じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
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2014.05.20更新

■2014/05/20 時間の関数 準備?
時に、咬合の定義に拘り続けるあたしがいて、噛み合わせ専門医?なる、具体的なあり方を覗きたいあたしがいる。

だって、噛み合わせの医学的定義がないのに、専門医って言葉上で変。そんな事を考えたりもします。

噛み合わせを大事にしているとか、噛み合わせに拘ってと言う表現は、何ら問題ないと個人のあたしは思うのですが、定義がない世界を専門に扱うと、定義がない世界の専門医だと、調子が良いとは思われないのですが、どうなのでしょう?言葉って、難しいですね。

ま、流行りの神学論争になるのでしょうかね?これ以上、何かを書き記すと。

神学論争を避けるには、リアリストであろうとすると言うのでしょうか、リアルに現実を捉えるしかないと思うのですが。

やはり、神話に引きこもり、いわば責任を取らないで済む確率が高い言い分だけを、議論と呼ぶにはどうかな?と思える時があります。

噛み合わない方向で現状維持が、楽なのでしょうね?そんな事を考えたりもします。

ま、受け入れて見つめる以外ないと思うのですが…
そんな事を思います。

さて、かつてリエゾンを受けていた患者がいました。あたしとリエゾンは、結論を申せば何ら関係ない。
で、ジャンルで言うと歯科心身症と言う括りになるらしい。

色々とご苦労されていたみたいで、10年間、病態の最後の砦、大学病院に通院されていた。

あたしは、最後の砦が、完結すべきと言う立場は今もって変更はない。そして、そうあるべきfだと考えています。学問の雄で、臨床の雄というポジションは、大学機関が評価として受けられるべきと思っています。実際の実力等は、正直、分かりませんが。

唯、結えと言うか縁があり、転院された。

展開は、兄弟の一人がかかりつけ医とでも言うのでしょうか、そんなランクにあたしの所をされて、なんやかんやと経緯があり、家族のかかりつけ医に昇格して、その流れでお世話する展開となった。要約すると、そんな感じ。

兄弟の一人の、

肩コリ、背中の痛み⇔楽になっているのです。
腰痛⇔楽になっているのです。
嚥下障害⇔楽になっているのです。

そんなおほめの言葉から、家族までみさせて頂く展開になった。そんな感じでしょうか?

断っておきますが、歯の治療でですからね。
補綴をしたり、根の治療をしたり。
拘りがあるとすれば、咬合を拘っただけです。

相対的位置関係を、キャッチアップしやすくさせた?とでも言えば良いでしょうか?

ま、臨床現場にいると、色々な人生に触れさせていただく場合もあります。それが、こんな資格であれ、されど国家資格と言う所以なのかもしれません。分かりません。

歯科心身症と言う言葉がある事を否定する立場ではありません。同時に、すこぶる肯定する立場かというと、甚だ疑問な立場を取っているかもしれません。

症状について、あたし自身が統一な感覚を覚えられないからかもしれないからかもしれません。

この話は膨らませんがら、進めたく思うのです。

でも、病名がなければ大変な事ですので、病名がある事は尊い事と思います。不定愁訴とか、気のせいよりは何ぼかましだと思うのです。矛盾していますよね。

でもネ、身体が痛いのが歯科心身症と言う括りはどうにも、理解しがたいと思う事もあります。だって、症状は、朝目覚めても身体が痛くて起き上がれないとか…

背中が痛いとか…
肩が痛いとか…
腰が…
顎が…

一応念の為、顎が痛いだけであれば、顎関節症と言う括りですが、症状が広汎ですと、顎関節症扱いにはなりません。

で、リエゾンの精神科では、総合失調症と言う病名だったようです。
痛みどめと、睡眠薬等。

それが、ガイドラインで言う処方なら尊重すべき事なのでしょうね。

で、今。
リエゾンはおやめになり、精神科の通院もお辞めになり、
今日は、働こうかと思うのですと、意欲をあらわにされました。

多少の痛みというのか、ちょっとした肩コリが出る程度と言うのか…

行った事は、咬合の情報の位置関係のキャッチアップが出来るよう仕向けただけなのですがね。

治療科目は、歯科で言う仮場とか、矯正とか…本当に、ほとんどは普通に歯医者さんが行っている治療でしかないと覆っています。

それらを複雑に絡めて解放へ向けただけなのですが…

概要とすればこんな感じ。

時間の関数と言う言葉にひかれ始めたお話は、この肩を通して、触れてみたく思うのです。

ここらで、一端おしまい。

補足
唯、10年間苦しく、終わりが見えず、ただ前に進むしかない事は本当に苦しかったです。この言葉はとても、あたしには重い言葉でした。
立った、1本歯が痛いで、咬合調整をされてからの物語です。
ゴールがある事を感じ始め、追われるのだと嬉しく思うのです。
とても重い言葉です。

たまたま、何かを知っていて、たまたま相性が良くて、たまたま上手く事が運んだだけと思います。

唯、加筆するならば、噛み合わせの意味を考え始め、ふと気がついたタイミング。そう言えば、医学定義って確かないよな?何で、前医はこの咬合条件を付与されたのだろうという疑問と矛盾を見出す力が、たまたまあったから、こんな症状でも、対峙出来たのかもしれません。

臨床は難しいです。

そして、咬合はとても神秘的だと思います。

 

投稿者: こすが歯科医院

2014.05.18更新

■2014/05/19 時間の関数?
時間の関数と言う言葉をつい先日、知った。
船の沈没後、人災と言うのか対応のまずさが、尊い命を奪った事件の際、安全と言うのは、時間の関数と言う捉え方で行わなければいけないのです。

そんな考え方があるそうです。

確かに、時間の関数と言う言葉は、言い得て妙のような気がして納得する次第です。

で、この言葉に妙に引かれたのが、咬合って、概念的には正に時間の関数に近い物がある気がしてなりません。

咬合と言う概念が上下顎の歯牙の相対的位置関係と言う定義になる。

顎位は、上下の顎の相対的位置関係となる。

この相対的と言う言葉にいつも、頭を悩まされる。

ま、それは、専門家の端くれですから、それなりに悩まないと行けないのでしょう。

ですが、その端くれと言っても、どうしても悩んでしまいます。

と、今回はここまでにして、少し話を広げられたらって思うのです。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.05.17更新

■2014/05/17 妄想協奏曲と、リアリズム
身体の中心と、例えば、上顎の中心が同じなのか?後者を正中線という。

同じと捉える場合と、違う場合もあると捉える事も出来る。
違うと言う捉え方、即ち正中線と、中心線が違うと捉えた場合、実は、正中線と中心線が一致していると言う捉え方が含まれるのが数学的な考え方らしい。と、、算数の苦手なあたしは理解しています。

ここで厄介なのは、水平性が、正中性と中心性で違う場合がある。そんな所でしょうか?

なんじゃらホイと言う世界ですが、この計測に実は、大きなキーワードがあるようにあたし個人は思っています。

分かりやすくいうなら、外耳道という耳の穴が、全員同じ位置にあるか。そんな所を観察してみると面白いかもしれません。

リアルに、この重心性とでも言えば良いのでしょうか?この変化に適応が出来なくなった時、筋バランスが崩れる、で、次々と身体に何かが襲われていく、そんな事を感じます。

それが、私が感じるリアルな臨床です。

この正中性と、中心性の意味を把握するまでは、とてもとても苦しかったように思い出します。でも、そいつを見出しても、その度合いを把握するには、まだまだ苦戦中のようです。でも、技術の向上にヒントがあると、自分に言い聞かせるしかありません。それが、生きる道と言う物です。

元気になる患者を見ながら、勇気を頂いているような感じです。

歪むと言う言葉を用いる事は、とても安直ですが、でも、この現実を常に頭にしまう以外ないと、臨床現場に立つ際、思う事です。

だって、噛み合わせの情報で、頸が伸びるとでも言えば良いのでしょうか?長くなるとでも言えば良いのでしょうか?沈んだ感覚が変わったと言えば良いのでしょうか?

これが、心身症等の類を渡されていた患者に起きた現象でした。驚きでした。

まだ、ありますが、今回は割愛します。が、そう考える時、噛み合わせとは、人にとって、二足起立を選んだ人類にとってどんな意味があるのだろうと考えるのです。医学用語として、定義づけられるべきだと思うのは、こんな所でしょう。

今日は、こんな出会いがあります。

手がむくむ様になった。
そうですか?
多分、このスピーのコントロールでしょうね。
むくみが消えました。

良かった。

でも、左に向きにくいようです。

こいつは、前歯の位置関係の補正が終わるまでは、勘弁して貰いました。一応、ナンチャッテシリコンで確認はしますが。

動きますよね。
そのようですね。

多分、何とかなりますよ。
手のむくみが取れただけで…
ありがたいお言葉です。

多分、同じ歯科で生きている歯科医にとっては、長く生きられる時代が来た分、対峙する病態状況は変わって来ていると思われる事があるのではないかと想像する時があります。いえ、正確に言えば、患者の口から派生する表現が、20年前よりも変わって来ているのではないかと、思うのです。

これは、分かりません。

でも、学会誌や商業誌を眺めていても、着目している世界が、あたしからすれば、ようやくここに来ましたか。そうです。ここをあたしも、頭を悩ませていたのです。でも、この先もあると思うけど…これは、自分の経験からでしかなく、明確な根拠がある訳ではありません。でも、そんな事を感じます。

この紹介した現症は、実は歯科の治療、あたしらが習った方法論でしか、対峙していないのです。唯一、違うとすれば、診査、診断を深く診るようになっていると言う所でしょうか?

ま、昨日までのつながりだと、新人の先生には、是非とも閉塞感など捉えず、勇気をもつ意欲を捨て去られないで欲しく思うのです。

返して、あたしらの生きている世界。

アジアに帰依した方々は、戦争になると、また熱い情熱を恣意的に、アカく燃えて頂いてくれているようです。ありがたいと思うべきでしょう。でも、教えて欲しいのです。自分たちで考える事、体制を作る事が、戦争になると、妄想を謳歌出来る理由を。

きっと、説明を頂けると信じています。

でも、性奴隷派出のアジアは、赤いアジアに、船の沈没で弱っている所をこれ幸い、赤い漁民にやられたい放題のようです。
初代首相の暗殺者をヒーローとして(これは、あたしは到底受け入れられないものですが)博物館を赤いアジアに作る代わりに、領海侵犯を性奴隷のアジアに行う事を。
この説明をして欲しく思うのです。

博物館では、食べる道を失いますけどね。

ここには赤く恣意的に、すり変える事はして欲しくありません。崇拝する日本悪い教の既得権益がないのならば、自衛をする必要性が出てしまった事を、感情的には積極的であれ、消極的であれ認めないと行けないと思うのです。
なぜなら、リアルだから。

性奴隷派出のアジアは、この日本が不要で1000年恨みの地域ですから、あたしは、関わらないが一番だと思っています。ようは太平洋を挟んで、赤いアジアにすり寄るのか、ヤンキーカムバックと、すり寄るか。蝙蝠を続けるのか、毅然とするのか。それは、かの国が決めることであり、日本悪い教を根底に、かの国の正義を貫かれる限り、無視が一番だと思っています。

このリアルに対して、議論を進めると、戦争になると赤く恣意的に意固地になる。相変わらず閉塞感がお好きなのねと、蔑視と言う感覚が湧きあがるようです。

南シナ海で、赤いアジアが横暴を突出させても、ご機嫌取りにいようと言うアカい恣意的な、あるいは、無視をして居丈高に戦争になると、国民の為の自衛隊と言う意義を忘れて、日本悪い教の下、意固地にむやみやたらに戦争になるという、あまりにリアリズムから離れた空想世界で、アカく、恣意的にあって欲しくないと思うのです。

あたしは、中華料理は食べても、中華という自由も無い世界に所属したくない。
あたしは、三国志その時代時代の歴史は読み物としては好きですが、意思にそぐわないと惨殺が当たり前で、腐敗と汚職が正義の価値観の中には身を置きたくない。

自分の意思で考え、自分の意思で選んだ選挙を通して、期待を込められる民主主義が好きです。

少数意見が尊重されると言う左巻きの上から目線も結構ですが、意固地に少数意見で、守る自由も奪う論説を行われたいならば、少なくとも、帰依されたアカいアジアなのか、所属する日本悪い教かは存じ上げませんが、自らを守る事、集団で守る事を、一途に許さない根拠を教えて頂きたく思うのです。

でも、この意味は、自らが傍観に襲われても自らが窃盗にあっても、受け入れるという事であると思います。隷属を選ぶ事を意味するでしょうから、どうぞ、銀行の暗証番号から全てを公開されてみたら如何ですか?

その生き方をまずは、いわゆる櫂より始めよって言う具合に、始めて見ればどうですか?

銀行口座が分かって、取られても当然です、という、日本悪い教・信者のすがすがしいお顔を是非、拝見したく思うのです。

リアリズムは、今起きている現実とどう対峙するか、そんな事を思います。

あっしは、目の前にある病態を、患者が言う症状を信じることから始めました。
それは,無いと言うのか。受け入れるのか?

それは、ライセンス者に任された判断ごとです。

糸切り歯に患者自身が爪を置かれ、これを置くと肩が軽くなる。これを、外すとこんなに肩が硬くなる。
嘘!
これが、最初のお恥ずかしながら、アッシの言葉。

で、柔らかい。
嘘!

もう一度、呟いた言葉。

でも、どうすればよいか分からない。

こんな所から、リアルに考える事を選ばなければいけなかった、そんな事を、閉塞病に陥れたいアカいアジアか、日本悪い教の方々の活動の様を見る時、恣意的に思い出します。

B52が空母から飛び立つのを見たのです。な~んて、分かりやすい嘘を述べる論客者もいましたね。日本国憲法殺人者という珍言用語集の女王になるのでしょうか?

平和を愛する諸国民が、身近にいなく、アカく侵略を行い続ける行為のどこに、恣意的にせよ、平和を愛す諸国民と言う言葉を信じらるのでしょうか?

平和でいたいから、真剣に平和でい続ける為に、自衛を考える事を、選挙で選ばれた方々が考えると言うのが、そこまでヒステリックになる必要性がある物なのか、どうにも分かん?と言う感じです。

ようは、リアリズムで行動する事が、どうにも調子が悪い隠された既得権益があるのではないかと。そんな事を思います。

昭和の暗黒史というセンセーショナルな言葉よりも、現実に起きている侵略行為の線をどう食い止めるか。自分たちの身は自分たちで守るという、掟に戻らなければ平和を愛さない諸国民には通用しない。そう思うのです。

歯科が身体とつながりがあると、認めざるを得ない現象を知るのは、患者の病態を通してです。

これが、あたしのリアリズムでした。

妄想と言う協奏曲は、替え玉作曲家程度のコントで十分です。あっしは、リアルな現実で、病態を知るしかないと、やはり思います。

閉塞感は、もう結構。
出来る事から、立ち向かうしかない、そう考えます。
それが、閉塞の空気に立ち向かう方法ではないかと。

おしまい。

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2014.05.16更新

■2014/05/16 妄想協奏曲と、神学論争?
多分、臨床と違うのだけど…閉塞感と言う視点では、実は根は同じなのかなって、思えるのが、個人の感想。

そんな話を。

自衛権と言う価値観を総理が自ら語られた。集団的自衛権と個別自衛権についてとなるのでしょう。

手を変え品を変えて、あたしにはヒステリックと思えるぐらい”そんなの良くない!”と、おお騒ぎをする方々もいるようです。

そうなんだ…

スパイ防止法が決まる時、これからは自由な表現が出来なくなるが、おお騒ぎをされる方が云われた話だった。
どんな展開をイメージされたのだろう?

十分、自由な表現を謳歌されているようですが…
どうなのでしょう?

何かあるのでしょうね。そうなると困る既得権益が隠されているのでしょうか?そんな事を思えたりしまいます。
妄想なのでしょうか?

性奴隷ブームの収束は、性奴隷のような働き方をさせられたと認識している。あれ?歴史認識を改めよという、一部の方々が帰依したアジアのどっかが言う話と何か、同じ構成のように、思えてしまう。

認識と言われるならば、根拠を出されれば解決するのにって、思えてしまう。あるいは、共に検証しようと、明確にしていく方が、閉塞性も無くなるだろうにと思うのに、どうやらそれだけは、タブーらしい。

で、今日は、人の鎖で、戦争が出来る国にさせない。と、恣意的に謳歌されていたようです。この意味を、理解できなかったのですが、この先に描かれているのは、侵略をするというイメージなのかなって、妄想が出来る始末です。

で、こういった行動をすることで、どんな既得権益があるのだろうと妄想が膨らんでしまいます。

自衛の話をすると、戦争になる。この論理展開が見えなかったのですが、この系列の思想は、どうにも頂けない気がしてなりません。仮に、この思想を堅持されたいならと、ふと思います。あたしには、どういう思想か良く分からないのですがね。

まず、自衛隊という認識を否定されるべきでしょう。
次に中立性の堅持と言う嘘を、止められるべきでしょう。
最後に、想像で全てを決めていると、あるいは、隠しているけど(妄想です)既得権益を守るために、変わる事を認めません。
で、中華思想にのっとられる事が、是です。

ここら変に落ち着かされれば、南シナ海での謀略や暴力や暴走も全て、肯定出来ると言う物です。

そして、性奴隷伝説も全て成立すると言う物です。

全ては日本が悪い!と、日本悪い教に帰依する限り、日本が閉塞感から、脱出しようとすれば、歴史認識、領土、集らせろ。その閉塞感へ戻る為の魔法の言葉は、性奴隷と言う憧れ、スパイ天国への憧れ、やられたい放題への憧れ。その紹介。次に、斡旋係がどうやらいるのかなって妄想する次第です。

まさかね!

恣意的にまさかね。
次に、左巻きを並べて、文句タラタラ、赤く染めるってわけは無いよね。

自衛の意味を具体的に出しても、常に帰依したアジアなのか、日本悪い教の信者には、恣意的に理解してはいけない。それが、あたかも神学論争の如く、閉塞感に導く。何が、ベースにあられるのだろうと、寂しく思います。

ベトナムにウィンウィンで行きましょう。で、半年もたたないうちに、侵略。神学論争の途中であれ、神学論争者は事実と言う出来ごとをどう捉えられているのだろう?

まさか、そんなの関係ない!オッパピーてベタなお地は無い事を祈ります。

つい最近、帰依したアジアから使者が来たようです。ウィンウィンと言うのですか?その1か月もしないうちに、お金を早速集りました。

無難に考えるよう努めるメッセージは、閉塞感を増長しないのでしょうかね?

で、アベノミックスはマイナス成長を脱却させないが、閉塞重要主義の方々が、恣意的に張り切った想像力の世界。で、展開が変わると、ここは、無視。

今日は、沖縄返還があった素晴らしい日。敗戦国が、戦争と言う手法抜きに、領土を返してもらった記念の日。

でも、恣意的に帰依したアジアは、沖縄は、俺たちの物だの発言集は、無視。
で、戦争をする国にする決断の日と変換する逞しい妄想力は、素晴らしいなって思えます。オッパピー。

閉塞感が大事なキーワードのようですね。

戦争をしない為、陰謀と、謀略と、ついでに侵略を好む遅れてきた帝国主義の国に近寄らせない為には、自衛権を予め考える事は、当り前だと思います。

そんなリーダー像、あたしは大事だと思います。

お約束の威丈高口調で、日本悪い教の下、神学論争で終わらせたい輩には、妄想は自らだけの世界にされて、現実と言う同じ土俵であるべき事を議論して頂きたいと思います。

で、臨床の話を少しだけ。思ったより、落ち切らなくて簡潔に。

例えば、歯科・医科領域の狭間に陥る患者がいると云う現実があります。
仮に、同じ臨床現場に同じ目標で、同じ目線で断つことがあればどうなるのだろう。
そんな妄想を持つ事があります。

現実は、狭間に居る患者と言うキーワードに対して、同じ土俵に立てるシステムが出来る事じゃないの?そんな事を思います。

どういう事か?

口の中がおかしい気がする?
でも、身体もおかしい気がする?

この二つを同時に叶えるには…

もし、同じ空間に歯科医と医師がいる事が出来れば…

こんな妄想の方が、健全だと思うし、そんな空間を作りたいと思う事は…

どうなんでしょう?

少なくとも、閉塞感を脱出する為の一つかもしれません。

それぞれが、一つずつ閉塞感を脱す試みや志を持つ事。そして、行動する事。ここにしか、キーワードは無い気がしてなりません。

だって、恣意的に閉塞感を作る匠には敵いませんって。
政局作りの匠は叶いませんって。こいつがないだけ、どれだけ素敵か。

1年おきの総理交代イベント。どうやら終わりそうで、あっしも、良く分からないけど、ガンバンべって、感じです。

それ以外、芸はなさそうですので。
新たらしい歯科医との出会いを期待して、求人を再びチャレンジですわ。

おしまい。

もし、最後まで読んで頂いたとしたら、感謝します。

 

 

 

 

投稿者: こすが歯科医院

2014.05.05更新

■2014/05/15 妄想協奏曲と、閉塞感?
一人歯科と、称しながら日々、臨床で生きている時間が多いのですが、機会あり、人材募集の方と話す機会を持ちます。

一人歯科をなんとかしたくて、話を聞いてみたのですが…

そこで、妙に合点が言ったのが、閉塞感と言うキーワード。

いえ、閉塞感という感覚を、あたしが持っていないと言う訳でもないのです。ま、何か変!って、思う時って振り返ると、感覚的に言えば、”どうにもならん”という言葉を覚える時でしょうか?

日本の文化が編み出した”仕方ない”という言葉に変換できない感覚を覚える時って、無性に嫌!って、感じる時なのでしょうか?

で、新人の歯科医の集団が(ご了解頂きたい事は、全員でも無い筈ですし、彼ら業者が感じる感覚のフィルターを、あたしが手前勝手に解釈した言葉でしかないのですが)、一番に感じるベースは、閉塞感と言うエネルギーでした。

世代間の意識格差と言う捉え方もあるかもしれません。
あたしらは、技術は盗む物という感覚を覚えさせられていたように思います。

今は、研修会があるのか、行けるのか?勉強会があるのか?先に、与えられる事を望む例が多い。そんな話に触れます。

あたしらの頃は、新人時代なんて、まともに出来ないのだから、そんなもんに行った所で、草々身に付くものじゃないよ。行くなら、もっと基礎的な講習会に行きなさい。
そんな事を口酸っぱく聞かされたように思います。

で、意見を求めたり自分で判断して、休みを利用して言行ったように記憶しています。

で、いつからか基礎講習会に中々人が集まらない。で、そういう講座が無くなって来ていると言う話を聞きます。

ある学会では、技術のレベル低下に頭を抱え、別途、支援講座を設けて、まずは理解出来るように取りはからう努力をしていると、笑えない話を聞きます。当時は、深く意味を考えなかったのですが、どうやら、何かが起きているようだ、何が?その根底のエネルギーがあるのだろうと、妙に不思議に思っていたのです。

これも、”仕方ない”と、結びつける事には思えなかったのです。この言葉が言える時って、ギリギリ次につながるエネルギーをお持ちとか、ギリギリ夢が守られているか・・・

そんな前に進む物が、どこかにある時、言えるのだろうなって思うのです。

では、閉塞感しかない場合は?

あまり上手く言えないのですが、その感覚に従うなら小さくまとまる事を是とするのか。多分、臨床では、もっと患者と対峙するのだっていうエネルギーよりも、無難に無難に収めたいと言う結果しか産み出さないように思いますし…

でも、治療には、対処、原因、根治と単純化しても3段階の層があるようです。すると、大工作業を主体とする歯科の場合、無難無難は、対処療法への徹底した方向へ動くような気もしますし…

この資格が第3位の難易度の地位を渡されている限り、果たして無難が許されるのか?そう思う事もあります。

更に言えば、デンタルサイクルの世界観で、何時か紹介できれば良いのかと思うのですが、対処と言う待ちの姿勢の治療なのか、未来の予測をした上で、どう改善を図るのか…究極には2種の方向性の概念も生まれてきているようです。

となると、多分、無難という価値観では許されないと思えるのです。

表現の世界ですので気をつけないと行けないのは、冒険的試みを治療で行うという意味では捉えて欲しくないと思うのです。

医療と言う仕事は、常に医療者側には勇気がいる物です。ここでいう無難とは、その勇気の発揮を放棄するとでも言えば良いのでしょうか?上手く言えませんが…

そうそう、(実際は一部の)アジアに帰依する方々は、侵略をしている行為に、侵略されている側が話し合うべきだと、無難に治め収める事を望む姿もあるようです。冷静に、収める事を侵略者側に要望する無難さもあられるようです。

無難ね…

戦後賠償は終わったけど、戦時中の民事紛争は残っている?だから、払え!無難ね…

非難しない。無難ね…

非難の間違いと思うのですが、無難が適正なのでしょうか?

そうそう、(一部でしかない)世界の性奴隷派遣に帰依する方々は、歴史、領土問題以外を除けば、友好的だ、だから、仲良くしていこうと、無難の薦めをされていたように思います。ありがたい事なのでしょうネ。

援助も歴史だよね…
原爆は神の手だも、歴史だよね…
陛下に土下座させてやる、も、歴史だよね…

対馬はおれたちの物だ!無難ね…
竹島は存在しない。いっそ、あげちゃえば!無難ね…

こんなのばかりが、あれば閉塞感に汚染されないで、済みますでしょうかね?

日本は悪い歴史を持っている。から、彼らが言うように憲法を変える事は、行けない。無難ね…

いつから隷属を選んだのか知りませんが、批判しないだろう?
悪口をばら撒いていますがね。無難ね…

暗黒史を持っているから、彼らが言うように守りを固めてはいけない。無難ね…

挙げくには、侵略しまくっているようですがね。人を粛清と言う名の惨殺しまくっているようですがね。無難ね…

歯科医は余っています。だから、減らさなきゃ。無難ね…

どれだけ余っているか、実際どうなのか、実体調査はお目にかかった事は無いのですが…

じゃあ、歯科医側は、そんな風潮に、あたかも立ち向うべく、多分、未来に目を向けて、”仕方ない”と、ぼやいている集団はいないのでしょうかね…

無難ね…

そんな中で、何もない新人の研修医が、歯科に未来を見出すのでしょうか?

そんな中で、自虐爆弾を連発するアジアに帰依した輩が暗躍する世間を見て、どれだけの”仕方ない”と言う思いが殺され、閉塞感に行きつくのだろうと妙に、納得をしてしまいます。

歯科医以外は分からないので、何も申すべきではないのですが、きついだろうなって、妙に合点を知ります。

きっと、届かないだろうけど、変わらないよ。何とかなるもんよ。一生懸命なら。そんな普遍と、思いたい(あたしはそう信じています)きっと、聞こえない声を、エールとして送りたくなりました。

唯ね、丁稚から始める覚悟と度量はあった方が、実は、手に入れる未来への糧は広がるかもよって、伝えたくなります。ま、言葉の表現ですから、実際は、働くと言う意味での表現は違うのでしょうが…

そう、噛み合わせの話を少しだけ。

歪むと言う概念を、受け入れた方が良いのだろうなって個人のあたしは思うようになっています。

情報のキャッチを噛み合わせを介して、伝達が上手くいかない時に身体に起こる変化。あたしは、歯科の未来の一つの像だと、信じる立場を取っています。

普通の模型でも、100回ではなく、1000回でもなく、万回と、何時間も見ていたら、変形と言うのでしょうか?何かを感じる場合もあるようですね。

見方と言うルールを知れば、誰にでも出来るだろうな…って想像したりします。
さて、どうなのでしょう?

今日は、そんな模型を患者と見ながら、多分、ここが薄くなると、手のしびれ収まるじゃない?収まります。

多分、この歯が、こっちに移動したら、息しやすいんじゃねぇ?

なるほど…、ね。

この歯薄くなれば、膝楽じゃない。楽になります。

ここの歯が高いから、歪みを変にキャッチするのじゃない。
本当だ。

咬合感作という現象も不思議な物です。問題は、何が一時因子で、何に原因があるのか?

そんな世界もあるのだし、全員の歯科医がインプラント、審美、矯正、介護と、未来を、もしかしたら、無難に過ごす為に目指す科目とは限らないかもねって、伝えたい気持ちになりました。

あたしですか?
インプラントは外注ですし、審美は技工士に守られているような状況だし、矯正もかな?

妄想の乱れ太鼓で、閉塞感を持つよりも、今を生きてこそ、そんな心境しかないのかなって思うようにしています。

おしまい。

 

投稿者: こすが歯科医院

2014.05.03更新

■2014/05/03 等尺と等張性
今日、久方ぶりにバイトの先生が来た。ま、いわゆる代診君って奴だ。

大学院が忙しいのか、中々、お目にかかれないので、久方ぶりの登場は、ちょっと、嬉しい。

教育制度が変わったせいか、あたしらの頃とは違い、妙に調子が狂う。そんな側面もある。

ま、平たく言えば、大学で患者治療の経験が、少ないという表現に尽きるのか、あるいは、臨床教育が弱くなったと言うべきか…

時代の変化、変化で、教育も変わっていくようですから、どうコメントをして良いのか正直、あたし自身分からないと言うのが立場です。

代診君は補綴科の先生になる。

今日、代診君は、咬合治療と補綴治療の差を少しだけ経験をしたのかもしれない。
水平性、正中性、多分、こいつと、過剰接触、この現象が最後の最後まで、あたしとクリニックと、患者を苦しめてきた物と、勝手ながら認識しています。

こいつは、正直厄介だ。

厄払いが通用するなら、早速厄払いをして見たく思う次第です。

ですが…

厄払いではすみません。

すいません。厄払いでは、無理です。嫌になります。

で、模型には、骨の複合性を主体に正中を描くものと、大学で習った上顎骨の真ん中を通る存在があるのでは無いかと考えている。

で、前者が身体の真ん中、後者が上顎の真ん中と言う次第だ。

な、馬鹿な!

どちらも一緒だろ?と、考えるの自由。

それがあるかも?と考えるのも、勝手。

ですが、筋肉は骨に付託していて、歯には付着していません。

顎位は、抽象的に身体の真ん中と言う言葉を目にした事がかつてあります。
さて、何ゆえに真ん中と、根拠は如何に?

これが、長年の課題でもありました。

相補下顎位と言う言葉が成立するには…(こいつの定義は、割愛します)

フェイスボウトランスファーの弱点は、時に外耳孔(耳の穴)の位置が既に水平的にずれている場合もあります。

そんな現象に現場でいると始終合います。

そして、こういう方には、何故か、不定愁訴が多い。

この解決には、お医者先生が一緒に居れば、実は、心強い場合もあるのかなって想像する事もあります。(これについては何時かまた。)

で、下と上の真ん中が揃う関係性、あるいは、整然性が取れる時、噛み合わせが一体化するのではないかと個人のあたしは考えています。

噛み合わせの学術定義は無いが、噛み合わせが詳しいという価値観があるようです。この心は如何に?それが、いつもあたしを悩ませていた雑音。

条件付けの中に何かがあるのか…
あるいは、見つけていない、そう数学的に言えば、係数みたいなものがあるのか…

さて、少しだけ等尺の話と、等張の話を。

立つ時、筋の長さは同じ、緊張と同じ長さ体系に居る事が基本と考えます。こいつを等尺。

歩く時、同じ歩幅で歩く事が基本。で、その為には筋活動は、同じ姿で出て欲しい。こいつが、等張。

で、歯に筋が付いていない以上、どこについているか?
頭の上から筋が付着している。

さて、顎周囲だけの筋活動が、全てなのか?
顎の筋活動自体は、足先まで活動性の影響があると言うデーターすら出ている。

噛み合わせと身体は関係ないという派閥と、関係あると言う派閥、どちらが21世紀には迎え入れられレべきか?

そんな捉え方もあるでしょう。あたしですか?どっちでも、良いと違うが立ち位置。

臨機応変が現場で、淡々と過ごすしかないから。

で、今日の話。
代診君も手伝って頂くが、正中性を揃えるべく、鞭打ち(鞭打ちで仕事をお引き受けする事は出来ません。医療法で問題になります。)となり、結果、咬合が、ま、歯牙接触癖になっちまった患者の話。

過剰接触の除去から、位置関係作りに入る。

しびれ、楽です。

驚いていた。

補綴と定義を分けた方がいいでしょ?
代診君、納得していた。

で、重い肩こりも併せて持っているディープバイトの患者。

正中を揃えた見たら、楽になっていた。
厄介なのは、水平性が違う事。
さて、仕事としてお引き受けするのか?

まだ、分からない。

実際、仕事として引き受けるのかは別に、代診君は驚いていた。

正しい表現かも、適切な表現かもわからないけど、理屈だけに拘って診療を続け続けた姿なのかな?

ふと、振り返ると思った次第でした。

しかい、今日はきつかった。
元線維筋痛症←症状がないから良いかなって?
こんなのバッカ。
泣きたくなった。

で、いまだ、一人は苦戦中。

臨床は、甘くない。
安易に咬合治療は受ける物ではないと個人のあたしは、経験上思います。

少なくとも身体の関係性を語るなら、等尺とか等張とかも絡めて、身体と噛み合わせが関係あるのかないのか、ここに視点を置かない限り、噛み合わせと言う言葉が一人歩きをして、噛み合わせが悪いと***という、根拠のない世界観になる気がするのは、考えすぎでしょうか?

難しいですね。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

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