じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。

2016.06.29更新

たまに順調に終わる日があっても良いもんだ。咬合の構築は、多分、アッシの場合大変。そんな簡単なものではないと思っています。多分、ずっと(本当は暫くで済んで欲しい)続くのだろうなって思っています。

身体が素敵になったと歯の治療を介し報告を受けると、やはり仕事をしていて嬉しい時です。(どんな仕事にも、ある遣り甲斐の性質のものだと手前勝手ながら思っています)

たまにモビライゼーションを行って、喜ばれる時も嬉しい物です。たまにしか、今はこの技術を提供する事も無く、咬合の難しさを日々感じる状態でしょうか?

そんな話は、またの機会に書き記したいと思います。といっても、個人のブログ、本当に気が向いた時になるのでしょう。

 

計測の難しさをやはり日々感じます。一つの装置の修理を行っているから、角度計測は苦戦します。ま、修理が終わったらもう少し、角度計測が楽になるかもしれません。それが、楽しみです。

 

そう云えばアッシの所のHP結構、読まれている方がいらっしゃるみたいです。と、営業をかけられた方が教えて下さいました。実際の数字は知りません。個人のHPです。(せいぜい一日10件もあれば恩の字だと思っていますが、どうなのでしょう?)

本人全く知りません。アクセス数も把握していません。ブログも一方通行に徹しています。だって、上手い交流なんて出来ないとアッシの能力では確信していますから。気が向いたときに、ふらふらと書く感じの方がアッシの性格では良いようです。

少しだけ、個人のもう一つの胸のうちを記載させて頂くとするなら…

 

アッシの仕事は医療です。多分、その存在は陽だまりの様なものだと信じています。樹の中の木陰の中で時々日が差すそんな陽だまりのような存在だと思い込んでいます。無理繰り、宣伝のようなエネルギーを出しても仕方あるまいと考えているのでしょう。ま、それよりは、自分に課した何かの為に、進んでいく方が良いような気がしています。

 

そういえば、人殺しの予算と言明された物事を決める人は恣意的なのかその役職をお辞めになられたようです。

そういえば、中東の方でしたっけ?そこで自主的にプロの仕事として危険地帯にいかれ誘拐されたジャーナリストの身に関して国民に寄り添わない事はおかしいという議論があった様な記憶しています。

でも、拉致された同胞に関しては、相手が国家である以上国民に寄りそう必要がないという見解があるらしい。国民を守る事と人殺し予算とやらはどう関係するのだろう?

そういえば、シナが自衛隊に攻撃をしていた事が明らかになっても、自衛隊には人殺しの予算が渡されている事になるらしい。

シナが、北海道も沖縄も独立させるべきだという声を上げ出しても、相手が国である瞬間から、選択的に国民に寄り添う事を拒否できるらしい。

 

何かが違う。

国民に寄り添うという意味は、この国に攻撃をし続ける実験を仕掛けてくる輩と、正々堂々対峙する覚悟を示す事だと思えてなりません。そこに、人殺し予算という言葉で、寄り添わない理由を正当化する事であるとは合点が行きません。国民に寄り添う事を考える時、そこに憲法に矛盾があるなら正々堂々と改めるは改めれば良いという課題を提議されれば良いのにと思う次第です。

アッシの仕事で、恣意的な行動を取れば、3次医療機関の立場。多分、退場を求められる事になると思います。どっかの週刊誌で特集を組まれていたような行動を取れれば、実際、金目~と悩まなくて良いのになって思う時もあります。如何に患者に寄り添うかが、全てだと(出来ているかどうかは課題であり、考え続けないといけないのですが)見栄を張っている身ですので。

選挙の時。

アッシの基準は、やはり国民に寄り添う事なのか、そこに拘りを持つ気がします。

 

恣意的に、居丈高にオカシク組まれても、どうにも合点が行かないようです。むしろ、そこまでシナや儒教に屈すように見える動機の方が怖い気がしてなりません。

 

おしまい

 

 

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2016.06.28更新

この頃2つの世界に生きている様な錯覚に陥る事があります。

一つの世界は、アッシの生きている国は戦争を仕掛けていて、人殺しの予算がまかり通り、立憲主義ではなく、独裁者が仕切っている窮屈な国だそうだ。この視点で、日本大嫌いな人と思える人が主体と勘繰ってしまう情報の方々の口ぶりを聞くと、相当に合点がいく。更に、選挙カーを介すと、怒りの声が聞こえて来る。このまま行くと、日本が嫌いなくせに日本が滅びる事が決定的だそうだ。その方々の持つ危機感は並大抵では無く、調査委員会も次々と元来の日本人を主に、設立している様だ。しかし、その調査委員会からの報告は未だない。

 

もう一つの世界は、例えば必死に日本人の為に、身体を呈し活躍された自衛隊の方々の姿をつい最近あらためて知る事になる。例えば人工透析の為に働かれ、結果350名の命を救って下さった。近海にはシナが、無礼なふるまいをしておっても、必死に耐えてくださっている。それを何とかしたいと思っても、アッシには選挙ぐらいしか思いつかない。国を守る防衛費は、いつの間にか人殺しの予算とラベル貼りをされる。で、医療を福祉を充実させるという。意味が分らない。つい最近、EUから脱退を決められた太陽の沈まない国は、この人工透析はある年齢からは、記憶が間違いなければ自費診療あつかいになる。恣意的に狙って情報をサブリミナルにする行為は、卑劣と云う感覚を申し訳ないが覚えてしまう。

日本が嫌いな情報の方々は、お優しいからスル―。些細な言葉尻を際立たせ気違いの如く扱われるのに、どうやら別の世界にアッシは生きているようだ。

そんな別世界と、現実世界に生きているアッシは、どうしても別世界の住民になる事は出来そうにない。

 

国を憂うる事や、未来を信じ、公益や国益を考える事よりも、只、ファシズムに導く如くの恐怖の煽りはどうしても受け入れ難い。怒りを訴えられても、悪口を訴えられても、そこに次があるのか見えないお優しい言葉には、聞けば聞くほど「甘い言葉には裏がある」そんな事を思い出して仕方がない。

両手両足を縛られ、無抵抗のまま腹や頭を足蹴りにされて、ひたすら痛いのを我慢して、プライドを捨て、うずくまっている姿、そんなイメージをアッシの国に持ってしまう。その事実をごまかす為に、あるいは、それを気付かせない為に、どなたかの指図なのか知りませんが甘い言葉を、囁いている気がしてなりません。そう云えば、友党のシナの国際金融機関、沢山のお国を集まられたようですね。いずれアジアにある国の数をこしそうな勢いです。いつバスが発進するのか、発車は未だ無いようですが。

拉致された同胞に対する共有もなく、シナや儒教に同調したい姿が見え見えの別世界には、どうしてもアッシは受け付けられません。

 

しかし、計測と云う世界はまだまだ奥が深いようで、まだまだ格闘は必要な感じです。

 もっと、国益や公益に奉仕する選挙演説を聞いてみたいものです。

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2016.06.21更新

今日、随分さっぱりしていますね。そんな事を、ある人に声をかけられた。そうかもしれない。準備してきたもの。”どうにもならん””仕方ない””でも”と繰り返しの中で、心の会議をしていた頃とは、目標?決めごと?が見えれば、さっぱりするものかもしれない。

さて、どうなる事か分らないけれど淡々と進みたいと思うのですよね。

 

そう云えば選挙が近づいていますよね。

あっという間に今年が半分終わる事を同時に意味しているんですよね。う~む。

今年も、来年も乗り切れるのだろうか。乗りきらなきゃ。ま、自分の心の会議は飽きることなく続くから不思議なものです。不思議なものと云う所から、これならと…上手く言えませんが、この入口ならと感じる扉の前に立つ事が出来れば嬉しいなって思うのです。

 

著名な方が、立候補をされて結構、驚きました。

海外では日本初の外来語になったせこい人が、都知事をお辞めになられた。儒教の学校という外交に関わる事を進めようとする事よりも、せこいお金の使い方が全てでお辞めになられるようです。法律がそうである限り、どうにもならないのに、策士が勝手に策に溺れたという所なのでしょうか?難しいですね。人間性と云うよりも、人のお金の大好きぶりよりも“介護が原点”と云いながら、芸術に萌えた姿勢や、日本死ねとまで言われたのに保育園を作ろうとしない姿勢に、お辞めになられた理由がある方が…まだ、潔いと思えるのでしょうが、せこい。せこい政治の原点演出で始まり、せこく非を求められせこく退席された。何だかな・・・てな感覚です。

 

で,ところ変われば参議院選挙なんですね、野党共闘も一つのスタイルだと思います。でも、一党独裁で民主主義も存在しない党首の方が立憲主義と云われましても、大丈夫かと穿った見方をしてしまいます。共闘する側も、共闘する前に民主主義になるよう階級制を撤廃する潔さを求めれば良い物をと穿ってしまいます。

戦争法案を廃案にすると息まいて頂く前に、シナが変わらず来る事を上品に素知らぬ顔をする事も穿ってしまいます。そもそも、上品に迎え入れるきっかけを作られた改名の政党が、益々、のれんを貸して政策が恣意的に変わっていかれる。どうなんだろう?そんな事を穿ってしまいます。

 

日本の未来と云うほど派手なものではないのかもしれませんが、少なくとも東日本大震災、尖閣諸島漁船アタックの時に垣間見た「国を崩壊させる気か」と思わせた時間を戻す事だけはアッシは受け入れたくない無いと思います。そこに「立憲主義」と云う経典を持ちだされるたびに、欺瞞・嘘。隠蔽・歪曲の流行った時を思い出します。就活をしていた青年がどれだけ面接で落とされ、自己否定をし続けなければならなかったか。政権交替した瞬間に、就職が決まった。この差は?

最低賃金と素敵な経文を説法された時、逆にどれだけ自殺者が増えたか?

 

ふと、その頃の景色を「立憲主義」と云う言葉をマニュフェスという言葉にかえて、穿って見てしまいます。そして、あの頃と違いテレビと云う情報媒体は、等々ほぼ0時間になってしまいました。

 

第2の文革化の匂いをという噂を聞くたび、その友党が「立憲主義」と云う言葉を使い始め共闘と云う言葉で母屋を乗っ取る事を認められたのか改名された政党が気が付けば解党と云う展開にならない事を思いつつ、何だかなって云う感じです。

儒教同士愛を語って、日本悪い子論で世界に告げ口をされた2・3年前の構図と同じに見えて、アッシはどうにも好きになれません。

 

政党なら政党らしく、目標があるべきでしょうし、共闘されるならその統一した政策を出すべきでしょう。その主張が儒教とシナと同じに聞こえる限り、穿ってしまうみたいです。

 

さて、アッシはアッシの願っている扉に近づけると良いなと思いつつ、おしまい

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2016.06.17更新

ほっ・・・てな感じです。

線維筋痛症学会でアクセプトされました。

相当に、気持ちが動いています。

ま、そんな報告です。

 

線維筋痛症学会に入会して多分5年ぐらい月日が経ったと思います。個人的にはその倍ぐらいの時間が過ぎた様に感じますが、実際は一ケタなのですよね。

学会に入会するのも何かを知りたい。知り合い(そうはいっても今は遠い知り合いになるのでしょうが)の歯科医がこの疾患と歯科の関わり合いに気が付かれそれに触発されて入会した程度の動機です。

*歯科医のお名前は、了解を得ていない事、ご迷惑をかけたくない事からお名前は記載しません。ご了解ください。

 

筋反射と緊張性頚反射と咬合と、言うなれば下から上を眺めながらある解法まで行きつくのですが、そこで限界を知ります。ある状態を改善できず、臨床医として悩み続けます。これは一人の臨床医の持つかもしれない感情と捉えて頂ければ助かります。

では逆に上から下を眺める場合もあるのではないか?そんな発想に行きつきます。そんな発想がある状態を打破する上で有効と実務でも感覚的にも覚えるようになります。

 

この疾患は、器質障害と云われながら、その器質部が分らない。ここで仮に器質障害を見いだす何かが見いだせれば、この研究(私が行っている物でありません)をされる方々に別の視点が生まれるのではないかと期待したいのです。この研究に予算が当然出ていると思います。何を持って最善の効果と云うのか分りませんが、最善の効果を上げるに至る雑音程度で良いので、何かに繋がれば嬉しいなって思う次第なのです。

発表後、夏休みの理科の自由研究程度のレベルですが、公にさせて頂くかもしれません。それぐらいの内容なのですよ。本当に、その程度の内容です。だから、驚いています。

(私にとり、学会サイドとしては冒険に近い)賢明な判断をとても感謝しています。英断と云う方が正しいのかもしれません。

 

仮に、賢明な判断をしたと学会サイドが思う事があれば、これほど嬉しく思える事は無いと思います。望みすぎですね。

そんな賢い人間でないと自覚している分、気持ちが動いているのだと思います。

そして、淡々と動くと冷静さを取り戻すまで、気持ちの揺れは付き合うしかないのでしょうね。

 

医科の主体の学会に、歯科医、それも一臨床医のその場を与えて頂き心より感謝します。

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2016.06.16更新

1)社会
社会には色々な層の人々で構成されているのだろうなって考える時もあります。別に社会学者でも社会に影響を与えられる人でもないのであくまでも個人の思考の世界ですが。
この層と云う区分けには国籍と云う区分け、民族と云う区分け、職種、年収等と区分けはしようと思えば専門家がお仕事に必要な分析をされるのでしょう。
その後、色々とあっしらにも考える情報を渡してくれるのだろうなって考える時があります。

で、その捉えどころを考える根源と云うのか、芯というのかそんな事をふと確認したくなる衝動を持つ時があります。

で、何を衝動として持つのだろうって考える訳です。

2)根源って云う訳でもなく
品格と云う言葉があります。意味を調べてみると、その人やその物に感じられる気だかさや上品さ。品位。

で、この「品」「格」を分解して、その個々の持つ意味を調べてみた訳です。
品が持つ意味は、人や物に備わっている好ましい品格・品質と云う意味だそうです。
格が持つ意味は地位、身分。物事の仕方、流儀。決まり、規則。法則だそうです。

こんな所から、考える訳です。

3)嫌悪
嫌悪と云う言葉を英訳にすると、ヘイトという言葉になるそうです。この言葉が一人歩きをした結果、ヘイトスピーチ禁止法案という法律が誕生します。

で、喜び勇む方々には下品にも中指を立てる事に平気な精神科なのか、大学の教授の女性がおられました。
でも、ここから見える根源は、決めごと、身分という匂いを感じてなりません。

国籍や民族と云うのは人に備わる品と云う部分に属す気がします。そして、これは生まれながら与えられる事が前提ゆえに選ぶ事は出来ないと思います。帰化と云うお話とは別です。

アッシの理解では、日本人以外と云う決めごとが既に、品定めを一方通行に決めている。日本と云う国で生きていくには、多分日本人側としてはどう協調して社会の構成員であるかを大事にすると思うのです。
見方を変えればどう関わって頂けるか?=協調が大事で、品定め(=差別を増長する要因になるかもしれない)という区分けでは無いと考えます。協調の仕方は個々人が選ぶのだと思っています。

加筆するならば、この国で生きていくにはこの国にある義務の意味を知る必要があるのかと思います。それを、直面して捉えようとする時、品という言葉に戻るのかなって考えます。そして、社会と云う中で協調を覚えるといった所でしょうか?

その持つ意味を向こうにおいて、一見綺麗な言葉で纏める決めごとの先は、身分を決めて、その先は益々、嫌悪と云う感覚を増長させるようでとても嫌な決めごとを政治の方はされたと捉えてしまいます。

日本人と同じ方向性というのか納得できるというのか、受け入れる幅と云うのか、それを全く無視した決めごと、身分差別を作る可能性の芽はどうなのだろうと思ってしまいます。尊重と云う言葉を向こうにおく決めごとは、品格を落とす事になりそうで…何かが違う。

4)綺麗な言葉と、レッテルと、弱り目の時
綺麗な言葉であれば、格と云うものがどう落ちても構わないというオピニオンの方なのか情報の方なのか、そんな分析はどうなのだろうと思ってしまいます。

綺麗な言葉とレッテルで、散々やられても受け入れるよう仕向ける風潮は如何なのだろうと思ってしまいます。
安保法案しかり、慰安婦問題しかり。つい最近では、シナの侵略行為。何が何でもかばおうとするアホな情報の方にも、恣意的な品格の欠如すら感じてしまいます。

弱り目になったと分った瞬間に、首都の知事に攻撃的になられる。でも儒教の国の学校建設は押し黙りでいたと感じる行為を見ると、アホな情報の方には作為的に格と云うものを上手に利用されるものだと感心したりもします。今日、またシナが侵略しに来て、この事実を向こうに叩く叩きぶりは、品格の意味を向こうにおかれているのだとつくづく感心します。

品格の中には愛国心もあると個人は思っています。排他的と愛国心を一緒にする事で愛国心を悪の言葉にレッテル貼りされる行為自身も、意図があるように感じてなりません。
日本人以外と云いながら実際の対象はどうやら儒教の国。あるいは、シナ。ここに根本的な解決があるのか、どうしても受け入れられません。何かが違う。

その場所でそこの国の人を尊重できないなら、そこの国以外の方はいる必要はないと思います。それは、日本であれ、日本以外であれ変わらない普遍的な真理だと思います。それは、帰る場所がある人と無い人の差だと思います。

バランスを崩す事が、気が付けば品格を貶め入れるという事にならない事を願ってなりません。

5)らしく
そういえば、医者の社会使命と霞が関の方向に行かれる方がいます。あ、勿論アッシではありません。そんな凄い事が出来るほど、品格がある訳ではなりません。
上手くいく事を祈念しつつ、どうなるのでしょう。彼は、制度で保護は出来ないかとそんな事も訴えたいようです。
ある“病気”に関して、です。

世の中はゆっくりと動くものと思っています。速足で進む事はあり得ないでしょうが、国益とか公益の精神で向かわれるという事実だけは付け加えたく思います。

こんな“らしく”にその人の品格が生まれる所以があると思います。

そんなアッシも拘る芯というのか、根源と云うのかそんな気持ちをもう少し保つ我慢をしたく思い直しつつある今日この頃です。

やっぱり草臥れて来ています。
おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.06.08更新

難しい話も特にないのですが、人間って宙ぶらりんって云う状態はあまり得意ではないようですね。正直、そんな事を思いました。でも、併せてあきらめの心境と云うか、意地をもつ気持ちがないと気が付かないといけない事実を見逃すから不思議なものです。『気が張らないと』という表現でも良いかもしれません。

どうやら、その落とし穴に嵌っているのが、今のアッシの心の状態のようです。

もうすぐ国政選挙があるようです。
そんな中、与党ではない方々の動き方なぞ見ていると余計、アホくさくなるというか・しらける気持ちが見事に育つようです。

できもしない空想と云うか、聞こえの良い言葉だけの羅列で経済が上手くいくように聞こえさせ、今までの仕事ぶりと云えばいつも反対と批判だけが好物の如く物事を決める人。(そう感じます)
この人達には、国益と云う意識も公と云う意思なぞ、これっぽっちもないのだろうと思える自分の心がさもしいと感じたりもします。

草臥れて来たのでしょうか?

学会でアクセプトされて、公へ何とか展開できないものか?それだけを考えていて、アクセプト期間が延期されていた。それ自体に気が付けない。
ダメですね。
何を期待しているのでしょう。

多分、この人達と自分が違うと強烈な自意識が働いていたのでしょうか?
ダメですね。

でもそれが性格だから仕方ない。

そう云いながら、別の風も動くようで不思議なものです。アッシは、関わるのか関われるのか、実は興味は無いのですが、そんな風の存在を知るのは心地よい。

物事を作る人と患者を介しお会いする方がおられます。いずれ公になるかもしれませんから、迷惑がかからぬようぼかして記載しますが、何とか国が動かないか?何とか国で動けないか?そんな話あいが持たれるようです。

線維筋痛症の患者が、決める人に訴えられ、その何かに心を打たれて今回の場が持たれるようです。

それで何かが始まるのか、門外漢には関係は無いと割り切るべきと自覚しています。

でも、そんな行動の報告を受けて、妙な清涼感が心に吹きました、そんな他愛のない話でした。

アッシの中で途中から(手前勝手ながら)見えている映画 ライトスタッフの世界観のどちらに転ぶべきか、お天道様がもしかしたら教えて頂く時期が近付いているのか、妙に心待ちをしています。どんな意味かは、展開があれば、そして気が向けば書くかもしれません、個人の世界観の話なので、どうなのでしょうか?

アッシの中では、どちらに転んでも構わないのですが、公に展開して、国益にと云うのか公益というのか、そんな方向に向かってくれれば嬉しいと、それだけが希望です。

やはり聞こえの良い言葉の羅列が好きな方々とは一線を置いておきたいと思い直した一日でした。

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

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