じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。

2016.03.31更新

1)言葉の意味合いの違い?
言葉狩りって云うのでしょうか?どうにも分らないのですが、ある学校の校長が、“大人になった際、女子は子供を***、男子は***”という言葉を発されたようです。状況も状態も分らないので、下手なコメントをすべきでは無いのでしょうが…
唯、その文面を何気に目を通す限り、情報の方々の演出された?方向性とは別の世界観を感じてしまいます。国語力が無いから、分っていないと云われればそれまでですが…

“日本死ね”と云う言葉に個人のあっしは、とても違和感を持ちます。これは、悲痛の叫びという解釈が情報の方々から演出されているように感じます。保育園は国会に前ではなく、仮に東京なら知事のおられる所だと思うのですが、問題は首相に責任があるように方向が示される。政党名を名前ロンダリングされた政党より、明確な保育所の数の変化は評価されない。(国家斉唱もしない行動などみると、ごめんなさい、ロンダリングと感じて仕方ありません)
ところが、東京の知事が反日の国に土地を貸し渡すと決められる。驚く事に上の問題を解決すべく保育所等に充てる事はダメだという展開になる。その事実が大きくなると、情報の方々の“日本死ね”の言葉の使用は下火になる。

“安保法案が施行されます”その前後から、戦争が近付くキャンペーン?と思いたい情報の方々の演出が飛び込んでくる。“ふと”思いだします。例えば、情報の方々に重宝されているのかなって思われる女性の大学教授?精神科医?の方は、中指を突き上げ・髪をとり乱し・我を忘れて、自らの気に入らない意見には、品があるとは言えない言葉が欺瞞・散漫している様が動画・画像・文章が検索すると確認できます。キャンペーンで理解した事は、警察発表とは乖離した人数とラップと、ナチスで彼らの感じる世界観を紹介すればOK。

儒教が大事な国では、年末の慰安婦同意事項は違憲と裁判が始まる感じ。はぁ~。

情報の方々に於かれても儒教の国々も何だか同じ香りを感じます。日本は、言論弾圧が始まり・その論証の為に記者会見を行い、民主主義がおかしくなったと、日本人が劣化したと、彼らが遍く望む方向と違う時、日本が不浄に侵されているとアピールが始まる。

感じる事は、アッシの価値観とは違う世界観が、さも素晴らしい言葉と行動であるように煽り立て支持をするよう薄気味悪い言葉や気味悪い行動が美化される。

言葉の持つ意味を全く違う意味合いに出来る劣化した人たちがいる。そんな事を感じ始めます。

2)なんでそんな事を感じ始めたのだろう?
国際化と云えば調子良いのですが、シナから来られたのかなって思う方が患者として出会う事もあります。
上手く言えないのですが、上から目線をあからさまに知ったとでも云えば良いのでしょうか?痛みがある時、仕事柄当たり前のように親身になり除痛に努めます。で、痛みが取れる時、上から目線の世界観を知った次第ですが。

これが、反射系が原因の時。痛みは取りますが、(ごめんなさい)形でしか判断できない人種には痛みを取った事実は、すぐに忘れ去られるようです。

痛みを取り、その後の展開を考えなければならない次の診察の際、個人としては困惑と云う世界観を覚えたそんな話です。本格治療は拒まれる。これは、別に気にはしません。時間軸で将来どうなってもそこまで関与する必要は無いからあまり深く考えません。そんな物です。

痛みは取れ眠れたのでしょう。(確認終えています)
その事実とは別に、売薬のおかげで楽になった。だから、問題は無い。(別に気にはしません)
薬は効かないと強引に来られて、むりくり時間のやりくりをして、痛みを取って、薬のおかげだと平然と言い切られる。(別に、気にしません)

ちなみにどんな薬ですか。と問いただすと、シナには色々な漢方があると、怒られます。

多分、日本と違う世界を見た瞬間なのでしょう。アッシの知る常識で考えた際、他人に挑発的な態度というのは論外です。まして、歯科医と患者と云う関係の中でそいつをやられたら、困ってしまいます。でも、信頼を置く事はこれら人とは一線を置くしかないと覚えた瞬間の出来事でした。かの国の教育も、人との接し方をどう大事にさせているのか正直分りません。唯、日本の感性と違う人とは相容れない事を受け入れないとどうにもならないと覚えた出来事でした。

先の話の延長をすれば、真面目に生きる。他人を思いやる・協調性を大事にする。(そういう人ばかりではないと云われればそれまでですが)これが、この国で育んできたアッシの感性。これを慮る価値観と劣化した価値観がどうやらぶつかり合っている?そんな所から感じたお話しでした。

忘れないうちに、この劣化した価値観は、自分の事しか考えませんから油断すれば暴走するでしょう。本来ならば『自分しか考えない価値観』は、全世界から爪弾きされて欲しく思います。人類は発展できなくなります。左巻きの夢想家も、深呼吸されて現実との温度差に気が付いて頂ける方が良いと思うのですが。
言論弾圧があると云いながら、外国の方を相手に記者会見され具体的な弾圧行為は無いと語る時、情報の方としてはおしまいと云う気がします。が、今日もモニターでお会いした所、問題がないという組織は判断がされたのでしょう。あっしは、劣化した判断と思えます。

3)とはいえ
頭のおかしいと云うか劣化というかそんな人間がいる事を知る。憎悪の行動・言葉の一つ一つの動機が見える時、そこから錆を落とすべく自浄は始まるのかなって考えは変化しています。

自分の仕事に真剣で行くには、歳をとったせいかと違和感の意味を時々考える事が少しは出来るようになって来ているのかもしれません。

そう云えば、若年性繊維筋痛症の学童とお目にかかります。
ステロイド系の処方薬を渡されていて、ウ~ム。

ありゃ、痛いわ。
良く頑張ったとあの小さな身体に対して、その精神力と頑張りに脱帽です。あまりリアルに想いを書くのは好きではないのですが、本当によく頑張った。偉い!(目を通される事は無いと信じているけど。だって、個人の世界。暗いじゃん!インナーワードは内緒と云う事で)聡明で、良く課題点を理解してくれました。

ま、反射系の問題なので、二つほど紹介。
“ナチャッテスプリント”と、“顎をウニウニ運動”←勝手に命名している手法です。

最初の奴は、下肢の痛みは無理。上肢かな?で、後者は下肢への対応。

この感じなら、薬減らせるか考えましょう。そんな事を軽く親御さんに話しながら…

相手が真剣なら真剣に考えるのが、多分、アッシの知る日本の感性。上から目線で中指突き立てなどある訳がない。

でも、原因不明とは厄介なもんです。
育て方論から…

こんな聡明な子を育て方が悪いなんて、上から目線の『池袋の教授?』か『その大学の精神科医の教授』なら“若者は嫌いだ”とボロッカスに言えるのでしょうが、そんなことないもん!それが、あっしの思いです。

4)じゃあ
陛下の京都御所のお話?古典?は好きです。詳細は書きませんが。
唯、御所の塀が、ヘイと云う具合に垣根レベル。ここに、あっしらの心の根源の象徴がある気もしています。

一緒に悩むのか、一緒に闘うのか、それは後日分るでしょう。

あっし個人は、何もできません。
仕事の依頼があれば、前に出るのでしょうが。

さて、どうなる事やら。

今言える、じゃあは。

今年、どっかの学会に(アクセプトされたら出すと思いますが)この反射の存在を投げかけてみたく思っています。
そんな所で

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.03.15更新

1)計測で、見えて来たアッシのアホぶり…
計測効果なのでしょうね。イメージ通り展開が進むと、勿論人としての感情があるから嬉しく感じる時があります。しかし、アホなのです。アタシ。
計測が日々続く事は、予測していました。唯、計測を行わなければ行けない症例が増えるにつれ、一日が中々終わらない。
何度努力しても、終わらない。
休みもない…
効率と確実性を図る為の計測法が、ここまで診療終了後のルーチンを増やすとは予測を越していました。計測による治療の効果は認めつつも、それを維持する為の準備がここまで必要とは。
診療の効果と云う現実は納得しつつも、計測という準備がここまでいると、息切れしそうです。
仕事だから仕方ないのでしょうが、この展開は個人の予想の範疇を越していました。アホなのですね。
アッシは…

じゃあ、“てこ入れをどう図るか!”っていうのが、今回のお話し。愚痴か、ぼやきか、多分、見えないのだろうな…
ハァ

2)パフォーマンスをあげる為の“てこ入れ”がしりたい
実際は、どうか分りませんがパフォーマンスをあげる為と云う事で“禁止薬剤を用いた有名なテニス選手が試合に出られなくなる”と云うニュースが飛び込みます。能力をアップするには、対象に打ち込む姿勢が勝負と云うのが、多分、日本のみならず世界に共通価値観と手前勝手に思っています。

但し、対象に打ち込むという行為に必要な事は、多分、時間もそうでしょう。見方を変えれば、下積みという時間に相当するのでしょう。鍛練を積んで、習得するという言い方が成立するのかもしれません。
これは、これで相当に苦しい。
面倒を避けて、鍛練を避ける事が出来るのならば、どれだけ素晴らしいのでしょう。正直、目の前の診療後のルーチンの前には、相当に弱気になるにつれ、人の性“ずっと”憧れてしまいます。

効率良く回復出来れば、あるいは、鍛練をあっさり習得できるとなれば、禁止薬剤を『てこ入れ』の道具として手を出すのは過酷な競争の競技の世界であればある程“思わず”と誘惑に駆られてしまうものなのでしょうか?

スポーツのドーピングは、フェアーでないと云う見地と、その後、薬の副作用で人生の苦しみを味わう事から、禁止するのは当然なのでしょう。

多分、ここで求められるのは“工夫”と云う知恵をどこまで働かせ、もう一度効率化を図るかでしょうが、正直、しんどい。

3)ギリギリという思いの時、どうしようか?
結構、ギリギリと云う経験をしています。個人の趣味と云う訳ではありませんが、結構この経験が多いから、参る物と云うものです。正直“これっぽちも”経験したくない。必要に迫られて経験するのか、誰かに求められるからこの経験を選ぶのか、時々、自問自答をします。

このギリギリの乗り越え方?と表現すれば良いのでしょうか。このギリギリを追い詰められたと判断し打つ手を間違えると、一挙に混乱が舞い込んでくると信じているのが、アッシの経験から来る価値観。

実際はリアルに存じ上げませんが、政権を取られていた政党が、名前を変えて、今の首相の方針をアンチテーゼと云う点でのみ一致点を見いだし方針が合わないと、一度出た政党と合併をします。政策は別に、今の首相をアンチテーゼと云う視点でのみ選挙協力が野党間で始まるようです。

これを政治の混乱と称して良いなら、きっと、それが当てはまる気がしてなりません。
ところ変わって、世界も結構そんな感じをニュースから感じてなりません。

その一方で、報道の方々は、“日本死ね”で一喜一憂され、国連と称す機関で云いたい放題侮辱されても、この一喜一憂の中では頬かむりも平気な恣意ぶりには正直、嫌気がさします。確か、保育園は自治体の管轄なので、国会前ではなくそれぞれの県庁なり都庁の前でデモをする方が正しいと思います。

何だか、“らしさ”とでも云えば良いのでしょうか?そいつを見失って、唯、巨大化する行為に正義を見いだし、“らしさ”を見失うのではないかと勘繰ってしまいます。

形というのか、体裁に拘る巨大化は、架空というかガランドウ以外無い気がします。
ギリギリの時ほど、冷静にどれだけなれるか?アホな分、それだけを拘るようにしたく思うのです。

たった4・5時間調べる行為を怠らなければ、たった、一言、調べる時間をくださいって伝えられれば、思春期の少年の自死も無かったかもしれません。唯、形と云うひな型に拘らなければと思うと、残念で仕方ありません。

人間の分相応な見栄えにこだわる姿勢が、もしかしたら、混乱を招く一つの姿なのかと思う次第です。
ギリギリと思う時こそ(本当は、そこに気が付く前からだと思いますが)どれだけ冷静になれるか、たまった計測を前に思う次第です。

4)臨床においてでも、体裁に拘ったら、色々と厄介になる
繊維筋痛症の患者の治療をお引き受けする事になりました。正直、個人の感情は、引きの姿勢だけです。
休みは結局つぶれますが、計測をしながら、自らの能力をお伝えする以外ないと考えます。

どっかの○○大学歯学部(名前は記しません)では、その病気を知りません。

歯を削ってからこれが始まりました。
患者の病歴から確認させていただきました。

どうにかならないか、そんな感じの出会いでした。

分析にかけた時間は、結構な時間でした。

計測という手法を導き出したのも、結局は、この状態から逃げ出したい。逃げ出せないなら、もっと、確実性をあげたい。矛盾した葛藤の中、結局選んだのは、確実性でした。筋反射だけの読み取りでは、限界を感じた事も動機かもしれません。反射は、正直複雑です。

てこ入れと考え続けているのも、多分、逃げ出したいと云う感情と、効率を上げなければ問題と云う、確実と云う言葉の壁の前で、ビビっているだけなのでしょうね。

言葉遊びをするのは、“らしさ”に立ち返えりたくない思いなのでしょう。草臥れた身体を押して、もう1回原点に帰りたく思います。
それも“らしさ”と云う事で。
おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.03.03更新

1)反射って奴は?
ふとニュースに目を向けると、アメリカの大統領選はスーパーチュズデイが終わったようですね。どなたが、世界の超大国のトップになられるかは別に、世界情勢は目まぐるしく変わって来ているようです。上手く仕事をこなされて頂きたいと願います。その影響を確実に受け止めなければならない私達のリーダーのご苦労も並大抵の物でないと考えます。

愚鈍に儒教の国々に愛想を尽くしながら、一時であれ国を引っ張られた方々やその仲間たちは、安保法案(戦争を呼び込む法案でしたね、集団で安全を守る事に努める事が戦争に近付くのでしたね、侵略行動を一方的に取っているように日本からは見えるけれど、違う景色で見えているのですね)を廃止する為に選挙協力を始めようとしているようにアッシには見えます。消費税のアップを廃止する為に協力と云う方が、分り易くても、それでも、儒教の国に忠誠を尽くされたいのかなって妙に感心したりします。(見ている方向が、国民でなく儒教の国と見ています。)

“日本死ね”と、報道の方から喜びの唄が聞こえた際は、この方々だけが認める民主主義って、アッシとは違う世界だなって感心したりします。

何かあれば、反射的に儒教の指導者に忠誠をつくす行動を取る。
何かあれば、反射的に日本悪い子にするよう行動する。
何かあれば、反射的に日本は民主主義でなく解放活動をしているように見せつける。
何かあれば、反射的に日本の過去は犯罪者によって成立していたと方向づける。

で、それぞれの機関に役割がある。

と云う反射が、今回のお話し。
“特定の刺激に対して、反応する”こんな経験談が今回のお話し。
しかし、反射を世間に知って頂く為に、ここまで左巻きや和式リベラルの方々が積極的に教育を施していただけるとは中々、趣深い。アッシの中の謎が明確になるきっかけでもありました。

2)緊張性頚反射って上行性反射?
緊張性頚反射って云う奴があります。これは、上行性の反射とアッシは理解しています。で、その逆の下行性の反射があってもおかしくない。
この調和がとれる時、痛みが消えるのではないか?
下行性反射と上行反射の調和が起きれば、痛みが消えるのではないか?

その能力(何を指すかは後述と云う事で)を消失?脆弱化した時、肉体に嬉しくない事が起こるのではないか?
そんな事を考えていました。

で、繊維筋痛症の方がお見えになります。
どっかの先生のように顎位を決めて(この手法を否定するものでもなく、唯、アッシが積極的に用いないだけと云うご理解を)という事もせず、唯、触診をさせていただきます。

始めは、ユニットを横にして側頭筋腱に痛みがある事を確認します。適当に17ヵ所中、上肢に限局させて触診をします。痛みがある事を確認します。

に、筋調整頚反射の過緊張を取り除きます。専門家ではないので、筋・筋膜療法のテクニックになるのでしょうかね?アッシは良く知りません。唯、過緊張を取り除くべく少しだけ、身体を支えさせていただきます。

側頭筋腱に痛みが引くのを確認して、結構、痛みが上肢に関しては消えます。

下肢は確認しませんでしたが、やはりこの緊張のし過ぎが相当に身体に渡す事が妙に確認出来たと思えた瞬間でした。

最後に、下行性反射があるべく、口の中にフェイクの状態を作ります。別に歯を削る訳でもなく、唯疑似の環境を渡すと云えば良いのでしょうか?予測していましたが、すべて消えました。

3)関係
上行性⇔下行性反射の関係が崩れる時、何が起こるのだろう?口の関わりにこの下行性反射があるのではないかと、ずっと、考えていました。

左巻きの方々の論説や儒教の方々の論陣の張り方が実はとても参考になります。

『裏付けを取らすな』;「事実」が出されたら、関係ない事実を発展させて話をすり変えてしまえ。そして、裏付けをせざるを得ない量を多くさせて、事実を出す良識をつぶしてしまえ。

『議論をまな板に載せる建前だけ守れ』;「証拠」が出てきたら、様々な観点で証拠の信ぴょう性を弱くしてしまえ。根拠のある議論などしないで、証拠提出者を孤独にさせてしまえ。その為には、同情を引くように、物語を作ってしまえば、もはや証拠など意味などもたらさない。

『権威主義を分らないように利用して、相手には権威主義に陥るなと扇動しなければならない』;人は「権威」には弱いから、権威側をあらゆる手段で取り込み、疑問を呈しても反証しようとしても抵抗に意味がない事を教えてやれ。あわよくば、自分が相手より権威に近いと云う立場を理解させて、あくまでも自分が付き合っていると人格者の如くふるまえ。そうすれば、相手があきらめて受け入れるようになる。

『仮説は複数あると云う事実を利用しろ』;「仮説」は一つだけでなく、いくつもある。これが、民意が向上し文明が豊かな側には相当不利に働く。これを理解していれば、弱者の立場を分らないのかと苦しくなった際は、結論に導かずにすむ。そして、次の仮説を用意すれば良い。

『身びいきをするなと云う展開に持っていけ』;道徳的に有利である以上、相手に「自分」の出した仮説だから、あまり執着するな。と、指導をすれば良い。

『定量化する事を求めろ』;「尺度」があって数値を出すことが出来ればいくつもの仮説の中から一つを選び出せる事実に対して、尺度の基準を毎回変えれば良い。狡猾にやるには、時に新しい言葉を生みだして、相手が混乱すればそれで良い。相手がその言葉の意図を理解する前に更に、仮説を立ててそれを事実化してしまえばそれで良い。

『弱点をつけ』;「論証」が鎖のように繋がりそうになったら、一つ一つが機能する前にまだ固まっていない部分を固まりきらない前に、断ち切る状況か状態を作れば良い。その為には、大きく話題を変えてもよい。

『オッカムの剃刀』の逆;必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならないが、その方向にさせない。沢山の「データ」を出して、決して単純にさせない。

『反証可能性』に拘らない;「仮説」が出されたら、少なくとも原理的には反証可能かどうかは問わない。新しい土俵に本質を変えて、この論説には乗らない。

その為には、単純に事実(歴史)を知らない方が良い。で、ここから得られる既得権益の存在をばれないようしておけばよい。出来る限り観念で相手を縛れる方が非常に良い。後は、見せ方と登場のさせ方を考えていれば良い。道徳心が高ければ、縛った瞬間確実に既得権益が得られる。その為には情報はセレクトしなければならない。


もし、上記のくだらない作文を読んでいただいたとしたら、ご迷惑をかけます。あまりにグデングデンで書いていて非常に嫌になります。

で、こんな事を書きながらもふと、整形外科医のお医者先生の名言を思い出します。「原因が解決したと思ったら、その結果が原因になっている」これが、原因不明といわれる病気の怖さなのかもしれません。

この下行性の反射がうまく活躍しないとすれば…

4)結局
先に話した一連の痛みの消失と登場は、録画させていただきました。別に深い意味はありませんが。
機会があれば(許可を頂ければ公にするかもしれません)問いかけたいと云うものです。

課題は、疑似に演出した口環境をどう再現するかです。それが、これからの課題なのでしょうが、さて?

計測をしてエラーが見いだせるのか?
方向が見えるのか?

そして、仕事として依頼があるのか?

結局は、そこからなのでしょうね?

落ち切らない所で、おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.03.02更新

1)関連化
関連化が上手く云ったのでしょうか?“納得”と勝手に判断。イェイ~!と、云いたい所ですが…
さて、問題は、治療を引き受けるのだろうか?ちょっと、自問自答中の今って、云う所でしょうか?

“どうしよう?”何が問題なのかを整理しただけで、喜ばれるのはありがたいのですが、実際は、治療が始まってナンボと云うのが現場といった所です。そうアッシは、考えます。だから、本当に“どうしよう?”って所です…

2)何が、必要なのだろう?
病名は、ごめんなさい。あっしは、歯科医ですからお医者さんのつけられる病名に関して、云々と申す立場ではありません。既往歴から見えた事を、ちょっと関連化しただけですが不思議と何かが見えたと云う次第でした。でも、実際の治療は…
話が変わります。
でも、その方の病歴は実際に筆舌を尽くしがたい。そういうしかない気がします。

で、別に社会学者でもないですし、社会に何かを発信できる立場ではないですから、独り言と云う感覚なのでしょう。

官が国の経済を引っぱっていた時期が確実にあったように思います。通産省と云われていた時代なのでしょうか?今は経済産業省と云いますが。
計画経済?で、ぐいぐい引っ張る時から、市場経済?に移行して先端レベルのトップ競争に官が果たせる役割が小さくなったからと云うのが理由なのでしょうか?この時、社会の在り方も変わるのでしょうが、果たしてどうなのでしょう?

規制緩和/監督強化/セーフティネットの整備とう事が切実に要求されるのでしょうが、新しい国のエネルギー政策などは、発想起点を変えればまだまだ、活躍する土俵はあるような気がしてなりません。是非、夢を作り出して欲しい。

上にあげた事だけがメインの仕事であれば、①何もしない②原発どうする?はっきりしろ③労働基準法等でやりくりが出来ない事業所をどう活躍?延命?を考えるぐらいしかなくなってしまうような気もします。

社会に貢献が出来なければ、すたれる?って事がないようしなければならないのでしょうが。
難しいですね。

じゃあ、歯科は?と、ここに話を発展させてもいいのでしょうが、どうしましょう。

代わりになのか、肥大化なのか・忙しくなるのは厚生労働省なのでしょう。
市場経済に移行して、この中で今までの終身雇用を大事にする社会が存在できるのか?低成長時代になって、働き方が非正規雇用に象徴される見方を変えれば、今までのモデルケースが通用しない時代をどう手当てをしていくのか?
併せて高齢化と少子化に対する対策と、手当てをしていかなければならない。

もっといえば、この国が誇っていた中間層の割合の減少は、手当てが本当に忙しくなる事を意味するのかもしれません。

定年で国が約束を守らないと行けない年金、終身雇用が保障されれば未来への設計図が描けるというひな型のパイが小さくなって貧困のループに嵌ると中々脱せない新しい環境。

明日はわが身にならないよう、小心者のアッシはいつも分岐点です。実際、アッシの業界は斜陽中のようですし、先の社会に貢献できなければ…なんていう緩やかな評価に晒されている感じですし。

社会にポジティブに貢献している限り、社会は迎え入れると信じたく思います。

さて、先の話の続き。
厚生労働省の志の中には、きっと、アッシの価値観かもしれませんが、『セーフティネットが必要な方々に、必要な制度を整え、弱者に優しい国にする』が含まれるのだろうなって想像します。(想像したいです)

でも…
“そうはいえるとしても、何か…”というのが、アッシの中のモヤモヤ。

3)常識の見方を変える事が出来れば良いのだろうか?
頭が良い方々が、色々な可能性を考え、一番良い方法と導きだしたのが制度だと信じています。
でも、見方を変えれば、何か別の考えも生まれないものかと考えたりします。ポジティブな貢献や可能性を導き出すような制度?とでも云えば良いのでしょうか?

こう云った(アッシの中での理解ですが)疾患、疾病になった瞬間、中々、受け入れというか援助と云うか、そんな物が脆弱だなって感じる時、寂しく思います。(関係者の方、知らない人間の戯言です)だからと云って、特別な事も出来る訳でもありませんが。

もともと、関連化で見出そうと思った動機は、分らないで留まる自分に納得できなくて、見えて来た事を整理しようと自分なりに考えたものでしかありません。本当にこれは、口腔内が関係しているのだろうか?患者の言葉を信じていいのだろうか?

社会にポジティブに貢献するという粋を大事にする限り、嘘はつきたくない。
左巻きの方々の、『ナンチャッテリベラルと同列でいたくない』、『変節する嘘?物語・夢?童話と同列にされたくない』と強烈な意識が働いた事が始めですが。

で、アッシなりにキーワードに置いた一つが目に見えない謎は、反射系の活躍の部分でした。

で、姿勢起立筋としての咀嚼筋の働きでした。

で、その鍵が緩やかに見えて来た時、常識と思い込んでいた世界観が壊れ、新しい常識が生まれたという次第でしたが。

難しいですね。

4)じゃあ?
結局、検査をする所から始めますが…社会制度の脆弱さ。家族の尊さ。を間接的と云いながらも触れながら、また、悩むのだろうなって今は感じています。

公にする事で、何かの波紋を生む小石になる。そんな仕事も考えないと行けないのでしょうかね?

おじさんになってしまったあっしアッシには、モヤモヤが続く中、前に進む事を考える以外なさそうだと思った経験でした。

はぁ。

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.03.01更新

1)関連化

アッシの場合、どうにもならない臨床での現症に出会う時、いつしか関連化をして考えるようにしている。

ま、分らないから、何とか分りたくて藁にもすがる思いで、関連化と云う作業をいつしかするようになります。占いじゃないから、当たるも八卦外れるも八卦と云う訳にはいかないから、実は表現に悩むのですが。  

もともとの動機は、自然科学ではまだまだ未知の物はあっても不思議ではない。では、医者の世界では、そういった場合、彼ら(彼女らは)どのように考えるか知りたくなった事にあるのかと、振り返ると思います。
文章にすると、大そうな事を書いている様に思われるかもしれないが、連続性が何かを見いだすだろうと(手前勝手に信じて)かれこれ振り返ると10年以上続けているかもしれない。勿論、毎回毎回行う訳ではないから、その成果はと問われる時、何と答えて良いか正直分らない。いえ、もしかしたら答える内容はあまりにも内なるあっしの世界すぎて、公にするなどというのは、まだまだ相応しくない気もしています。

でも、続けていた事で考える力はもしかしたら、臨床と云う現場においては付いていると云うか、把握する力は付いてきていると思える時間に自分が体験できるようになって来ているように思われて、少し嬉しく感じる時もあります。とはいえ、それ以外の能力など、相変わらず無いから困った所なのでしょうが。


2)関連化のおかげか

そうは云いつつも、何かを意地でも見抜かなければならないと思い立った時は、この作業も時に悪くないと思う時もあります。たまに、既往歴を上手に纏め上げられ患者がおられます。あまりに正しく把握されている時など、実際そこで何が起きたのか、面談をする前に先に知りたくもなると云う所が、人の情と云う所でしょうか?                       詳細は、“歯科の治療でこんな事があるの?”と興味を惹きたい訳でもありませんし、公に共有化されていない中で情報を発信するのも如何と思う所あります。併せて、特に今は書きたいと思う動機も無いので割愛しますが、この連続性の所感は悪くないと云うものです。


3)さて、そう云えば・・・  

一人で悦に入るだけであれば、公開する必要もないと云うものです。そんな関連化をする事で、あれ?と思われる(別の方々です)症例の方と出会います。そう、このプロセスで別の判断をされたから、悪化されていったのだろうな?ここを見逃すというより、事実を報告して方向性を固めるのも悪くないと考えるようになります。
*報告した後、どのように考えるかは患者に所属するものだと考えます。


1』上の奥歯だけがひたすら補轍になり続けて、奥歯が土台ごと外れてしまった 

ずっとアッシ個人が気になっていた現症の一つでした。こんなケースがあったります。歯ぎしり癖(今のはやり言葉なら歯牙接触癖?と表現して良いのでしょうかね。更なる症状を書かないと問題でしょうが)もあって、舌も無意識に上側に置けず下に置いてしまう。
で、模型を見続けていると、違和感をあっしは感じます。

触診上で緊張性頚反射を確認します。

前歯に意図的にスペースを与えてみます。

すると、舌は上に無意識に上がり、歯牙接触癖が消える事を確認します。

おそらく、後傾反射優位と予測します。(後ろ方向に押すと、身体が後ろに傾きやすい)

では、外れた補綴物はどうなっているだろう? 臼歯部の遠心方向に妙なファセットがあります。

3次元的な位置関係は遠心にもう少しあるべきではないか?少しだけ後方に歯があるような状態をフェイクして作り出します。面白い事に、前歯に隙間があいて。緊張性頚反射が消失して…後傾反射も消える。
ま、それだけなのですがね。 

で、お伝えする事は2つ。

一つは、対処療法の連続であれば、この土台の外れた歯の予後は難しくなる可能性はある。

一つは、何が起きているのか考えるか?

この先に、対処療法か・原因療法か・根治療法かと、状況の把握から共有化、そして、方向を決めていくと云う作業なのでしょうが。
でも、安易な発想は筋・反射系にややこしい状況を作り出すかもしれない。そうさせないと思われる対処を最低考えるのも臨床で生きる側の道なのかもしれません。
難しいですね。


2』やばい、これ発展したら本格化するかも… 

頸が動かなくなり、痛みが・しびれが… 

まさか、歯でと問われれば、歯が直接関係する訳ないじゃないですか!と、今のアッシは答えると思います。昔は、相当に悩み続けていましたが。
これだけでは、起きません。起きてたまりますか!

反射系の働きでの結果と云えば良いのでしょうかね?

で、側頭筋腱に指を入れると、案の定、少しだけ痛い。

下行性の反射経路に問題か?と勝手に思案。緊張性頚反射は確認済み。

頬反射の関係は?疑似で歯に厚みを作ると、頸が動く。

では、舌の空間把握は?今度は舌側に(口蓋側)に疑似の厚みを作る。頸が動く。 

位置覚の脆弱化による緊張性の急性化と判断。

トリガーブロック麻酔を行い、スプリント作成予定。

その後、計測しながら急性化を収め、位置覚の再構築。そんな所なのかなと思いながら…
「歯を削ると**と云う言葉って、反射サイクルが変更した結果、適応性が脆弱になる事なのだよね」って“ふと” 思い出す。                
難しいですね。


3』歯が痛かったが、よくよく聞くと… 

で、今は痛くないけど、2・3日前が痛かった。その時は、顎まで痛みが走った。

よくよく問診を続けると、その1か月前に肩~頸に掛けて痛みが走り、整体(?)に行った。そこで、改善したけれど、いきなり今度は口に来た。 

で、歯を見ると、欠けている。

虫歯の定義は、何らかの要因で歯に実質欠損が(割れたり、欠けたり、ひびが入る)起こり、その後、細菌感染した状態。

という訳で、虫歯ではない。

唯、欠けた付近を研磨する。

触診すれば緊張性頚反射とでも云えば良いのでしょうかね?その存在を確認。

さてさて。 

今は平和だから、知識をお渡しして、今は利用の仕方をお伝えする?そんな所でしょうか?
そうそう、欠けている所にわざと疑似で元に再現してみます。痛み復活しました。色々な所に!反射は、趣が深いと思える瞬間でしょうか?  
機能を考えながら臨床をするようになるのも、実は、関連図・関連化を行い続けたせいかもしれない。そう考えると、継続も悪くない。


4)そういえば
本を読む習慣が日本人から抜けているそうです。あっしも、読まない人間だから偉そうなことは言えない。唯、勿体ないなって思う所もあります。今の知識を支えているのは、実は学生時代にバイトで稼いだ専門書のおかげだし、臨床家になってからの専門書を読み続けた結果だと思うし、唯、“知りたいと云う”動機を支える目的には一番の近道と考えたからかもしれなし、(正しいかどうかはまだ、分りませんが)関連化の能力も本との出会いのおかげだったりします。


そこに何かを得るチャンスがあったかと云えば、どうなのでしょうね?

体系化するには、アッシ見たいな愚鈍は、本に頼る以外ないように思えます。でも、あっしはそこまで賢くないから、人生に思慮深い方々とお目にかかる時心の中では叶わないなって思う事の方が多いです。
歯科医が困窮を極める時代に生きています。(今はそういう時代なのです)

ですから、臨床の中で人生の分岐点をいつも見ているという感覚の方が正しいかもしれません。本で分岐点を知ると云う疑似の経験より、日々の緊張の方がいつしか、小説よりも上回っていると感じるせいかもしれません。そうはいえ、先人達がまだ見ぬ子孫の為に命を張った歴史の前では、果たしてそこまで分岐点なのかという自問も繰り返してしまいますが。


左巻きの方々が平然とされるすり替えの戦争賛美論とは一線を帰したく思いますが。


とはいえ、書籍や文章は、いろいろな重要な情報を与えてくれるのは事実と思います。それを知る事で、真剣に何かに向き合えるのかなって思います。唯、厄介な事は実になり血となるには、アッシ見たいなタイプには相当な時間を要求する事なのかもしれません。

唯、時間がかかったとしても、そこには一貫とした脈々と連なる生き方に繋がる上で必要な事なのかなって考えるようにもしています。

気をつける事は、(あっしは手前勝手な判断ですが)左巻きの方々や和式リベラルの方々の作り出されるノイズだと思っています。ノイズの流れ込み・ノイズにまみれ・ノイズに踊らされ支離滅裂な方向に誘導される事がとても問題のように感じています。

常に、原点に立ち返る事を忘れてはいけない。それがいつも云い聞かせている言葉なのでしょうか?そこに戻っていると確認出来る時、その効果を少しでも確認できる時、あまり本を読まないと云いつつも、結構、素晴らしいと感じる時もあります。

明日は、関連化した内容をお伝えするつもりです。
結果はどうなる事か?
それは、その時、受け止めれば良い。そう考えます。

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

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