じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
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2015.12.23更新

計測について、毎日何かを書いている気もします。どうしたのだろう~ね?と思いつつも。

 

1)もし仮に

もし仮に咬合が始めからおかしい理由が分かれば?

云い方を変えれば、咬合のおかしい犯人を見つける事が出来れば。

犯人つながりで書くと、ドラマだと、刑事さんが現場から物証を見つけ出し、動機を予測し、そして、詰めていく。

で、逮捕。

次に、犯罪の本質をとらえる為、検察の登場。

本質の何かをつなげれば、後は立件。

 

で、立件後、判決と云うような流れなのでしょうね?

 

縁が近くなるなど滅相もない。縁遠く一生いたい世界です。そんな訳で、アッシの理解などこんなもんです。

で、立件となると、その意味は「公訴を提起する前提条件または要件が成立する」ことになるそうです。

 

で、最初の言葉をつなげると、”咬合体系がおかしくなった事で提起される問題の要件が成立する”事の意味は?

そもそも、こんな所から計測と云う世界に興味を持つ訳です。

 

上手く言えないけど…

 

2)咬合体系がおかしいとして、起こる諸問題の逆説的(あっしの)思い込み

疫学調査をされたドクターがいます。日本人ではないです。

疫学調査の結果、身体に痛みが走る場合、その本質は同一だと彼は結論付けています。

ま、アッシの思い込みの解釈かもしれませんが。

 

で、思い込みかもしれませんが、その疫学調査はその原因は分らないと云う結論で終わっている。

 

ドクターの調査の中で、欠けている疫学調査項目が歯科の世界。

デンタルの調査の中で、欠けているのは(咬合と全身の関係という)疫学調査の世界。

 

では、なぜ出来ないか思い込みであれ、考える事にしてみます。

考えるのは、無償だから。

 

3)咬合体系とは?

で、咬合体系と漠然とした言葉を使いながら、その定義は?

と、禅問答が始まって行くわけです。

 

唯、直観的に思った事は、仮に咬合と肉体に関連性があり、それをデンタルが気が付かず、メディカルから指摘があるとする。

その事を、関係ないと放置すれば、歯科界は内部崩壊する事になりかねない。

内部で、疫学調査でも咬合体系の基準を見いだせなければ、この小さな世界は、一方的に浸食され、崩れ落ちてしまうのではないかと

考えるようになる訳です。

 

考え過ぎですね。勝手に危機感を持つなんて。

一人で世界を変えるなんて出来る訳もないくせに。

やれない事を考える事など、意味がない。

 

4)客観視

もし、客観視ができる手法があれば、糸口があるかも…

そんな、妄想か幻想を持つ訳です。

もしかしたら、迷走だったりして。(そうであって欲しくないけど)

 

で、計測を追求しようと考える訳です。

 

ま、そんな所から話が始まる訳です。

(前ふりが長くてすいません)

 

5)形と位置と

さて、計測の結果、山の位置(咬頭)をシンメトリーに揃えつつも、形態が調子悪い。(詳細は省きます)

顎の安定を求められたので。

 

反射系には、微妙にごまかしをかますしかない。

年を越して頂かないと行けないので。

 

面白い表現を頂戴します。

 

アッシの感想は、やっぱりな~。

 

顎の位置も噛む位置も納得できるのですが、動かすと変な感じですね。

身体も楽な感じですが、しっくりとは来ないのですよね。

 

形が反射系に嬉しい働きかけをしてくれません。

形態を追求するのが来年の最終課題と説明を加え、今日はおしまいとした訳です。

 

来年は形態に入って行き、最終コーナーになるのでしょう。

 

でも、課題は顎の角度と咬合の関係が新たに見いだす計測基準を探し出す事なのでしょうね。

 

そんな事を考えながら、来年の準備のようです。

参りました。

 

やはり、計測は続けていくしかない。

 

今年は、今回でおしまいにしたく思います。

 

来年が良い年になる事を祈りつつ。

 

時々読んで下さった方がいるなら感謝します。

始めて読んだ方がおられるなら、駄文(恥ずかしい)お付き合いいただき感謝します。

 

時々、来年も書いてみたく思います。

 

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2015.12.21更新

あまり関係ないのですが、すこぶるお調子者なのかなって反省しきりの今日この頃です。別に大した事でもないのですが…

そんな所から、始めたく思うのです。

 

1)プロの格闘家の言葉

痛みに耐えるのがプロなのだ。

脛を蹴られても痛みに耐え、顔にも出さず、筋肉に損傷が起きないように心掛ける。

筋肉が損傷したら、戦えなくなる。

筋肉を蹴られる方が、痛くないけれど戦えなくなる。

だから、脛を蹴られても平気です。

 

なるほど~

しかし、プロは凄いな。

あたしは敵わない。

何を叶いたいのだろう?

 

2)嬉しかったある患者の言葉

最低線としても、納得。

昨年は、クリスマス楽しめずに、痛みにもんどりうっていたもの。

 

でも、どこまで治るかチャレンジしてみたい。

 

なるほど~。

 

線維筋痛症の患者の言葉。

 

でも、私の仕事の本質は何だろう?

 

少し、計測を来年再度加える事にしました。もう少し、何かを見出したくて。多分。

 

3)時代は、次の展開になって行くのかな~。

アメリカの利上げが始まります。さて、どうなるのだろう。この国に、世界に変な事が起きないと嬉しいけど、中々なんでしょうね。

 

多分、キーは”成長の捉え方”なんでしょう。そんな事を感じます。

 

利上げの時代が始まる時、借金のコストが増える。(円の力を信じるしかないのでしょうが)

でも、そう云いながら、借金を止められない組織体は窮地に落ちる。(筈?かも?)

 

借金も財産のうちというのは、多分、こんな意味だと思う。「成長の前借り」

で、多分、悪い借金は、「問題を先送り」をする事だと思う。

 

とはいえ、借金がある時、その借金のコストが過大になったとき、それが、借金が成長の足かせとなり、先送りした問題に向き合わなければならなくなる。

と、個人として理解しているルール。

 

で、併せて考えていくと、成長はどこかの段階で一端は止まり、停滞期に入る。

で、それをどう乗り越えていく(?果たして、これが妥当な考え方なのでしょうか?)と考えるのが、事業展開と云うのでしょうかね?

 

と、これも個人が勝手に理解しているルール。

 

4)アッシにとっての成長とは何だろう?

歯科医としての成長を、技術という線であらわすならば、受け入れないと行けない事実として必ず限界が来ます。

そのように理解しています。

 

個人事業とはいえ、借金も抱えています。で、借金と書くと、ダークな心証を表すかもしれないけれど、何となく書いていきたく思います。

 

個人の認識として、ドラッグにしてはいけないと考えています。

そして、ドラッグ化の感覚を覚えると、一瞬明るくなったように感じるだけで、一瞬消えたように感じるだけで、決して返済期間は待ってくれない。

ドラッグつながりで考えると、返済期間が近づけば多幸感など、あっさり消える。

 

透明な感覚でなく、不透明な感覚は、成長に力強く待ったをかける。(筈)

多分、それは後ろ向きの成長を意味するからだと思える。(のかな?)

後ろ向きの成長は、言葉を濁しているだけで、有利負債と云う現実に直面させるだけなのでしょうね。

 

ずっと、長い時間かけて考えて出た考えはこれだけ。

でも、この考えに行きつくまでは結構、長かったかな?

 

5)”意識!”にやはり、立ち返る以外ないのでしょうか?

歯科医ですから、咬合と云う意味をひたすら考えて来た気がします。というか、これ以外、アッシの場合、芸がない感じで、あきません。

この芸を極める以外ないのでしょうか?

 

今日、計測をした患者との会話。(多分)

顔面に対するアーチの位置関係を知る為の計測です。

で、こちらの重心系が、ふらつく筈ですよ。

あたりました。

"ホツ”

「計測でこんなことまで分かるのですね」

 

(借金したもん)

 

今日、計測して歯の山の位置関係を補正した患者の言葉

「先生、必要ならどんどん計測してください」

「身体、楽になりました」

 

(所得ない月、沢山あったもん。でも、借金はしないよ。)

 

計測の意味も分らず、検証の繰り返しの中、治療をし続けた頃は、振り返りたくもありません。

筋反射と患者の体感だけを判断材料にする以外なく。

確立をあげる事だけを考えつづけた先が、借金でした。

あれ?

 

間違い。

咬合環境の確立の為の必要な作業でした。

 

多分、借金も確実性を見出す為には、必要な事だったのでしょうかね?

そう思い返す様にしています。

 

じゃあ、その先は?

 

一流企業の社員ですらもリストラされる時代です。過大な住宅ローンなど抱ええてしまった先には…

危険な状況になるのでしょう。

時代の歯車が、利上げと云う事実を境に、逆回転が始まるわけですから。

 

その下での、成長ですよね。

歯科医としての意識しかないのでしょうかね?

云いかえれば、歯科医としての意識が、どんな覚悟を呼び起こしてくれるか・・・

 

分っちゃいるけど、中々ですよね。

 

メジオ、ブレーキの秘密に近づくには、計測ですよね。

もう1回、始めてみるのも悪くないかも・・・

 

さて、どうしたものか?

おしまい

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2015.12.16更新

1)深い意味などないのですが

深い意味などないのですが、観念で縛られると、いつしか憶測に縛られるのかなって考えたりする時があります。

多分、深い意味など考えていないと思います。

ただ、年の瀬が迫り、やはり、来年の事を考えてしまいます。

無意識と考えます。

 

世界のニュースと云うのですか?眺めていると、元気が出る場所がない。

でも、一時、毎年のように、千歳飴の如くこの国のトップが変わり、政局合戦だけがニュースに飛び込んでくるよりは、まだいいのかとも捉え直したりもしています。

ラジオで、相も変わらず民主主義を取り戻すとか、戦争法案を廃案にするため野党連合をと云うくだりを聞いた際は、いつもの風景だと安心してしまう始末です。

良くないですね。

 

企業のトップが(申し訳ありません)無能だと、大企業と云え、傾くどころの騒ぎでないのかとラジオの声から感じた事。

でも、政権を取らない限り、その他は無能でも(申し訳ありません)許される?と、感じた事。

 

2)孤独の箱か、愚か者の箱か?

業績が悪化という言葉を聞いて決して愉快にはなれません。で、この国の誇りと(あっしが)思っていた企業の業績悪化から始まるその先の物語の想像は、楽しさなどありません。でも、何となくですが、その悪化と云われる企業の本質的な問題は、「トップの資質」なのかなって、感じる時もあります。で、トップの資質で、名門とはいえども、一瞬にして吹っ飛びかねない事があると云う事態が、とても、怖い事を意味している気がしてなりません。

必死に勉強されて社会的地位にも恵まれた。一生懸命に働かれて未来も揚々の筈だった。これまでの世界であれば。

でも、トップの資質のおかげで、もしかしたら、一瞬に絶望の片道切符を渡される。

 

目の前の事を妙に、暗く感じてしまうのも、もしかしたら、世界のニュース以外に目の前で衰退?凋落?(あって欲しくないけど)崩壊・・・という現実を肌で感じるからかもしれない。

でも、寂しいのは、先延ばし?隠ぺい?で、公になった際退陣をする。

でも、このやり方がもはや通用しない時代に変わって来ているのかもしれない。云え、通用していた時代があった方が不思議だったのかもしれない。

 

グローバル化って云うのは、より厳しさが当たり前になる時代なのかもしれない・・・

表立っては正々堂々と、裏に回れば抜け目なくと云う所なのでしょうか?

この精神がなければ、泥臭い世界を渡り会えないと云う事なのでしょうか?

 

ただ、臨床で生きていた経験で、一番パニックになった事は何だろうと考えるのです。

予測できない事が次々と起こり、状況が二転三転と変化し、その中では綺麗ごとも理想も通用せず、結果だけを求められる。そして、その結果に攻め続けられる。何が正解なのか、文献上でも、偉い人に聞いても解が出ない。孤独?という箱に自らが嵌り込んだ瞬間を気が付いた時でしょうか?

 

この孤独感は、半端じゃない。

仮に先に記したように先延ばしと云うのでしょうか?隠ぺいと云うのでしょうか?そんな行動を取れれば、孤独の箱にはいないで済んだかもしれない。

代わりに、愚か者の箱に入って、絶望の切符を持つ羽目になったかもしれない。

 

時代の波が激変している(事だけは感じる)から、きっと元気が出ないのだろうなって思うのです。

不安だからでしょうか?

 

3)今を生きるに徹するのか?そういう事は置いといて、(何を指し示すか分らない)観念の中に安住を求めるのか?

具体的な事など、実は、何も考えられません。そんなに、頭良くないから。

グロバル化で、大事な事はこんなところらしい。それが、衰退・凋落・崩壊から逃れるコツらしい。でも、あっしは、多分、その逆を考え行動しているぽい。だから、不安のだろうな・・・

 

(1)経営陣は変革を拒まない。          →変革などしない。ただ、あるべき姿を追求する。
(2)保守的なビジネスモデルからの脱却    →医療に忠実に生きれば良い。
(3)立場に安住し、世論に鈍感でいない     →何も気にしない。ただ、安心感と信頼感を大事にしたい。後の評価は分らない。
(4)トップが無駄にて残り、老害をさせない。  →まだ、その年になっていないから分らないけど、居座ってやる。どう引退するか、示してやる。
(5)時代の早さを理解し、時代の先を読む   →医療の中に本質があるから、歯科の可能性を考えれば良いじゃん。
(6)恐竜になってはならない            →ここは、同意。無駄と思うから
(7)利害で構造改革を怠らない          →合理性、効率性は患者負担の側面からも大事。上手く言えないけど、自分を勘違いしない

生き残りのためには、過激に云えば人食いサメの如く生きる方が、グローバルの時代は正しいのかもしれない。関係ないけど、うちのマーク、サメなんです。そんな事を考えて選んだ訳でないのだけど・・・

生きるに徹するって、冷徹にライセンスに忠実という意識を持ち続ける事のかなって思うようになっています。だから、不安ねのでしょうね。

4)「お人好し」にはなれないけど、”熱さ”は持ちたいものです

(今となっては、あたしの場合)憶測で顎位を決めて、スプリントでお金を頂戴すると生き方はとうに止めてしまったようです。

どうにも、あたしの性に合わない。

生き方ですから、別によそ様にケチをつけると云う意味などありません。

 

これでは、忠実な所に行きつかないと考えたからなのでしょうかね?どうなんでしょう?

 

筋肉のコントロールと云う手法も、治療アイテムとしては未だに用いていますが、今は、たまに使うぐらいになっています。

 

多分、徹すると云う意味を、自分なりに見出したからなのでしょう。それだけは云えます。

ま、いつものように模型を計測して、何かを考える。

憶測は、もう結構。そんな事を思ったからでしょうか?憶測で願望に情緒を含めた(意志の)誘導に相当にあきたせいかもしれません。

根拠を足場に、仕事をする十分な土俵を作る方がいいと思ったからかもしれません。

 

きっと、寂しき感じたもう一つの本質は、必要な事ばかり用意して仕事に立ち向かい、愚かさの箱に入った理由が見えない事。

抽象的な表現ですが、仕事の為の十分な用意が為されていなかった事を何となく感じたからなのだろうと思う次第です。

分りません。

 

株主、債権者、消費者、得意先、地域社会、行政機関等の関係者全員を「騙す」結果に陥るのは、騙すに値する必要な事ばかり用意した結果な気がします。

信用を守り、社会に貢献する事が、十分な用意に値する気がします。

 

グローバルになればなるほど、もしかしたら、この”十分な”という側面が見落とされがちなのかもしれません。

 

さて、あたしは、どこまで”十分”なと云う事にこだわれるのでしょうか?

そんな事を考えながら、今年の残り僅か、考えてみたく思うのです。

 

おしまい

 

投稿者: こすが歯科医院

2015.12.11更新

1)ライセンスの意味を知るとは?

歯科医になって、多分、多くのライセンス者は「解決法を持つ」という意識を持つ。多分ね。自分がその技術を持っていなくとも、紹介先は、自分より上級医は解決法を持つと信じる。(信じたい)

多分、その理由は明確だと考えます。

一言で表現すれば、歯科医の仕事の形が、大工仕事という側面があるからではないでしょうか?

 

話を変えて、困った人を見ると「どう解決するか?」を真っ先に考えるのが、もしかしたら、成熟した人間と云うものなのかもしれない。分らないけれど。

ここで、分岐点が、分れると思うのです。この事を、ずっと個人として悩んできたようです。

解決するという作業は、多分、こんな感じだと考えます。一般論なのでしょうが。

どう解決するか?解決したいと云う内なる声に従うならば、どう解決すればよいのか、現状を認識し、対策を立案し、実践し、結果を分析する。時に、トライ&エラーをしながら問題解決に近づいていく。

その一方で、解決する事など考える事も出来ない。問題解決の様々な障害には立ち向かわず、それを乗り越えない行動の中、ひたすら共感を情緒的に誘導するお立場の人もいる。何しろ、「解決したい」ではなく、自分ではない他者に解決したいという内なる声を共感させるよう(利用して)刺激を与え、気が付くと、自分の手を一切汚さないよう努めるお立場の人がいる。

この立場は非常に、楽だ。立ち回りを上手に心がければ、そこには既得権益が生まれる気すらします。

その一方で、ライセンス者は、常に矢面に立たされる気がします。なぜなら、これらのお立場の人と違い、患者と対峙しないと行けない。

 

2)そんなお立場の人の隠された思惑?

このお立場の方々が、共感思想を利用するコツは多分、至って単純だとこの頃思うようになっています。

○○がなくて可哀想。○○であって、可哀想。○○されたとすれば可哀想。

その下で、彼らの為に、あなたに何かできる事はありませんか?

 

解決思考とあえて、一線を帰すとすれば、その差の捉え方は単純なはずです。

何かできる事とは、解決法の模索と、成熟した人間は考えると思います。

もちろん、出来る事と、出来ない事も当然、その中には含まれる筈です。

 

でも、これでは、既得権益など生まれません。先のお立場の人の場合、解決思考ではんく、相手に対する共感をまずは、求めるようです。ここを重要視しているから、解決法には繋がりようがない。

 

相手に対する共感を重んじる考えもここにあります。これを上手に利用しながら、問題の共感へ、これらお立場の人は狙って導こうとする。

抱える問題を解決する事などあってはならない。今、お困りの事を助ける事が、重要だ、こんな展開に情緒を上手に利用しながら既得権径を守ろうとされる。。

そして、挙句、この連続性で、抱える問題もいつかは、解決するという論説に引き入れる。

 

着目点を解決ではなく、助けるにはという視点に目を向けようとさせる。ここが、多分、既得権益の温床に繋がると捉えるようになっています。

しみじみ、上手く考えられた手法と思うようになっています。大したものです。

 

ところが、あたしら歯科医の大工作業には通用しない。その事実を、どれだけの歯科医が気が付いているのだろう?いつの間にか、この方々の手法に毒されてはいないだろうか?そんな毒を吐きたくもなります。

 

3)解決思考が未来志向なのか?(共感思考から生まれた感情の)助けると云う作業が未来に繋がるのか?

助け合いの社会という、多分、これは、この国の中での事を指し示すはずです。先のお立場の人は、この国という垣根を取っ払えば、どこでも通用すると云う事を気が付く。無頓着に困っている人を助けると云う崇高な精神を利用できれば、いえ、共感させられれば、既得権益は必ず求められる。

解決と云う言葉の意味と、共感と云う言葉の意味は全く違う。しかし、これをあたかも一体化させるように、しかも解決など求める必要性がない共感へ誘導できれば何ら問題などない。この時、既得権益は完成する。

 

解決思考にさせないコツは、多分、愛国心を持たない事。→公性を考えられては行けない。→解決をさせる方向に持っていってはいけない。

歴史的史実を捉えさせない→現状を分析する事をさせない→解決をさせてはいけない。

集団的自衛を考えてはいけない→他者との付き合いを独立した関係で捉えられては困る→既得権益が消える

 

そう考えれば、確かにこの国の首相を許せないって、至って本心が現れるのでしょうね。人権派を装うには、流行語候補にする以外ないのでしょうかね?

移民を受け入れよう→フランスで爆破テロが発生します→移民の”い”の字も云われなくなりました。

そんな穿った見方すら覚えてしまいます。

 

日本を大事にしようと云う発想は、既得権益者にとっては一番の危険思想です。

日本は駄目だと云う自虐史観に置ける限り、既得権益が守られるはずです。

 

考える事よりも指令に従う人種を育てる方が、既得権益は守られます。物事を表層的にしかとらえられず、すぐに共感できる人種を育て上げられれば既得権益は盤石です。それか、無関心層の増殖でしょう。

そのように考えると、アッシの場合、左巻きの方々の根底って得体のしれないどす黒さを感じてなりえません。考えすぎかもしれませんが。

 

コメンテーターと云う社会的責任よりも、首相を許さないという事を平気で画面で伝えるのも、如何に既得権益がそこに隠されていたかの、危機感の表れのように思えてなりません。

 

靖国神社の件で、妙に違和感を報道のある紙面に感じました。ま、共感できないからでしょうが。

アメリカ軍のレーザーを当てた方、その知り合いのはずの”記憶がありません”と、記録していても平気でおっしゃられる頭を垂れる事を知らない”瑞穂の国の住人”のセリフにも、相当に違和感を覚えました。ま、共感できないからでしょうかね?

 

「解決思考」と「共感思考」は違うはずです。その性格の違いは、既得権益に(条件を整えさえできれば)共感思考が、利用されやすいからだと考えます。情緒を重んじるのはここにあるのだろうなと感心した出来事でした。

関係者方々の、正々堂々とした対応を信じたく思います。

 

人生の苦難から抜け出すには、共感思考よりも解決思考の方が大事ではないかと捉えるようになった時と、報道の媒体紙や、テレビの画面を見ないと決めたのは実は、時として同じでした。

ライセンス者にとっては、患者の声に共感するよりももっと、大事な事は、解決思考を持つ事ではないかと考え改める時でもありました。

偉そうに聞こえるかもしれませんが。(偉い人間ではありません)

それぐらい、共感という行為は尊い物と、いまだ思っています。

でも、ライセンスに求められている十分条件は、解決思考の方だと思います。そして、必要条件が共感思考になるのかと捉えています。

 

4)解決思考が未来をつなげると信じたい側からの発信

さて、レポートも佳境に迫りつつあります。来週から完成した物を順次送る感じです。

そういえば、お医者先生。私の仕事場には脳溢血の患者が運ばれます。生死の確立は50パーセントです。でも、ライセンス上、立ち向かわねばなりません。

 

あっしには、思い言葉に感じました。

 

計測の先が、(アッシが期待している)可能性があるのか、そんな事は分りません。

評価と結果は別物です。

 

大工と云う性格である限り、100パーセントと云う事がありえないといけないのか?

医療と云う性格な限り、100パーセントになりうるのか?

 

歯科が(ここではこの表現ですませます)頚部固有感覚を支配する可能性を持つ限り、とても重い命題と個人のあっしには思えてなりません。

 

患者と寄り添い、病気と対峙する。とても、重い課題なのだと、ふと思った衝動で書きなぐってみました。

 

もし、最後まで読んで下さった方がおられれば感謝します。

ま、独り言みたいな物なので、適当に流されてください。

そんな大した人間ではないと思います。

はい。

 

おしまい

 

 

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2015.12.08更新

やっぱり、計測は必要と再認識し始めている今日この頃です。見えなかった事というか、気が付かなかった事が見える。これは、とても凄い事だと、納得し始める今日この頃です。計億抜きで進めていた頃の怖さは(計測が出来ずに進めざるを得なかった)見える世界が増えるにつれ、本当に表現できない感じです。

でも、表現ができると云うか、評価ができると云う事は、とてもありがたい事と思います。

何に問題が起きているか、これを導ける事、それが、とてもありがたいと思う今日この頃です。

 

しかし、環状軸と正中性の捉え方がここまで色々と問題を起こすとは、結構、驚きな感じです。

 

ま、何を言いたいかは、多分、自己満足という事で。

上手く落ち切りませんが、こんな所で。

 

さて、レポート。最終コナー。

もう少し。

頑張ろう。、

投稿者: こすが歯科医院

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