じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。

2014.01.30更新

■2014/01/30 デンタルサイクルって、単語じゃん!でも…
デンタルサイクルに関し、歯学部で学んだ際は“素晴らしい表現だな”って結構、感心した事を覚えています。

で、このサイクルの陥らないように治療を心がけなさい。
”なるほど“
で、歯を削れば、もう元には戻らないのだから、慎重に期を見極めなさい。
”なるほど“

でも、歯医者を糧にしなければならない。
で、歯を削って「何ぼ」の仕事。じゃあ、どう考えるのだろう?

いわゆる一人妄想状態っていう奴です。
デンタルサイクルを中心に歯科を考えると、「どうなの、歯科治療は?」ってなるし、歯科治療って何だろうと考えると、「デンタルサイクルって、どうなの?」

と言う具合に、(相反すると思われる)事象が、頭の中で葛藤としてぶつかり合う訳です。すると、面倒になって単純に考えて良いと、単細胞な解決を図る訳です。

きっちりと歯科治療をすれば、デンタルサイクルに陥らない筈!
あるいは、確率が上がる筈!

ん?待てよ?

また妄想が始まる訳です。今度は、疑問編の開始です。
「じゃあ、歯科治療をしっかりとすれば、もう歯科治療を受けなくて済むという訳?」
「でも、物には限度があるじゃない。あり得るのだろうか?」

「じゃあ 、デンタルサイクルに陥らない治療コンセプトなり方法が無いだろうか?」
「でも、どうやら概念として存在しているようだ。」

で、悩み始める訳です。
「単語が、概念?おかしくない?」
デンタルサイクルという、歯科治療のフルコースに患者を陥らせないように、戒め?掟?約束?ま。そんな感じの象徴としての存在が、どうやらこの単語が
生き残っている理由ではないかと思っています。

しかし、問題はこれをどう考えるか?いえ、この単語をどう見つめるか?そんな所なのかなって、思ったりします。

デンタルサイクルという単語、実は、単に歯科治療の未来への歴史を暗示するコースを一言で表したものでしかありません。
それに膨らみを持たせ、歯科従事者に何かを伝えようとしているのかなって
想像する事もあります。世の中には、そんな何かを暗示させるあたかもサイクルという単語で象徴される現象もあるのかもしれません。

つい最近ですと、こんなサイクルを見つけます。ま、適当に流して頂ければ。

過去を科学的検証も成されず、過去の人間に非を被せた離言もあるようです。検証はせず、真実かどうかの検証はどうやら行方不明のまま、名誉を毀損した離言もあるようです。蔑視のおまけに、“平和の少女像”を産み出したサイクル。事の解法は、言い出しっぺによる事実の公表だと個人のあたしは思っています。事実であれば、歴史を受け入れる勇気を持つべきなのでしょう。事実でなければ、歴史に唾を吐く行為になると思えてなりません。

どっちなのか、さっそくでも事実が公表され、検証の評価を受けてほしく思っています。でなければ、考える事も出来ないという物です。これなども、離言が生み出したサイクルと言えるのでしょうかね?

と、まあ、抽象的な表現でつい最近見つけたサイクルを書いてしまいました。

話を戻します。デンタルサイクルに陥らさない為に(歯科医療に従事する人)、これに陥らない為(歯科治療を受ける人)この単語を、この言葉をどう捉えるか、多分、そこに大事な何かが隠されているような気がします。

食す事は、健康の根源の始まりだと思います。

そうなる時、歯科の関わりは避けては通れない物になる気がします。肉体にガタがくるのが時間とお付き合いする際の約束事のようです。
先に紹介した未来の歴史をどうすれば変えられるか、多分、歯科に関わる人は、知恵を絞りながら、この時間の経過でのフルコースの象徴のデンタルサイクルという壁と向かい合っているのでは?と、個人の意見として捉えています。

この事実を受け入れる?というのか、知る?と言う所から、何かが始まるのだと思うのです。この何かは、多分、一言で言うならば、健康への意識に繋がる
事になるのかな?

そんな事を考えて頂ければ…
あたしは、あたしの考え方を紹介したく思います。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.29更新

■2014/01/29 だるまさんが転んだ。離言/依言
デンタルサイクルと言う言葉があります。ま、考え方でしかないのですがね。そのようにあたしは捉えています。

で、何で考えにしか過ぎないというのだろうと、ふと、考えます。
と、その前にその考え方から。

簡単に。
スタート→虫歯になる。→銀歯を入れる→外れる→神経の治療を行う→銀歯を被せる→銀歯が駄目になる→抜く→ブリッジをする→部分入れ歯になる→総入れ歯になる→ゴール

と、治療が段々と、複雑になる。と申しますか、一度治療が始まるとします。
で、時間が進むと、(下手な治療をすれば)上のサイクルに嵌ってしまうよ。という考え方が(多分、分かりやすい治療哲学の一つとして)存在しているという代物です。 
*下手な・の意味は、読み手に委ねたく思います。技術論として捉えるのか、治療体系として捉えるのか、治療パーツの種類、予後なのか等々あると思います。

この考えが守られるならば、世の中に歯科の治療は少しずつ減るのかもしれません。

で、現実はどうなのか?
歯科医院の数は増えているようですね。
で、虫歯の本数は…
一人当たりの口の中にある数は、ここ10数年変わっていないようです。

で、デンタルサイクルという考えはどのように扱われているのでしょう?

現実化は難しいから、理想として存在しているという考え方があるでしょう。
現実を理想に近づける事が大事という考えもあるでしょう。

ま、現実と言う事象Aと、理想と言う事象B、二つの事象が重なるのか、分離する物なのかそんな事を頭の片隅に置いてみれば、歯科医院の数が増えている事実はどのように見えてくるのでしょう。

ま、あたしは見られる立場の方なので、これについてはノーコメント。
ただ、こんな風に事象が交錯する時、別の見え方や考え方を導入すると、どう変わるのだろうと思う時もあります。

ま、端的に言えば捉え方と言うのでしょうか。

言葉で表現する時、あたしのインナーサイドから、外のアウトサイドに出す時。離言と言うのでしょうか?では、吐いた言葉全てが該当するのでしょうか?

言葉に支えられる時。外のアウトサイドから受け入れて、あたしにインナーサイドで支えにする時。
依言と言うのでしょうか?では、受け入れて支えにした物・全てが該当するのでしょうか?

どっかの仏教思想から、表層の響きに感動して用いちゃいました。アホなので、恐れ多く“これっぽちも”お釈迦様の意図など理解出来ていると思いません。ま、意味も分からず響きに感動して使っている次第です。恐縮します。

話を戻します。
治療には、対処療法、原因療法→根治療法と、存在します。

医療現場には、言い方を変えれば対処療法、原因療法→根治治療と存在する訳です。
ここまでが、大きな見方。

じゃあ、歯科の治療では、何を持って対処療法、原因療法っていうのでしょう。
マクロ的な世界観、ミクロ的な世界観。
科学的な性質から考える世界。

と、まあ色々あるのでしょうが…

そんな事を拘って、綴ってみたく思うのです。宜しければお付き合いください。あ、何かを訴えたいとか、そんな大それた野望などありません。あ、一生懸命知って頂きたいという熱さもありません。そんな大それた人間じゃありません。

ま、何かが共有できればを嬉しいかもって、思っています。
待てよ。

その為には、あたし自らの魂をさらけ出す?って事になるのかしら。
さて、どんな事を睨んで、離言と依言にしている事やら。

転ばないよう完結出来るのかしら…ネ。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.21更新

■2014/01/20 噛み合わせのお話のおしまい編
入れた補綴物がありました。年末、腫れて救急に行って、根っこの治療になりました。患者談。
神経の処置はしていません。当院では。で、正月が明けて来院されました。

腫れ(感)は引かず、症状は引かないと訴えられます。膿が溜まったのが原因と言われました。患者談。
主たる原因は何かを考えます。1次の理由とでも言えば良いのでしょうか?

食いしばりをして歯が接触し続けます。寝ている時が一番、感じます。
顎も痛い気がします。

乳突筋の張りを感じ、ま、緩めます。いわゆる筋の緊張をほぐすと言えば良いのでしょうか?

腫れ(感)は引きます。痛みも消えます。

はい。そういう事もあるのです。筋のバランスと言う表現で何かを暗示させようと試みた文章があったと思います。そういう世界もあるという事で。

主体は、患者の言葉である時もあります。それを解析?分析?する事が大事だったりする場合もあります。はい。

対象は痛みの理由だったりする場合もあります。はい。

なんでも噛み合わせにつなげるのは、どうなのだろうという立場を取っています。主体と対象の関係が、明示されない限りどうなのだろうという立場を取っています。

だから、考える事や、共有する事から避けては行けないのだろうと考えています。はい。

そんな観点での生き方を選ぶと、アジアが世界がと言う言葉には、2つの意味がある事を知ります
一つは 日本人である事が嫌になる事を主体に、プロパガンダな価値を対象に受け入れさせる為の常套句。本当?

国語力ないのです。アホなんで。

一つは、広く普遍な地図上の地球サイズの世界。あたしは、こちらが当たり前。

噛み合わせと言う言葉が広まる事はとても大事だと思います。
でも、噛み合わせの定義も無く、独り歩きする事もどうなのかなって、思う時もあります。

だから、噛み合わせに問題があるという患者が持つ意識と、求める噛み合わせと言うまだ見ぬあるべき姿の理想郷とは、一線を引いて考えた方が良い時もあるのかもしれません。

この世には色々な主体と、対象があるはずです。
でも、主体が曖昧で、対象も曖昧で、普遍にもなりえない理想が描かれている時もあるようです。

あたしは、(歯科)医療と言う世界における噛み合わせと言う怖さと、奥深さが
科学になるまで、慎重に考えて欲しく思う立場にいます。

そして、口に携わる歯科医は、常に噛み合わせという魔物と対峙しているという事を沿って欲しく思います。

噛み合わせにまつわる話は、結構本当だと思います。ですが、本質論が見えない現状で、むやみやたらに噛み合わせ治療に期待するのは…

難しいですね。

国語力が無いので、言葉を考えておきたく思います。

人間の身体は素晴らしい。そして、その前でいつもたじろぐ。

噛み合わせを安定させる事に成功しつつある患者。眠剤半分以下まで。半年たたず。イイネ。各種疼痛コントロール系薬、減る。今日の治療でした。
鞭打ちの患者。とりあえず痛みは収める。しかし、予断は許さない。対処療法で済むか、原因療法になるか…1回目の治療。2・3カ月が全てと判断。

臨床はいつも成功するとは限らない。
医療を行うのも人。これが、全て。
苦戦している患者だっている。

だから、忘れてはいけない。小心者でちょうどいい。あたしは、アホだから。それぐらいで良いと思っている。だから、考える事を忘れてはいけない。アホでない様に、考え続けなければいけない。じゃないと、すぐにアホに戻ってしまう。

人間の身体は素晴らしい。そして、その前でいつもたじろぐ。

読んで頂いた方がいらしたら、感謝します。ありがとう。読んだ方も、色々と考えましょう。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.19更新

■2014/01/30 デンタルサイクルって、単語じゃん!でも…
デンタルサイクルに関し、歯学部で学んだ際は“素晴らしい表現だな”って結構、感心した事を覚えています。

で、このサイクルの陥らないように治療を心がけなさい。
”なるほど“
で、歯を削れば、もう元には戻らないのだから、慎重に期を見極めなさい。
”なるほど“

でも、歯医者を糧にしなければならない。
で、歯を削って「何ぼ」の仕事。じゃあ、どう考えるのだろう?

いわゆる一人妄想状態っていう奴です。
デンタルサイクルを中心に歯科を考えると、「どうなの、歯科治療は?」ってなるし、歯科治療って何だろうと考えると、「デンタルサイクルって、どうなの?」

と言う具合に、(相反すると思われる)事象が、頭の中で葛藤としてぶつかり合う訳です。すると、面倒になって単純に考えて良いと、単細胞な解決を図る訳です。

きっちりと歯科治療をすれば、デンタルサイクルに陥らない筈!
あるいは、確率が上がる筈!

ん?待てよ?

また妄想が始まる訳です。今度は、疑問編の開始です。
「じゃあ、歯科治療をしっかりとすれば、もう歯科治療を受けなくて済むという訳?」
「でも、物には限度があるじゃない。あり得るのだろうか?」

「じゃあ 、デンタルサイクルに陥らない治療コンセプトなり方法が無いだろうか?」
「でも、どうやら概念として存在しているようだ。」

で、悩み始める訳です。
「単語が、概念?おかしくない?」
デンタルサイクルという、歯科治療のフルコースに患者を陥らせないように、戒め?掟?約束?ま。そんな感じの象徴としての存在が、どうやらこの単語が
生き残っている理由ではないかと思っています。

しかし、問題はこれをどう考えるか?いえ、この単語をどう見つめるか?そんな所なのかなって、思ったりします。

デンタルサイクルという単語、実は、単に歯科治療の未来への歴史を暗示するコースを一言で表したものでしかありません。
それに膨らみを持たせ、歯科従事者に何かを伝えようとしているのかなって
想像する事もあります。世の中には、そんな何かを暗示させるあたかもサイクルという単語で象徴される現象もあるのかもしれません。

つい最近ですと、こんなサイクルを見つけます。ま、適当に流して頂ければ。

過去を科学的検証も成されず、過去の人間に非を被せた離言もあるようです。検証はせず、真実かどうかの検証はどうやら行方不明のまま、名誉を毀損した離言もあるようです。蔑視のおまけに、“平和の少女像”を産み出したサイクル。事の解法は、言い出しっぺによる事実の公表だと個人のあたしは思っています。事実であれば、歴史を受け入れる勇気を持つべきなのでしょう。事実でなければ、歴史に唾を吐く行為になると思えてなりません。

どっちなのか、さっそくでも事実が公表され、検証の評価を受けてほしく思っています。でなければ、考える事も出来ないという物です。これなども、離言が生み出したサイクルと言えるのでしょうかね?

と、まあ、抽象的な表現でつい最近見つけたサイクルを書いてしまいました。

話を戻します。デンタルサイクルに陥らさない為に(歯科医療に従事する人)、これに陥らない為(歯科治療を受ける人)この単語を、この言葉をどう捉えるか、多分、そこに大事な何かが隠されているような気がします。

食す事は、健康の根源の始まりだと思います。

そうなる時、歯科の関わりは避けては通れない物になる気がします。肉体にガタがくるのが時間とお付き合いする際の約束事のようです。
先に紹介した未来の歴史をどうすれば変えられるか、多分、歯科に関わる人は、知恵を絞りながら、この時間の経過でのフルコースの象徴のデンタルサイクルという壁と向かい合っているのでは?と、個人の意見として捉えています。

この事実を受け入れる?というのか、知る?と言う所から、何かが始まるのだと思うのです。この何かは、多分、一言で言うならば、健康への意識に繋がる
事になるのかな?

そんな事を考えて頂ければ…
あたしは、あたしの考え方を紹介したく思います。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.19更新

■2014/01/19 主体と対象って?
確か、主体と対象と言う言葉を学んできたように記憶している。意味は、向こうに置きたいが、妙にこの頃納得する言葉である。

性格がくどいせいか、あるいは書物を読まないせいか、限られた読んだものから国語力が構成されるから、色々と厄介である。その厄介ぶりが、正しい理解力を省いているのかもしれないと思う時がある。

日本の人が主体であって、日本国内の事がまずは対象と思う性格を、ある性格の媒体に思う時がある。
お隣の国がスンバらしい英語教育施設を作るそうである。このスンバらしい英語教育施設が日本人の主体から生まれるなら、感じる物がある。あるいは、対象が日本人なら考える物もあるのだが、どうやらそうでもないらしい。国語力の理解力がないあたしには、何を考えたらよいか分からなかった。

お隣の国が自国の為に何かをやる。只、それだけだ。日本は関係ない。国語力がない事を痛切に感じる。

まだまだある。時事を理解したく社会で何が起きているかを知りたくて、知ろうとすると、また厄介だ。
日本の人が主体なのか、そうでない人が主体なのか、対象が関わるべき日本の人なのか、日本の人は関係ないのか、良く分からない。唯、国語力の弱さだけを感じる。

ただ、日本はこうあるべきだ。日本人はこうあるべきだと、受け入れる事が前提で知るのでなく、覚える事を薦められる錯覚に陥る。きっと、これは国語力がないからだろう。そこに考える事、疑問を持つ事を許される隙間が無いから余計感じるのかもしれない。日本人である事が嫌になる錯覚すら覚えるからだろうか?

考えて判断するって、とても大事だと思うのだけど、どうも違う価値観がある
ようだ。強制に近い感覚だ。難しい発想をすると頭が痛くなるから、国語力の弱い人間は、気ままに自分ワールドに引きこもる事とにしたい。

今回の噛み合わせのお話の最後と言う事で。

ま、入れた補綴物がありました。年末、腫れて救急に行って、根っこの治療になりました。患者談。
神経の処置はしていません。当院では。で、正月が明けて来院されました。

腫れ(感)は引かず、症状は引かないと訴えられます。膿が溜まったのが原因と言われました。患者談。
主たる原因は何かを考えます。1次の理由とでも言えば良いのでしょうか?

良く良く聞くと、食いしばりをして歯が接触し続けます。寝ている時が一番、感じます。
良く良く聞くと、顎も痛い気がします。

で、対象は何かを考えます。

乳突筋の張りを感じ、ま、緩めます。いわゆる筋の緊張をほぐすと言えば良いのでしょうか?

腫れ(感)は引きます。痛みも消えます。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.18更新

■2014/01/18 噛み合わせっていう現象
ナンチャッテ噛める状態を作っちゃえ。で、トライを開始。が、前回の話。
で、何をしたかと言うと…

具体的には記載できないのがあたしの文章力。ご容赦ください。

まず、触診で上顎が上手く動かないという判断。
頸の可動性確認。
努力呼吸の残気の感覚確認。
結構、生き残っているよと、参ったな。
下顎運動は、どうやら左がスムーズか…

で、ユニットを横にして、左も噛んでいる事を確認しながら、右が噛むようにする。
具体的にどうしたかは、記載しません。歯の咬合正面(咬合面)ではありませんでした。咬合面に置く意味は無いと判断したので…
(ま、これにはこれで理屈があるのですがね。)

で、両方噛んでいるという事を、患者より確認。

ユニットを起こすと…

可能性。
1両方噛んでいる。しかし、どちらかが強く当たる。同じ感じ
2変わらず、右が浮く。
3左が浮く。

結果
ユニットを起こすと、左が浮くという自覚に変わる。3でした。

ウ~ム。左への回旋性を右に戻してみたら、見事に右に移ったか…
顎位と言う側面では、一切移動を加えていません。(顎位に関しては、今回は触れません)

言い方を変えれば、正面から見える歯の位置関係は変えず。只、左側で頼って動かして顎の動きは、右も動かせるように。

呼気残気量の感覚を尋ねると、少し、息を出しやすくなったかな。
頬は痛いです。でも、歯を当てる痛みは減ったのかな?でも、痛いです。

で、触診をしながら、頚部可動域の上部と下部のバランスを取りながら、呼気を確認しながら、右の咬合調整。盛った所をです。当たらないように盛って、右に回旋が出来たら、案の定当たるようになったという事になるのでしょうか?

この作業を繰り返しながら、いつの間にか両方、当たる用になる。
息が出しやすいです。一息で、息が吐けるようになった気がします。
歯を当てても痛くありません。
虫歯で穴のあいている所には、刺激性を避けるために、何も盛っていません。
頬の痛みもなくなりました。

噛み合わせの定義って何なのでしょうね?
面白い事があるなって、捉えて頂ければいいのでしょう。

ですが、臨床の現場は、結構冷や汗をかく様な世界があると知って頂ければと思います。

よろしくお願いします。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.17更新

■2014/01/17 話を横道に 多分、スタンスかな?このブログの
ところで、噛み合わせの定義は?と、言葉をツラツラ書いています。で、読み方を変えれば、まるで批判的に言葉を走らせていると受け止めて欲しくはないのです。

歯科医と言う、一応は、多分、口の中の専門家が書いている文章です。読み手の方になってみれば、こいつらが(歯科と言う専門家が)書いているのだから、正しいのだろうという性善説。もう一つの見方は、稼ぎの準備の為に、いえ、露骨な表現に置き換えれば金の為に、あおっているという性悪説。

2者択一という問いかけではありません。

只、読む際どんな事を感じられるのだろうと言う思いと、あんまり寂しい発想はして欲しくないなっていう、多分、お願いなのかしら。

個人の書いている世界観です。別に、人気が出る事を期待している訳でもなく、親しみを感じて頂いてファンを増やそうという発想もありません。多分、芸能で生きられるタレントであれば、ファンを増やしタレントとしての価値を上げる事を目指す事は、とても自然な流れだと想像します。

価値が上がれば、タレントとして成功する確率もあがる気がします。決して、情報発信をされてそれを、お金に繋げようという発想はないと思います。むしろ、タレントしての価値が上がり、存在感が上がれば、結果は後から付いてくるとあたしは思っています。

ま、個人の考えと、受け流されて下さい。

興味を持って、知る機会になれば、ちょっとは、歯科を大事な存在に置いて頂ければ良いなっていう思いと、あたしが必要な治療体系を備えているのかなって振り返る際の助けになるのかなっていう思いでしょうか?

あまり上手い表現ではないのですが、“やりがいある仕事”でありたいというあたしの内から来るパッションなのかな…

で、何かに興味ある方が、考えて頂くきっかけになれば良いなって思う次第です。で、同時にあたしも考え続けて行きたく思うのです。
この運動の継続から生まれる結果は、面白い物で、患者と共有して治療を進めたく思うようになる事でしょうか?

これは、考えてもいなかった副産物でした。

同時に、強く親しみやすさや、自分の凄さをアピールする様な表現は極力避けたく思っています。
ドコを探してもお気に入りに入れてくださいも、今後の頑張る目標の為、プチっとここを押してくださいも、どこにも置いていないでしょ?

静かに書ける方が良いのです。読み物であり、身近すぎるものを目指さない程度が、医療系の個人の文章では十分では無いでしょうか?目先を追っても、し方あるまい。自分以外は、***等々、意気込んでもくたびれてしまうという物です。

肝心な事は、自分の頭で考え判断される事。それが、ネットが盛んになった効能と言う物でしょうね。

で、先ほどの続き。

なら、ナンチャッテ噛める状態を作っちゃえ。で、トライを開始。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.13更新

■2014/01/16 先日の噛み合わせの続き と言う感じ
先日の話の続きです。噛み合わせで出会った、不思議な現象とでも言えば良いでしょうか?あくまでも、少なくとも2,3年前なら、あたし自身はパニックになっていたかもしれません。

ま、そんな出だしから。

例えば、右側が噛んでいないとしましょう。こういう現象は、患者から聞く事があります。本当?と思われる方もいられると思いますが、そんな場合もあるようですよ。両サイド(右側、左側)と歯列に沿って歯があるにも関わらず。

普通に考えて、左右とも歯が当たっている筈と考えるのが、自然と思います。所が、何故か当たらないように?なのか、歯を患者自身が意識的に当てようとしない場合、触れる事がないという時がある。

大したことは無いと受け止めるのもありでしょう。そういう事もあるのだね、でも良いと思います。
しかし、臨床現場にいる側とすると、悩む所かもしれません。

勿論、悩む現場の人、流す現場の人、何としようと働きかける人。と、乾燥した表現になるかもしれませんが分かれる筈です。何がこういった場合、問題になるかは細かく理由を記載する事は、今回は流したく思います。

で、当たらないという自覚のある側の歯の根の先端方向の歯肉が腫れています。
一応、歯の報告を加えるならば、銀歯が外れています。虫歯の進行性としては、抜髄するか否かのギリギリの深さと付け加えたく思います。そして、慢性的な虫歯と理解ください。

一臨床家の表現ですから、お墨付き成る物など当然ありません。ですから、読み物として受け流して頂く事が一番です。

次に、症状ですが自発痛はない。冷水痛も無い。温痛も無い。只、歯が当たると痛い。

頬が腫れている。そして、頬を触ると痛い。

ここで、多分、どうでも良い話を一つ入れたく思います。
靴ずれの話を触れたく思います。
今回、靴のサイズが合わなく、履く人間の足のサイズに合わないという事にします。履く当事者は、我慢すれば慣れるだろうと勝手な判断をします。

しかし、この靴がまずかった。本人は気が付かなかったのですが、ビッコを引くようになります。只、靴の中の足は相当に痛みを感じたようです。

ふと、靴を脱ぐ機会があり、足の皮が剥けている事に気が付きます。成程、足の皮が剥けたのは、合わない靴のせいだったのか。

ふと気が付きます。ビッコになっている理由は、この合わない靴のせいだったのか。

ま、どうでも良いお話なのですが、続けます。

この腫れの一次の理由は、虫歯のせいか、そうではないのか?
2次の理由で、根の先端が腫れているのか?

もし、2次の理由で根が腫れているのならば、虫歯の治療から入ればどうなのだろう?と、考える訳です。
そして、頬が痛いとなると、根の感染が広がった結果と考える可能性もありでしょう。でも、この場合、相当に虫歯が広がって欲しく願うのです。

で、歯は当たっていない。

ふと、考えます。

歩き方の調和が取れなく、筋バランス(ここでは、この表現に徹します)が取れなく、ビッコを引いている。これは、上手く歩けない事を意味しないのかな?

噛み合わせの調和が取れなく、筋バランス(ここでは、この表現に徹します)が、取れなく、上手く噛み合わない。で、右が当たらないという表現を言っているのではないだろうか?

さて、噛み合わせをいう言葉が、相当に色々な場所で、バラ色の希望の如く光輝いているように感じるあたしがいます。
ところで、噛み合わせって?

この定義が成されると素敵だなって言う立場を取っています。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.12更新

■2014/01/12 噛み合わせの定義って?何だろう?って、思ったりして…
春の七草、七草粥の時期も気がつけば終わり、成人の日が近づいてきました。あっという間なのですね。正月が終わり、生きる為に大地に踏ん張るという意気込みで働くモードに意識を変え、働く人になってみると。
医療に見える(まみえる)生活が当たり前になるなんて、あっという間なのですね。そんな感覚を覚えます。

社会で生きるって、そんな物かもしれません。

そう考えると、意味もなく革命が出来るぐらい意気込んで何も出来ない無力感を知る時間の過ごし方にせよ、意味もなくイライラしていたように錯覚を覚えた蒼さ真っ盛りの頃って、不思議な時間帯のように思えてなりません。

時々、メインテナンスに来られる方が、スタッフと話します。
「この頃、日が陰るのが遅くなってきたように思えるの。」
「12月って3時ごろから陰ってきたように思えるのだけど、1月に入ったら4時過ぎまで遅くなっているように思えるの。」

やっぱり、そうか。何気に窓辺から見える明るさの風情が変わって来ているようで、同じ事を感じていました。

さて、寒さも本格的になって来るようです。七草粥とは良く言った物です。日本の季節を楽しみながら、暖かさを臓腑に行きわたらせ、邪気を追い払いながら、もとい、何か言葉が変、何にしよう。そう季節を楽しみながら、暖を身体に沁み込ませ、活力を持って今年1年踏ん張りたい物ですね。(キメっ!)

話を変えて、噛み合わせと言う項目で何年振りかにネットサーフィンをして見ました。深い意味はありません。何となく、どんな感じなのだろうって?凄く驚きます。相当に歯科医が大事さを訴えられているのですね。頼もしい事かもしれません。

で、噛み合わせって何だろうって、具体的にどれだけの先生が触れられているのでしょう?掲示される数に圧倒されて、実は何一つ目を通さずにサイトを閉じてしまいました。これにも深い意味がある訳でもないです。
掲載されている先生方が、臨床で順調であれば素敵だと思います。あたしも頑張らなければ、って感じです。

さて、メジフェイシャルとかブレーキングに関して、一端今回で終えようと思います。

例えば、スピーの湾曲という歯列の形状があります。
で、下ブレなら、どうやら、下の歯牙形状のスピーは低めに設定する感じですし…

奥歯が低く設定されるという感じでしょうか?
でも、ここに上メジとか、上ブレとなると、また話はややこしくなるようですし…

で、上ブレなら、下のスピーは逆に高めに設定する感じのようですし…
奥歯が高めに設定されるという感じでしょうか?
で、下ブレなのか、下メジでも、また変わるようですし…

これって、相当に臨床において個人としては大事なのかなって思う次第です。

で、参ったな…って、思っていた時に、ふと他の先生は何を…って、考えて→ネットサーフィンをして見ようと思いつつ→数に圧倒されて→もう、いいやって、嫌気さして→すぐにサイトを消してしまった

そんな感じです。
やっぱり、“自分で考えようって”なった次第です。その方が良いのかなって…

でも、歯と歯が当たっている状態を噛み合わせというならば、どんな条件が揃っていないと行けないのか、そんな紹介があるのかなって思って、横着したれと言う具合に、色々と掲載されているホームページから少し興味を持った次第です。結論を言えば、気が変わって読んでいないので何も評価出来る物でも無いです。恐縮します。

唯、噛み合わせって、結構、不思議な世界と個人としては思っています。これだけ、紹介してみたく思います。
次回あたりにでも。とりあえず今日出会った現象を紹介したく思います。

もし、読んで下さる方がいらっしゃって、ご興味があれば、宜しければ、今度お付き合いください。
身体と噛み合わせの関係を重要視するならば、噛み合わせとは何か?結構、業界の人が真剣に、定義づけされると素敵ですよね。そう思いませんか?

それとも、あたしの勉強不足なのでしょうか?

人間の身体は素晴らしい。あたしは、その前でいつもたじろぐ。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2014.01.11更新

■2014/01/11 考えている事?(そんな大それた物じゃないと思う)
それぞれの仕事には、きっとそれぞれ醍醐味と言うのか、見せ場と言う物があるように思います。と、唐突にいつものように始めながら、今日一日も終わる。

ところで歯科医の醍醐味って、何だろうって思う時があります。
ところで、歯科医の見せ場って何だろうって思う時があります。

今の所、あたし個人は正直良く分かっていないようです。
と言うよりも、考えた事が無いと言った方が正しいのかも…

人それぞれの性格でしかありませんから、そんな人間もいるって言う事でご容赦頂ければと思うのです。

例えば咀嚼する際、下顎は多分、一生懸命動く筈です。その動きが正しいかどうかは、別なのでしょうが。

では、上顎はどうなのでしょう?

確か、ギジーの理論では、頸椎の第1番と2番あたり?あれ、3だっけ?を起点に頸の動きに連動させながら上顎は付いてくるなどと、一つの現象について解説されていたように思います。

で何を言いたいかと言えば、上顎は頸と連動させながら咀嚼に関わる。下顎は上顎にブランコのようにぶら下がりながら、咀嚼活動に勤しむ。

で、悩む訳です。
この動きにおいて、上顎と頸椎のバランスが崩れた場合、どうなるのだろう。
上顎にぶら下がる下顎のバランスが崩れた場合、どうなるのだろう。

例えば、頭を支える頸は、簡略の図系化で表現すれば、冒険的かもしれませんが4つの大きな筋で支えているという表現を使っていいかもしれません。で、4つのでっかい動脈が、それぞれ走っている。ざっくり言えば、前に2本。後ろに2本って言う具合でしょうか?

じゃあ、他の哺乳動物さんは?アホですから、興味を持って調べてみる訳です。

豚さん。同じかも…お猿も同じかも… で、動物はこれぐらいでいいやって、調べる事をやめてしまう訳ですが、何かを感じる訳です。

姿勢と言う見地では、2足歩行の動物は人類しかいないから、確かに走る方向性と言うかベクトルは違うけど…って、興味を持つ訳です。

で、先の話に戻るのですが、上顎と頸のバランスが崩れた場合どうなるのだろう?上顎にブランコのようにぶら下がる下顎はどうなるのだろう?この時に、妙に脳裏に引っかかったのが、ブレーキングフェイシャルと、メジオフェイシャルと言う言葉でした。

もしかしたら、現場で短時間に見抜ける方法が無いだろうか?もしかしたら、先に紹介したバランスの問題事態に何らかの糸口が見つかるのでは?って…

どうも確信は無いのですが、原点の頚部固有感覚と言う一時、相当に着目していた場所に戻ったようです。

あたしはこの仕事の醍醐味や見せ場を語れる物は、何だろうと逆に悩むタイプです。
この社会が資本主義経済を選んだ以上、そして、ここで生きるしかない以上、生産性に拘る意識を捨ててはいけないという意識を常に持つようにしています。前者は誇る自らの大事な心の箱から、輝く光を見せる物だとすれば、後者は、資本主義で生きる側の宿命だと思っています。

で、きっと、歯科医療の場合”確実性・安全性・スピード性“なのだと信じる立場を取っています。
これが確かになれば、きっと素敵な事が起こるのかなって信じています。で、何が?って、なると、逆に悩んでしまいます。そんな性格なのでしょう。

でも、どうもブレ・メジと言う発想は、治療において側においておかないと調子が悪い物と思うようになっています。ルーチンと治るスピードが、どうも上がっているように錯覚すら覚えます。勘違いが多い人間なので、きっと思い込みなのでしょうが、どうなのだろう?

関係ありませんが、どうにか新しく患者の治療を行える小さな時間枠を作れたようです。一時は問い合わせの電話が来ても、どうにも対応が出来ず、お断りする以外選択肢はありませんでした。少しですが、多少の余裕は生まれたようです。
受け入れられませんと言う旨を記載してから不思議と、問い合わせの電話が来る事はありませんでした。
きっと、読まれていらっしゃる方がいたのだと確信をしました。
まさか、と、本当に驚いた次第です。ご理解いただき、本当に、助かりました。

併せて読んで頂き本当に感謝します。

クリニックも、医療機関の一つです。もし、お役に立つ場面がありそうでしたら、どうぞ問い合わせをされて下さい。
よろしくご了解いただければ幸いです。

*唯、一人の歯科医による運営を基本としているクリニックです。受け入れられる人数には限りがある事は、予めご了解ください。
また、当院の性格と異なる現症でお悩みの場合、確実性や安全性と言う見地からお断りする場合もございますので、何卒ご了解ください。

 

投稿者: こすが歯科医院

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