じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
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2016.02.26更新

1)ちょっと見方を変えると!
医療って云う位置づけを考える事もあります。アッシの場合、歯科医ですからしかと云う土俵から考えるしかないのでしょうが。

この制度が出来た頃は、多分、こんな感じ。
①人口構成がピラミッド型
②経済が右上がり
③病気になる人が少ない。

で、歯科の保険制度が出来上がる時は、この国が豊かになって、砂糖の消費量が爆発的に増えて、虫歯産業(ここでは、この表現を強いて用いています)が繁盛する訳です。

この次は…という話は、またの機会にしたく思うのですが。

で、今は逆ピラミッドともいうべき、人口が少子化高齢化と云う言葉が象徴する時代。で、こいつは今の所、現代史において誰も(人類が)経験した事のない時の流れ。

すると、先に書いた前提は崩壊すると云う意味を持つのではないかと考える事もあります。

で、ここから先は、物書きであれば興味を引くお話しを展開出来るのでしょうが今回は本題が違うので、いつかの機会に。

2)グローバルという時代で医療は?
例えば、グローバルの本場イギリスは、南アフリカの看護師を引き抜くと云う事があったそうです。
例えば、医師免許では通用しないから看護師免許を取って、アメリカに渡るフィリピンの医者が出て来た事もあるようです。

で、想像するのです。その国の医療はどうなるのだろう?
で、国費で育成した看護師を奪われた事の意味はどうなのだろう?

ちなみに南アフリカは、隣のアンゴラから看護師を引き抜いた。
アンゴラは?

より貧しい国から労働力を連れてくる。製造業や、建築業で起きた話が医療でも起きている。
で、安易に綺麗な言葉で着飾る(多分、多くは左巻きの)方々は、この事実をどうみられるのだろう?
で、この国も看護、介護のジャンルで高齢者の世話を考えているらしい。でも、今度は、この国の富が海外へ流出する事になる。

経済と云う観念では専門家ではないので、難しい事は分らないのですが、この繰り返しは相手の事を果たして考えているのだろうかと思ったりもします。

じゃあ、富裕層と云う考え方もあるようです。では、その国の医療経営は?と、グローバルという一見響きが良く聞こえる言葉の裏には、何か隠されている気がしてならないと、小心者のアッシは感じてしまいます。

じゃあ、移民を!
暫く!

結果、ヨーロッパはどういった苦労をされているのでしょう。性奴隷制を推進されたい報道の方々も、中々調子が悪いのか、奴隷制と反す民主主義だからか、どうしてか声が小さくもあるようです。
この国でも、性的事件が起きてしまいましたし…

グローバルと云う見方だけが、正しいとは限らないとアッシは思ったりもします。
難しいですね。

3)じゃあ、どうしよう?
地域密着と云う言葉が存在します。医は仁術と云う言葉は、国民皆保険制よりも前から存在していました。

どう医療というシステムが変わっていくのか分りませんが、(本音は違いますが)少しでもいいから自由度合いが増える方向だと嬉しいなって考える事もあります。だって、もしかしたら新しいシステムが生まれるかもしれない。その連続性から、逆ピラミッドの中のあるべき姿が生まれる事も無いのだろうかって、想像する方が、閉塞感から出られそうで良い様な気もします。どうなのでしょうか?

また、別の見方をすると、IT化という時代にもなっています。個人のクリニックですからそこまでITに拘る事も無いのでしょうが、この行動に対して縛りが多く感じどうしても、最低限という箱からは中々出られないような気もしています。
4)雑言
オチは実はないのですが、でも、IT化出来れば面白い事が出来るかもと想像する事はあります。
まだまだ、その必要性は先の話でしょうが。そんな時が来れば良いなって、小さく呟きます。
計測という作業に拘り続けていましたが、“なるほど”と思う事実の連続です。でも、その精度を益々あげたい。
これが、今の偽りのない思いです。

だって、必要に迫られて高さを計測して歯の高さを変えた結果、『息が入ります』などと言われたら、益々計測の必要性に迫られる気がする訳です。

今日は、久々にモビライゼーションを行い、身体の痛みが消えました。(暫くすれば、戻りますが)と、喜ぶ患者の声を聞きながら、さて、どう攻めなおすかと、計測の仕方を考え始めた瞬間よぎった、戯言でした。

蛇足ですが、今のアッシは、スプリント(口に入れるマウスピースの総称)は基本的に1,2回しか使いません。
詳細は割愛しますが、スプリントだけで筋の癒着は取れないし、癒着を起こさざるを得ない環境条件は変えられないと確信しているせいでしょうか?
難しいですね。

科学には要素還元科学(医学)と複雑性科学があるそうです。個人的は、字の意味は分るものの”ピーン!”と来ないのが計測に拘り始めたアッシの感覚。

だって、(歯科というジャンルかもしれませんが)医学は前者の枠を超える事など出来ません。で、複雑性科学というのは、色々な分野を包括して考えて研究する科学だそうです。関係性を解く上で、複雑性科学という捉え方は決して否定しません。

でも、両者を兼ね揃えて臨床という気はしています。
現症を診て、何故起こらざるを得ないのか?計測から反射系を見極めようとしているだけなのですがね。

難しいですね。

その臨床の経験から、(正確に云えば、分析の意味を知るにつれですが)スプリントは積極派では無くなったようです。

でも、スプリントも使います。

で、最後。
歯はそのせいか、積極的には削らなくなってきました。

あれ?
歯医者の初期のモデル、虫歯産業は衰退しているジャン!
やっぱ、グローバルニズムで考えるべきなのか?

落ち切らない所で、おしまい。

 

投稿者: こすが歯科医院

2016.02.24更新

1)別にニュースの解説をしたい訳でもありません。つい最近、歯科医が医療法違反と、併せて一つの法人の破産があった事を知りました。ニュースに疎いのですね。全然、知りませんでした。

追いつめられて、『何とかしたく』すべきでない行為を選択してしまったのか?
もっと、金目を『何とかしたく』すべきでない行為を選択してしまったのか?
個人としては、何かを訴えたい気持ちも、何かを共有したい気持ちもある訳ではなりません。関係する方々が、その隠された姿を少しずつ剝がされて問題の本質を表に晒すのでしょう。

唯、医療法違反という己のライセンスに対して「なんと破廉恥な事を」と云う所が個人の感想と云うか所感と云う所です。そんな偉い人でもないです。ですから、一歩間違えれば正義感を押し付ける表現は極力避けたく思っています。

ところで、所感という言葉の意味って、仏様の言葉でもあるそうですね。行為が結果としてもたらす物。そんな意味も、あるそうです。

法人として尊い志も有られただろう。そして、その心意気で、行動もされていただろう。でも、畑が違う医療の世界に手を出された、きっと、国家資格と云う重みを勘違いされた瞬間だったのかもしれません。

難しいです。
でも、社会の矛盾と云う要素だけは、晒される姿には含まれて欲しくないと思います。

2)所感の意味って
所変わって、無免許で医療行為を行わせた結果、歯科医が逮捕されると云う事件を知ります。で、「違法とは知らなかった」「小さな診療所ではどこでもやっている」と、『何とかしたく』配慮を求めの言葉なのか、そんな噂が耳に入ります。廉恥の精神という視点では、寂しく感じます。

所感という意味には、心に感じた事。手に入れる事。仏様の言葉で、先の行為が結果としてもたらす物。なんていう意味があるそうです。

小心者なのでしょうね。自己に甘いせいでしょうね。社会の矛盾と云う要素は、もしかしたら隠されている感覚を覚えてしまいます。この違いは何なのでしょうか?
難しいですね。
でも、同時に、その行為で、手に入れた物・結果は決して喜ばしい物ではないだろうと云う感想は持っています。

3)矛盾って云えば、とりあえず解決するかもしれないけど。
あたしは社会学者でも、経済学者でもないので、分析力がある訳ではないです。

そう云えば、あっしらの首相が、正規雇用と非正規雇用の給与差をなくすという方針を目指されるようです。その意味を、無い頭を絞り続けます。

あっしは、報道の方々の恣意性を警戒する習性をいつの頃か覚えるようになります。空気作りの左巻きの方々の言葉と、言葉狩りに相当距離を置くようなります。でも、非正規雇用者の占める割合という数字の意味を考えます。

だからと云って、儒教の方々に尾を振り続ける事を好んだ政権交代は、拒絶感を相当に持っています。その時の、失業者の増加の事実は決して忘れてはいけないと思っています。

失業率は減って、非正規雇用は増えている。この意味はなんだろうと考えます。グローバル化の結果というだけで済ますべきなのでしょうか?大きく影響をしていると思うのですが、別の意味で『何とかしたく』という活気と云うのでしょうか、心意気と云うのでしょうか、そういう物を置いても、この影響下から逃れられないのでしょうか?

難しいですね。
でも、そういう物?粋とでも云えば良いのでしょうか?そんな粋を失わずにい続ける事と、影響を受け続ける結果では、振り返る際、誰かが持つ所感は変わる事をあっしは信じたく思うのです。

ま、おじさんですから熱くなどなれません。傲慢にも、豪傑にもなれる体力はなさそうです。やはり、まったりの方が自然体でいられます。だから、心に小さな灯だけは見失したくない程度の決めごとですが。

4)兆候というか、予告というか…
どんな形であれ、固定化という状況に陥る時、固定化した環境のままでは、人はくすぶるよりも、受け入れる事を選ぶ気がします。そんな状況下、喪失感や、焦燥感に駆られる時、逆に、人は受け入れるのではなく何かを考える気がします。

アッシラらの首相が先の言葉を置かれたのは、活力を社会に取り戻す事へのメッセージなのかなどと考えてもいます。すると、首相には、その危機感があられるのでしょうか?

性奴隷制に憧れ“そんなつもりはありませんでした”と名指しをされた瞬間、抗議文を送る報道の方より、あっしには想像しやすい。

何もしない事で兆候を決定づけるか、未来を見据えた結果への予告とされたいのか、そんな受け止め方を、ふと個人としてはしてみたく思います。

5)順守という行為は、内なる声からだと思うのですが。
10年の時を必要としましたが、アッシの所は衛生士に助けていただける環境が、奇跡的に(これは本音)用意されました。“みんな**”というステージから抜け出したかったからですが。(あっしの力があったのだろうか?縁でしかないと思っています。)

4年と云う月日をかけて(勤務歯科医は、実は不足しています。開業医の数とは違います)新しい歯科医に勤務して頂ける事になりました。

患者の立場になれば、“なるべく予約時間から治療に入りたい。で、質も保証されたい。”
そんな心根を持たれるのは、経営者のアッシと意見は違いますが、理解出来ます。そうなれば、一日当たりの患者数は絞らざるをえません。(これはこれで、経営は毎日、金目~金目~と、人間の出来ていない経営者の顔に戻る瞬間叫びたい衝動がお友達の状態です)

で、スタッフの立場になれば、過剰労働は避けてもらいたい。当然の声だと思うのです。それでも、(今もかもしれませんが)無理をお願いしないとどうにもなりませんでしたが、衛生士の数で無理な負担は無いように配慮しないと行けませんでした。
衛生士が(法で認められている範囲)医療行為に参画して頂けるだけで、質は断然と上がります。

その時、“小さな診療室なら***”というステージから抜け出せるかなって、内なる声が問いかけます。よく分らないから、1ユニット一人の衛生士という、アホな発想したのが、アホですわ。

低きに安住すれば“低き所に水がたまる如く”澱む状況の云い訳だけを用意しながら、本当に澱む様な気がして、そして、澱んで腐っていく事を気が付けない気がして。

6)順守と云う意味は、あっしらは、国家資格という意味を噛みしめる事なのだろうか?
歯科医の中には、医者と対抗?そんな感覚を持たれる方もおられるようです。先に書いた医療法違反の先生がそうなのかは存じ上げません。
でも、違反になれていけば、もしかしたら、そんな意識を持つようになられるのかなって思ったりもします。
あるいは、小心者であれば、別の理由をつけながら全身を診ない中で、全身を診ると矛盾した行動を取られるのでしょうか?

本当に難しい所です。

ところが、噛み合わせが***となられて、全身がおかしい(ここではこのような表現を用います)と自覚を持たれる方がおられます。
ところが、例えば歯科の治療後、繊維筋痛症に発症がと疫学調査があるようです。

全身がおかしい≠歯科治療なのか、歯科治療≠全身なのか、という単純化では多分、これら矛盾した現症は実証されない筈です。

では、別の切り口を入れる時、どうなるのでしょう?

ここが、アッシがいつの間にか(多分、執着?執念?拘りかな)持ち始めた価値観だと思う次第です。

自然科学はまだまだ解明されていない物もあるようです。開業医が気が付いた(一人だけではない筈です)所が、ややこしくなる所以と思いつつ、やはり公に問いかける以外無いのだろうと思い始めている次第です。

さて、どうしましょう。
おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.02.17更新

1)誰でも転換期があるのだろうか?

勢い、大そうな見出しをつけてしまいました。とはいえ、あまり深い事は考えていません。ただ、人生は真っ直ぐではないと捉えています。

いつからか悩み、振り返り、踏みとどまり、間違い、抵抗して、苦しみ生きている様に思う事もあります。漠然とした表現をしていますが、外に出れば男は(今は老若男女関係ないと思いますが)7人の敵がいると云う言葉が、生き残っているぐらいです。だから、大そうな自惚れた表現ではないと思っています。皆、生きている限りそんなものと思っています。

 

今の所、歯科医になって嬉しい事よりも、嬉しくない事の方が多かったようにも思えます。”修羅場チャン”が、多分、誰でもそうかもしれませんがよく遊びに来ます。本人的には、この"修羅場チャン”訪ねて来て欲しくないのですが、当人的にはそうは参らないようです。

でも、見方を変えると"修羅場チャン”、自分の人生に結構、影響を与えてくれる物だと感心する時があります。悪い友人とは付き合うなと云う物の、こいつだけは避けようとしても勝手に纏わりついてくるから、厄介と云うものです。

その中で、考えなければならない事は、この時受けた影響が、「きかっけ」になると云う所でしょうか?この『きっかけクン』と遭遇すると、明らかに道の選択が求められるような気がしてなりません。いえ、この道と云う表現、実は正しくないのかもしれません、歩いていた真っ直ぐと信じていた道に、急に分岐点が現れるという方が適当かもしれません。時間が進む限り、戻る事が許されない分岐点が、当の本人の意思とは別に急に『修羅場チャン』と、『きかっけクン』のおかげで現れる。

 

この選択を、いえ、道の選択を誤ると、まっすぐだった道から転落して、流浪の民程度ならまだしも、人生自体がねじ曲がって行くから、例えば小説家という職業が存在できる意義が生まれてくると云うものです。

 

そういえば、プロ野球で一時代を築きあげた方がおられました。同世代であり、ライオンズファンでもあるあっしは、解釈が変わちゃいました。、単純に”スゲェーナァー”の解釈が畏敬から、哀しみになってしまいました。

で、そんな出会いたくない、触りたくもない『きかっけクン』のお話を、少しばかり。

 

2)人生が変わる「きっかけ」って?

先の絡みで小説風に書き記せば、『きかっけクン』のおかげで、振り返るとこんな表現になるのかもしれない。、

「あいつのおかげで、間違いが始まった。」

「あいつのおかげで人生が破滅した。」

 

でも、この厄介な所は、振り返らない限り気が付かないだろうし、併せて、その時の状態で解釈が変わる所なのかもしれない。

とはいえ、その根拠は単純に表せると考えてもいます。

 

10年ひと昔な~んて云う言葉があります。この言葉は、個人としてはスルメのような言葉と捉えています。その心は?噛めば味わい深いと云う所でしょうか?

10年経てば、本人の体力も状況も変わるし、世の中も環境も変わる。社会が変化して、自分が歳を取るのだから現状維持など出来る訳がない。どんなに努めても『きっかけクン』は現れる。その理由は、『現状を維持できない"何か”が必ず起きる』から。だから、人生は面白いとか、素晴らしいと小説風に捉えられれば素敵なのでしょう。けれど、自信家でないあっしには、あこがれの言葉としか言えないようです。

 

ここらが、根拠と思っていますし、変えようがないから厄介な腐れ縁と思うようにしています。

唯、『きっかけクン』の演出した展開は、大まかに分ければ二つしかない。「向上」か「転落」か?

向上は何も云う事はないと思いますが、「転落」だけは、落ちる程度を何とか収めたいと思うのが人の性と云う物。

 

忘れてならない事は、『きかっけクン』に巻き込まれた時、時間が過ぎていく分、気が付いた時には進むしかなくなる。そして、そこから逃げられないから引き返せもしないし、悩もうと戻れないから受け入れるしかない。その事実から逃れる事も出来ない。

 

そういえば、ようやく国連で従軍慰安婦などと云う物は存在しないと、はっきりと説明して頂けました。これからなので、様子を見守る以外ないと思いつつも、これ以上、尊厳を侮辱して頂きたくない物です。で、30年、性奴隷商人に憧れた報道の方々・それで利益を得て来た方々、さすが今度ばかりは「きっかけクン」も、纏わりつくと思いますから、どう逃げ切るのか、とぼけられるつもりなのか、冷たい目で観察したいものです。靄の方々は、安住の地から出る事をされないと思います。靄の面積が小さくなっていき、追い出される人が出てきてどうなる事やらなのでしょうか?あまり見たくない物です。

 

「きかっけクン」に誰でも愛されます。そして、それが将来に影響を与える存在と云う所が、曲者なのだと個人のアッシは捉えています。

 

3)インパクトを取るか、インパクトを信じるか?それとも、廉恥の精神を知るか?

先の靄の方々の延長戦。あまりに人生を変える『きっかけクン』が与えたインパクトが強烈だったりすれば、一生引きずるのかもしれない。それどころか、そこから逃げ出せなくなるのかもしれない。そのインパクトが、自らに悪影響を与えると分っていても、どうにもならないのかもしれない。

 

でも、失っていない感覚もある気もしています。多分、懐かしさと云う感覚のような物なのでしょうか?上手く言えませんが・・・

 

自らの格を勘違いするようで恐縮ですが、”懐かしい”というような感覚には、安心感と云えば良いのでしょうか?アッシ自身、品格に、マルッポ自信などありません。

計測というアイディアは、お医者先生との病魔との闘いから、独りの歯科医として逃げ出したくて効率良い方法が、確実な方法が無いかと、もがいた末に歯科医らしく、”らしく”に拘ってみようと、心の中は矛盾だらけの中、何かを気付いた時から始めた物ですし。

 

安堵が欲しければ、”らしく”に戻る以外無いのだろう。だって、ライセンス以外の職種では、ダメ人間でしかないだろうし、我慢も苦手だし、日本人の大事にする同調意識も苦手だし、苦手をギブアップしないで我慢(ここは、頑張ると云う言葉ではないと思います)し続けたら、戻る事の出来ない心の闇に引きこもりそうですし・・・

多分、(麻薬とか売春とかの興味がある訳でなく)退廃的な空間か、アマゾンのような自然に身を置く方が、実際はどうなるかなど知りませんが自然体にいられる気がします。

 

そして、安堵が欲しければ、廉恥の精神に戻る以外なさそうだ。そこに、"ライセンス”の意味があるのではないか?

靄の方々の決め言葉。『軍と官憲による脅迫を伴った組織連行が裏付ける(文章上の)証拠は、現在出てこない。』「だからといって、無かった事が証明された訳でもない限り、軍と官憲による暴力的に連行された被害者の主張を実証する事が必要である。」数学的は、ぐでんぐでんですが、報道の方々の見事な手法で大手を振って闊歩する事を認めさせている。併せて、同調意識を逆手に取った破廉恥な手法を見事に、報道の仕事に昇華させましたが、品格を地に落とされている事実を気付かれているのか寂しく思う時もあります。。

 

アマゾン育ちのあっしは、縁ありかつて日本人が連行された村で育った経験があります。もう、戦後ですから、取り立てて差別があると云う訳でもないですが。だからといって、日系人が、靄の方々のような言説は云われません。"日本人らしく”と一世はこだわり、廉恥の精神を大事にされます。

 

そこに戻ってみようと、独り歯科医で、反射系を病魔の主人公と疑い始めた頃から自分に、自分の懐かしく思える感覚を大事にしてみようと思い改め出します。

 

ま、そんな懐かしさとでも云えば良いのか、その感覚に立ち返り始めた時、安堵をする事が出来た、そんな次第です。

 

もし、インパクトを信じたり、インパクトを取るだけなら、ずっと、独り歯科医でどうなっていただろうと考えるとゾ~ッとします。

鬱病か、自殺まで選んでいたかもしれません。

 

自分の居場所が”らしく”と身近にある事をしれた時、あっしは何かをふっ切ったように思います。

 

4)さて、その先は

あっしにとっては、"らしく"の根源は、二つあったようです。これが、一致するまでは結構、時間がかかった気がします。人間です。毎日、臨床に入る時は、怖いし、嫌で堪りません。勇気を振り絞って、白衣の顔に戻る。

 

そんな感じで、反射系のトラブルという病魔と対峙する時もあるようです。

 

長くなりました。

 

ここらで。

 

そうそう、開業医です。で、ちっとは、経営の事を考えなければなりません。ちょっと、イーパークの構成を変える事を決めた(いずれ変わっていると思います)心の変化を綴ってみました。

 

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.02.12更新

(詭弁がまかり通る気がして)
いつもいつも毎度毎度、反射系について抽象的な事を書いている気がします。でも、ここに歯科医の関わるべき隠された世界があると思っています。

ここに歯科医の未来と云うべきか、ユートピアがあるとか、フロンティアがあるとか、大それたことを書きたい訳でもありません。

毅然と何かを言える性格であれば良いのでしょうが、優柔な分、中々どうしてアッシの場合、毅然と押すと云う訳にはいかないようです。そんな事が出来れば、あっしの場合はまさに、“驚き桃の木山椒の木”と云う具合です。

計測から反射系(全てでは無いですが)の何かを見いだせると云う現象はとても興味深い事実でした。

ま、どっかの儒教のように嘘八百で、性奴隷伝説、どっかの恣意的な人々の“性奴隷のような”と表現する人々や、歴史的事実は変わらないと云う報道の人(あっしは、個人的には奴隷商人になりたい性的に危ない人とその集団と決めつけていますが)の毅然さを見るにつけ、益々、毅然と云う価値観から、遠くなるようです。

その動機は、何だろうなって、優柔ながらも考えます。
毅然と、約束であれ・条約であれ蒸し返し続ける人達、蒸し返した瞬間既得権益が得られるから盛り上がるマッチポンプを役割とする人達、その構図が見えるから物事を慎重に考えるようになっているのかも知れません。

いえ、単純に蒸し返し、マッチポンプでも公に対して廉恥の精神があるなら我慢も効くかもしれません。破廉恥なのですもの。気色悪くて堪りません。

云い方を変えれば、情けなくて臆病という事実を認められるか?
云い方を変えれば、捏造で引っ込みがつかなくなっているか?
云い方を変えれば、自分たちの犯した事を、他人になすりつけているか?(あまりにリアルで、何らかの経験を持たない限り表現は難しいと思いますが)

・被害を受けた人はいるらしいが、その家族はいない?←こういう所を探すのが報道の人でしょうが、歴史的事実は変わらないと云う言葉で返すから始末が悪い。女性人権と云う言葉の置き換えも、正直、気色悪くて仕方ない。女性人権に失礼だと思えてしまいます。
・70年たつと、どんどん記憶が思い出される。←恣意的に受け入れるべきと論壇を張るには、節操があまりになさすぎる気がしてなりません。

多分、気色悪い理由は単純です。
『事実の積み重ねではなく(この場合、事実を積み重ねて調べるのでなく)、感情で全てを決める行動と、それが正しいと云い切れる下品さ』と、感じるからなのでしょう。

この一致点は、「日本人は悪でなければならない」この一語で同盟が結ばれている。この価値観が、闊歩して拡がる中では、慎重に考えなければ宜しくないと捉えるのが優柔になる理由なのだろうと思えてしまう今日この頃です。

(等尺、等張という事実と別に・・・)
ところで、安静位は等尺性であると良いと云う考え方があります。
ところで、咀嚼運動は、等張性でないと調子が悪いと云う考え方があります。

この等尺(性)反射、等張(性)反射がうまく働かない時、顎運動は調子悪くなると云うものです。
代理補償と云う作用で、別の筋が別の働きをする場合もあるかもしれません。

いえ、緊張性頚反射と云う言葉があります。
ざっくばらんにいえば、頸を支える筋を大地とみなします。で、この大地が崩れると、崩れまいと頸を支える筋が過剰に働きます。すると、この影響で咀嚼筋が別の(この場合、よろしくない働き)影響を受ける。

こんな言葉の定義からでも、噛み合わせが上手くいかないという自覚を指し示す用語はあるようです。

ところが、果たしてそれ以外の反射系を指し示す用語があるか、それが時々問題と思うようになり始めます。

ふと、世界を見渡すと、雲行きが相当に悪い気がします。
結果、先に紹介した方々の同盟関係の共通項『日本には(日本人には)何をしても良い。恨みやつらみと云う憎悪を、カネを集る為、利権を得る為上手に利用する』が、上手に機能しなくなるぐらいが唯一の光なのかもしれません。反目せざるを得ない矛盾が生じる事が唯一の光明なのかもしれません。(ここは毅然と政治に方に手を切っていただきたく思っています)
その理由は、必要に迫られ国益、公と云う精神が立ちはだかる時、靄を上手に渡り会っていた輩は居場所を失わざるをえないせいなのだろうなって、それだけを期待を持っています。(もう、靄が闊歩する時は遠慮願いたい次第です)

毅然と生きる事が、世界の雲行きに次第で響を受けるかもしれない。これは、本当に厄介です。もがくだけで出来るのか?そんな不安は、常に持っています。

咬合・噛み合わせもそんな所があるように思えます。
別の因子で、おかしくなる。
あるいは、身体のおかしさが、別の因子が原因の場合もある。
噛み合わせ・咬合が影響する時もある。

で、これらの反射系を具体的に指し示す用語がない。
ないから、整理が混乱する。(あっしは、そう思っています)
だから、混乱が生ずる。

対処療法なのか?原因療法なのか?根治療法(抜本療法)なのか?
その時、薬物療法はどの位置付けになるのか?
その時、認知行動療法はどういった位置づけになるのか?
区分け出来るとすれば、もっともっと、整理がいる筈です。

廉恥の精神を露わに表現するならば、毅然と、あるいは、淡々と公に問いかけ、そこから始まる物語を期待するという言葉が適切かもしれません。

もしかしたら、もっと、現症を客観的に分りやすい表現を探し出す事なのかも知れません。

出来ることを考えていく事だろうと、考えます。

(共有できる価値観とは?)
公になる事を否定する輩は、この国に所属する限り排除すれば良いと考えるようになっています。この国に所属しない儒教の輩達が合意を守る事も出来ないなら(自らで解決する意思も能力も、乗り越える意思も無いのだから)断交すれば良いと、雲行きがおかしくなりつれ思います。輩どもに呼応して既得権益を得る靄の住人は、排除すればよいと繰り返しになりますが確信しています。

アッシの生きる空間は、医療です。
それも、反射系を必死に考えなければ太刀打ちできない病魔の方々も結構います。

きっと、必要な事は、計測法がより反射系の矛盾を見いだせる事。

きっと、歯科医の関わる仕事に反射系の闘いがある。あるいは、実は、結構、歯科は気が付いていない病魔が存在するという現症を、共有できる価値観を公に問いかける事なのかなって思うようになっています。

そんな感じで。

おっさんの主張になってしまいました。恥ずかしい。

おしまい

投稿者: こすが歯科医院

2016.02.10更新

取り立てて特別な事を記載する訳でもないのですが、反射の起きる予測と申せばよいのか、収束が起きる関係と云う予測が出来れば良いのか…

表現は、別に計測で見えてくる景色は、計測なしに通り過ごす景色とは格段に違うなって思えるように、日に日に意を強くする今日この頃です。

だからどうとか、取り立ててありません。

 

でも、計測から見えてくる景色は趣があるように思えてなりません。

 

そう云えば、働けないと途方に暮れていたはずの患者、海外に出張するようになるわ、バリバリに働くわ。

計測から見える反射系の異常は、やはり趣が深い気がしてなりません。

 

計測があって、始めて何かが始まるように思われてならない今日この頃でした。

 

おしまい

 

投稿者: こすが歯科医院

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