様なので。勘違いの先にある“受けが良い平等病”にだけはなりたくないようです。

歯科医としての育ちは、純粋培養でなかったからこそ思えるのかもしれません。でも、社会人としては純粋培養かも…

あっ!気をつけなきゃ。

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

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