じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。

2015.09.24更新

シルバーウィーックは、何年かに一回何ですね。今度は11年後と聞いて、凹み中です。(汗)来年もあるかもって、期待していたから、凹み中。ま、こんなもんです。それぞれの方々が、それぞれの一息を過ごされたら、いいな~って、思うのです。きっと、いいな~があったと信じます。

 

アッシですか?家族旅行がきっかけなのでしょうが、家族の素晴らしさを改めて知った日々でした。ちょと、いえ、相当嬉しかった日々でした。お天道様に感謝です。ありがたいです。

 

昨日の日から昼過ぎから、実は、今さっきの昼まで治療をしていました。ま、仕事だから、そういうものです。多分、身体の痛みを取るって、この道を通らねば、中々、上手くいかないようです。(汗)でも、ここまで進めるようになるには色々な意味で、歴史があったように記憶しています。記憶ですから、いい加減な事にしておいてください。

毎回毎回、その時より元気にしなければならない仕事というのも、変な治療性格だと思います。

 

これが、多分、噛み合わせという世界観が持つ神秘なのかなって、思う事もあります。でも、ここに科学というか・・・何というのでしょう?病態論というか・・・秘密があると思っています。

 

実際は、そんなに容易いものではないように記憶しています。(記憶ですからいい加減なもんです)

事実の積み上げと検証と、そんな事が要求される事は承知しつつも、果たして出来たか?

 

さて、どちらでしょう?

 

患者の言葉を信じて、現症が変わる様を観察してそれを具現化するしかない。多分、こんな所なんでしょうか、言葉にするには、まだ、時があっしの場合必要そうです。

でも、見出した事実(現症)を見続けた結果、お天道様が噛み合わせの神秘を、啓示して下さったのかなって思う事すらあります。あっしは、馬鹿ですから、考えて考えて考えて、お天道様が伝えたい何かをようやく、掴んできた結果でしかないのかなって思う時もあります。数学的に条件というか、次元を増やして設定を考えて行った結果なのかなって、ふと今回の仕事のイメージをしながらの帰路の際、振り返ります。

 

アッシの中では、お医者先生との病気の闘いが相当な財産でしたけどね。で、今回、彼が見出したメカニズムの序章(学会なんで、出せる量を加減しなければなりません)を発表されるわけです。

アッシ?ついていく、そ、ドンキホーテのセバスチャンなようなポジションですかね?その心は?枯れ木も山の賑わい(だめじゃん!)

 

で、腹チョク筋に力が入って、ようやく今回の予定は終わり。さて、どこまで痛みが改善するか…

 

ふと、都会の喧騒を忘れ、ニュースを見ると、相変わらず左巻きの機関誌の活躍が寂しいですが観察できる始末。どうにかならんもんですかね。

 

世界人権会議なんていう代物のがあるそうでんな。(国連人権理事会 注)

拉致事件は、当然だよね。

で?

なんで基地問題?(国連基地会議というものがあればぜひ、そこで→違うのでしょうか)

世界に恥をさらして、恥さらしという厳しい声より、英雄視の声?(う~ん)

 

で、独立したいだけじゃん。

でも、先住民が弾圧されて、シナ様にお世話になります。

耳が悪いのでしょうね。

欧米列強から、日本を守るための一環の歴史はどこに行ったんだろう?

明治維新の一連の流れは、どこに行くのだろう?

 

で、ご当地普天間では、韓国人がデモ!で、警察に暴行。

でも、オブラートにするため、妊娠している妻を守るために、警察に抵抗。

左巻きの情報機関の相変わらずの活躍です。

シナの横暴を防ぐ事は、どこに置いていくのだろう?

シナ、韓国という儒教一派以外は歓迎している事実は、どこに置いていくのだろう?

 

ところで、自由な表現は出来ない筈では・・・

 

記憶力が悪いのでしょう。

 

あっしは、出来る事をやる事をしないと行けないのだろうけど、日本に寄り添う報道機関でなく、儒教に寄り添う機関誌なら、終わっちゃうよ。こいつら…

 

いつか、けじめを取られるか、寄り添うべき姿を思い出されて欲しいものです。

 

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2015.09.20更新

何だかとても嬉しい。休みです。休み。3日も休めるなんて、あり得ない。とても、とても嬉しい。あ、これ、個人の叫び。家族とも5年ぶりに旅行。あり得ない、から、嬉しい。仕事の事は、しばしの休息、っていう感じに行きたいけど、考え続けるのだろうな…

ま、それも性格、仕方ない。でも、今は休める事を感謝します。

 

そういえば、勝手に7つの似た感覚を覚えた事が、妙に感動。

 

①咬合と体は関係ない。生理学を云う学問を通すとそんなことはないと思うけど。でも、あり得ないと、逆に頑張ればミニレッテルを場合によっては貼られるかもしれない。

→そういえば、今年はやたらにレッテル貼りにお目にかかれました。う~ん。

 

②あっしらの業種斜陽らしいです。だから、あおる宣伝と思いたくもなる文言に出会う気もします。個人としてはそいつだけはしたくないと(どう思われているか分らないけど)心に刻んでいます。

→しかし、戦争をさせないとか、徴兵制とか、映画が作れなくなるとか、物書きができなくなるとか、センセーショナルな文言がよく、ま、目に入りました。う~ん。

 

③偉い人、凄い人が、色々と咬合と体の関係を云ってくださるように思うのですが…何か違和感を感じる気もする。う~ん。

→やたら偉い人が、神学論争で、神学講義をしてくださった。なるほど言葉の定義はこんなに大事かと思うのですが、次元を変えると、常識が見当違いになる気もして…

国連憲章に基づいた憲法である事を求められたら、実は、その枠にいない。う~ん。世界の中の日本でなく、世界と距離をあける日本?なんか、違和感。

 

ま、どちらでもいいのですけどね。だって、何か考察すべきというか、含めるべき条件設定を見失えば、回答も別の方行に行ってしまうのでしょうから。う~ん。

 

④咬合と体が・・・歯科医全体に(今は知りませんが、引きこもりと孤独を選んでしまったので)否定される、と思う。

→著名人や文化人がゾロリゾロリと、これは、ステマ?と思えてしまう。何か違和感さ。う~ん。

 

⑤そういえば、味方だよ~ん、って、しきりにアピールしてくれて、何それ?も、あったように思えました。あっしは、医療に忠実(医療が病態に立ち向かう事をあきらめてはいけないと思っています。出来ているか知りませんが)を心に刻みナットーしている気もするけど…

→やたら、庶民の味方と民主主義の味方と、真実の味方をアピールしてくださったように思いますが、行動は、(ごめんなさい)何それ?って、何か違和感。う~ん。

 

⑥医療に忠実ならば、患者の声をありえへん!なのか、ありうると受け止めるのか…ま、これ愚痴だから。年をとったいじけ虫ナンス。

→この国で生きる、この国の安全をやたら矮小化で・・・平和もやたら、おすそ分けされている気分にされて・・・

で、この国の為に、アピールしてくださっているのでしょうが、なぜか、国旗の姿形も見えない。(この国ではなく、別の国のメッセージが大きく聞こえる気がする。耳が悪いのでしょう)

 何か、本当、いじけ虫、いかんザンス。

 

⑦でも、噛み合わせは大事とブームになっている(らしい。)でも、噛み合わせの定義は、この世にまだ、無い。あ、アッシ、歯科医ジャン。駄目だ、こりゃあ。

→反対するのが、ブームとあの手この手で、ブームが聞こえてくる。ところで、反対する根拠は?でも、認識できたことはありやした。理屈や理論よりも、いくつかの言葉と、音が、呪文?経分のように、ワンフレーズで考えないと刷り込まれるが如く目と耳に入ってくる。

 

何か、イヤミ~な、アッシでした。

 

臨床現場はイヤミ~でも、いじけ虫でも、いかんザンス。

でも、モニターを通すと、なんと軽い、そんな感想を持ったでザンス。暴力は観察できるし、女性蔑視(女性の人権と熱く語っていた居丈高な人や、頭を垂れる事を知らない瑞穂の住人や)は確認できるし、民主主義を軽く見ていることは認識できるし(恣意的に独裁国家で軍事国家だそうです)、国の品格を落とすべく情報の方は頑張られるし・・・(あ、性奴隷商人にあこがれていた報道の人と同じか)、何か嫌!

選挙に行くしかないし、報道も見ないし(情報はステマを受けないよう集める方が妥当のようです。あっし、バカなんです)で、行くしかないのだろうか…ね?なんか、寂い人間ザンス。

 

でも、噛み合わせの定義がなく、噛み合わせ治療に自信があるというようなアサってな人にはなってはいけないのだろうな・・・

少しだけ理論知がアップしたようです。ホンの少しだけ。

毎日①~⑦を東京で色々と考えるより、少し、かっこいい言葉を使えば、都会の喧騒を忘れて、5年ぶりに羽を伸ばそう。

 

そうそう、で、お医者先生の発表についていくことにしました。

さて、どうなる事やらです。

 

おしまい

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2015.09.15更新

咬合接触、いえ、過剰接触と筋反射と呼吸という事を、ずーっと課題にしてきました。20年ぐらいかな?ま、個人の趣味という事で。

顎位に頭位と下顎位の協調で成立するのだろうなって考え、で、この位置の協調に咬合があるはず。そんな事を考え、その協調には反射が関係して、と、個人の世界観ではひたすら。そいつだけを求めて来たように思います。咬合ってなんだろうと、相対的位置関係の意味付けを探してきたように思います。

 

ま、考えるのは自由だから、ひたすら考え、過剰接触が無くなり肺に空気が入るというのでしょうか?その感覚を共有でき始めた時、ちょっと、嬉しかったです。

 

ま、個人の気まぐれという事で。

 

ふと、ニュースを見ると、ポエムに戦争法案とポエムな想像というか妄想がはびこっていいるように感じます。軍靴でしたっけ?映画が本が自由に出版できないのでしたっけ?何か月前も、そんな言葉が闊歩していましたが…で、今は独裁主義と徴兵制という状況らしく・・・共有も共感も出来ないからつらい所です。

 

一体、どこの国の事を云われているのか?妙に悲しくなります。

本当の独裁主義とか、自由が無くなり、暴力が支配する国とか…崩壊国家?とでもいえば良いのでしょうか?こんな表現になるのでしょうか?こうなった時、人権などとは安っぽい言葉になります。そもそも人権という言葉が尊重されるようになるのは、100年も歴史があるのでしょうか?公民権運動とか、女性解放運動とか、そんな運動が盛んになった60年代とか70年代が過ぎて、ようやく尊重を当たり前にしようと、民主主義国家でかつ豊かな資本主義の国家に誕生したにすぎないのではないかと妙に思ったりします。

 

空気のように感じる平和とか、当たり前のように持つ事を尊重される人権の意識というのは、人類70億(?ですか?それとも、もう少し多いのでしょうか?少ないのでしょうか?)そのうちの何億人が持つ事を許されるのでしょうか?きっと、5億人もいないと思います。

経済が破たんしていない国って(定義と条件設定は難しいです。当然議論は分かれると思いますが)、仮に社会保障というレベルが充実している価値を共有できる権利を持つ人数は何億人なのでしょうか?これも、5億人もいないと思います。

 

さて、その5億人もいない所に、難民?移民?を引き受けようという動きの持つ意味は、とてもゆゆしき問題と思います。

さて、独裁政治で、一党独裁で、国所属しなく党に忠誠を誓う軍を持つ国が、あたしの国の横にいて、この国を侵略しようと狙っている。彼らの機関誌には、その必要性を熱く説いているようですが、あたしらの左巻きの方は、無いとポエムにおられる。

反日教育をあおっていても、ポエムにないと言い切られる。

でも、あたしらの国はポエムに独裁国家で、自由が無くなる国家だとポエムに決めつけられる。

 

始終、あたしらの国の悪口をいて、領土を泥棒して、同胞を殺戮して、反日教育をして、対馬をよこせと言っていても、左巻きのポエムを通すと、あたしらが悪い子でないと行けないとなる。

そして、陣営を変えようとされている。ポエムにそれはないと、左巻きの目には映るらしい。

 

同胞を拉致して核を持っていても、左巻きのポエムには拉致はなく、仮にあってもあきらめる方が良いと、犯罪であれ、日本悪い子論が有利になる。

 

別にポエムの世界には、どうやっても理解には到底行きつけないだろうから、割り切るととして、左や右という価値観の垣根を越して、自由を守るため、人権を守るため、ポエムな議論ではなく正々堂々と未来を創る礎の一歩を始められないものかと妙に思ったりします。

 

平和という価値観や、人権等価値観は、多分、崩れるスピードは圧倒的に速いと思います。崩れる時はね。そうならない為の、自衛策という観点で、垣根を越して議論は進まないものだろうか…そんな事を願います。

 

ポエムなデモでないなら、せめて、国旗を持ってデモをして欲しく思います。国を愛し、国を憂いたデモであるならば、それがあるべき姿の様な気がしますが…

関係ありませんが、去年の流行語大賞の一つは集団的自衛権でなかったでしょうか?

あるフィルターを通すと、いきなり云い始めたというのは、どうにも共有できません。

 

このデモは何が主体なのか、どうにも理解ができません。国民が求めているといわれるなら、国民へ愛国心を示す事が、最低限のルールだと思うのですが、国旗を持たないで国を憂うという言葉にはポエムな響きと、この国を駄目な子、悪い子にしたいこの国の人ではない方々の別な何かを、うがった見方と承知つつも感じてなりません。後は、ポエムに日本人を性奴隷商人に仕立てたかった報道の(?)方々なのでしょうかね?

 

いずれにせよ、過剰接触がとれて呼吸の感覚が変わる瞬間を共有できたのは、ちょっと嬉しかった感覚でした。そんなとりとめもないお話でした。

 

 

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2015.09.10更新

難民という人口移動が本格的になる気配です。正しいのか、適切なのか、不適切なのかは、きっと、歴史という評価を待つべきなのでしょうが、私は、ゆゆしき問題と変わらず見ています。立場が違えば、違う解釈もあるのかもしれませんが・・・

一時の感情と、長く続く交流では持つ意味は違うと思います。

難民が、戦火が終わり帰国する、そんなプログラムまで纏まって、一時退避という言葉は成立するのかもしれませんが、今のヨーロッパを見る限り、難民という立場の動機に、移住という移民のようなごちゃ混ぜな展開になってしまっているような感覚すら覚えます。多分、国連、そしてそのトップである事務総長が汗をかかれるべきと思いますが…あたしを含め日本人が云えば、国内では左巻きの方々が崇拝する儒教の指導の下、感情を振りかざしそうです。また、左巻きを指導する左巻きの知る世界地図におわす二つあたりの国が、虎視眈眈と揚げ足取りに燃えそうで、黙る方が良いのでしょうかね?

中立ではなく、公正でも良いでしょう。この際、仕事をしていただけるならぐっと、堪えるぐらい容易いものです。でも、国連の事務総長というお立場なら、目先ではなく先々まで見通して動かなければ、衝突だけが緩やかに準備されていく気がしてなりません。

性奴隷商人にあこがれ、挫折したメディアの方は、儒教の国は軍人を30万人減らす事を嬉しそうに誇らしげに語っておられるようです。でも、皆様の報道は、その持つ意味をさすがに冷静に分析されたようです。どちらを大事にされているかという議論でもありません。

遠い方でも環境が激変しようとし、近い方では儒教の方々もさすがに環境変化を見つめないと行けなさそうです。今までは、日本悪い子、ダメな子でまとめて、左巻きに同調させるよう仕向ければ、とりあえず収まっていたのかもしれませんが、環境変化の持つ意味は、その変化を傍観するか、対応するか、ただそれだけを求められている気がしてなりません。嫌な話です。左巻きの方々だけが平和にこだわっていません。日本人のみならず、世界中の人々が求めていると思います。

 

難民は戻る事が前提でなければ(この瞬間、難民というべきなのか、言葉の定義は難しいと思います)、移民として(こんな表現になるのでしょうか?)自らの人権を当然に主張し始められるでしょう。民主主義の主張する権利である限り、難しい問題です。ですが、社会にそのキャパシティーが既になければ、どうなるのか?

感情であってはいけないと、考える以外ないと思う根拠はここにあります。今すぐ結論と言えば、私は受け入れてはならないという、そしられる事を承知で云うと思います。長く交流をして共同体を育てるうえでふさわしい(決してそんなことは完璧にはなりませんが)ベースが出来上がらない限り、認められないと思う立場にいます。その意味では、ヨーロッパの方々は凄いと思いますが、まつり以外の方々の思いはどうなのだろうと、とても疑問に感じる事もあります。

翻って国内を見れば、儒教の国の指導の賜物なのか、変わらない事だけを、求める方々も相変わらずおられるようです。本心で変わる以外選択肢が無いのであるならば、左、右の垣根を越えてあるべき議論を進めて欲しいと思うのですが、難しいようです。感情的な影口(?)と思えるセリフはまつりごとに携わる方々から聞こえてきますが、一歩間違えると暴力が闊歩する雰囲気になり始めている以上、どう巻き込まれないようするか考えること自体からの逃避は、どうしても頂けない気がしてなりません。

 

あたしの心では、逃避しかされない人は排除して見ていかないと、激変する世界に対峙は出来ないのではないかと思う次第です。どうなのでしょうか?

変わらない事が取り残される事のように感じてならないからかもしれません。この場合の取り残されは、きっと、悲しいとか、苦しいとか、惨めとか、そんな言葉に集約されるのだろうと思うのです。

スクランブルをせざるを得ない回数が年々増えて、それは、左巻きの方々の指導者のシナの方面で、この抑止力に自衛隊が活躍している事実を認識する事からではないのかなって思うのです。

 

平和を重んじる重んじ方は、左巻きの方々が云うだけの世界感ではない筈です。

憲法が排除したのではなく、自衛力が排除したのでしょうね。

民度が高いというのは、法律が優れているという側面よりも、紡がれた伝統と社会が育んだのではないかと思うのです。

 

分りません。

仏作って魂入れず、そんな諺を何気に思い出します。

どうぞ、左、右という垣根を越えて、日本の未来への対応を考えて欲しく思います。

 

そういえば、お医者先生。一緒に論文を出しませんか?そんな粋な事を申してくださいました。さて、どうしましょう?

あたしは完璧な医療者じゃありません。神様じゃないから。完璧を目指したいと思っても、完璧になれません。

でも、その道をひたすら見つめたいエネルギーは失いないたくないと思っています。

 

何かの力になるかもしれません。

そんな協力をするのでしょうか?

 

こればかりは分りません。

ま、それも人生。

 

変化に対応できるのかしらね。だいぶくたびれて来たし。おしまい

 

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2015.09.07更新

何だか、きな臭い感覚を覚える今日この頃ですが、どうなのでしょう?

地図帳をかえしてみれば、端の方(実際の扱いは、日本が辺境なのでしょうが)のヨーロッパでは、移民の騒ぎ。

何万という規模は、とてもゆゆしき問題と思う次第です。だから、何ができるというわけでもありませんが、どうにかならんものかと考えたりします。文化が違いすぎる時、生まれる衝突というものが無いのか、妙に気になります。難民が、紛争地帯が落ちついたから、帰国したという話もあまり聞きません。話は飛びますが、ローマ帝国の崩壊は、彼らからみれば蛮族の移動から始まったと記憶します。その構図は時間が経過としても変わらない気もするのです。どうなのでしょう?

衝突という言葉の行きつく先は、暴力がその答えの様な気がしますから、どこまで耐えうるのか、そして、移民を受け入れる限界を肯定する事が許されるのか、とても重大な意味を持つ気がします。移民を、あるいは難民を受け入れることは、これ以上出来ないという言葉を発す事は認められるのでしょうか?

何か特別な事が出来るわけではないから、考えるしかないのです。衝突という側面を考える時、あたしは、受け入れるべきではない、寂しいけれど。そんな事を考える今日この頃です。

国会前に3万いないのかいるのか分りませんが、主催者発表と公的機関の人数発表があまりに乖離する様などを見ると、とてもではありませんが、暴力を伴う可能性がある人数など、受け入れる度量はこの国にはある様には思えません。そう考えると、ヨーロッパの国々は凄いというべきなのでしょう。しかし、この決定をして、落ち着かせる事を考えなければならないまつりごとに携わる方々のご苦労は並大抵ではないと思います。

史実や数字に重きを置くことの出来ない感傷派が左巻きの方々には多いように思います。民主主義で選ばれた政権でも、左巻きの感傷に触れた瞬間から、感情とデモで、少数意見を尊重すべきという、一見すると一理ありそうなすげ替えの前では、とてもではありませんが衝突に耐えうる事は出来ないように思えてなりません。

移民を決して否定する立場をとっているわけではありませんが、史実や数字というものを、リアルに見つめ、その上での方向性を議論が出来ない限り、感傷が、大きな問題を生む気がしてなりません。分りません。

 

グローバルという思想を根底にすれば、移民という人の流動はあるべき適当な姿なのでしょうが、上手くいっている時は、最高な方策なのでしょうが、逆回転をすれば、とても大きな衝突を生みだす気がしてなりません。そして、今、実は逆回転をし始めているのではないかと思い始めています。グローバルの恩恵を多分に受けていたところから、実は、逆回転の痛みを受けているのではないだろうか?そんな事を思う次第です。分りません。

 

本当は、右、左という区分けではなく、どうあるべきかと違いを超えて考えて欲しいと、あたし個人は思います。暴力化、非暴力か知りませんが、革命が前提の方々とは((始めから他者を排除する集団の様ですから)、議論は始めから出来ないのかもしれませんが、そうでない限り、違いという垣根を越えて、まつりごとをして欲しいという事を確認したニュースでした。合わせて、日本より韓国が中国が大事という代弁が正義と信じる方を排除する事も必要なのでしょうね。友好は、日本がどういう姿であるかが定まって、始めて始まるのだと思います。日本のあるべき姿を排除して、彼らの求める姿に合わせようという発想は、残念ですが衝突を大きくするだけだと思います。日本という所は、日本が、それぞれの所は、それぞれが、と思うのです。そこに他人が口を挟む事は、基本認められないのだと思うのです。でも、それぞれの一部を暴力が支配した瞬間、難民にならざるを得ない現実はとても大きな意味を持つのだと、寂しく思うのでした。

 

そういえば、計測。

少しだけ、進展が生まれそうです。

どんくさい中、出来る事を1個1個していかねばならないのかなって、思う今日この頃でした。

ま、近況報告という事で。

おしまい。

 

寒くなってきたようです。後半戦、皆様ご自愛を。

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

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