じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。

2013.11.30更新

■2013/11/30 固定観念でお仕事するのか、舞台を考えて演出するのか?
過去の連続が結果と言う言葉があるようです。過去の連続性も無く、ご事情に合わせて急に矛先をよその国に向ける事が好きなお国があるようです。攻撃的に矛先を向ける儀式も、毎度のように貶める儀式には、正直閉口する次第です。

合わせて、民主主義は多数決で決めるだけなのか、その手法は横暴だという、論説だけでは正直、寂しく思う時もあります。
「社会の秩序を守る為」にが目的語ならば、どこに落とし所があるのか、どこを修正すべきかと言う発想には行きつかない物なのかと、魑魅魍魎の世界は素人のあたしには険しい顔で見つめないといけないと思う今日この頃です。

“現状を守る”と言う対象には、二つの手法があるのかなって想像します。
・環境が変わらないのであれば、勤続疲労が起きていないか確認する
・環境が変わって来て、先々問題が起きる可能性があるとするならば、事前に準備をする。変えるべき点を修正するなり、ざっくりと変えてしまうかな?

多分、こんな所かと思うのです。環境が変わって来ているのに、現状維持が出来ると思い込む瞬間、実は固定観念になってしまい、何も見えなくなるのではと考えてしまいます。
“現状を守る”には、どうすべきか。多分、こんな所に、賢い方々にはご苦労はあると思いますが、是か非かの分かりやすい対戦であって欲しくないと思うのですが、難しい物なのでしょうかね。

単純に未来を紡ぐ為に、どうすべきかと言う訳にはいかない物なのでしょうか。未来が舞台の像ならば、魑魅魍魎に身を任せて、横暴と言う演出にはならないような気もするのですが、どうなのでしょう。未来にあるべき姿に、ルール作りをする方が賢明と思うのですが、ルール作りに参加せずに、一方的に「ほら見た事か」であれば、魑魅魍魎の住民以外どんな表現があるのでしょうか。寂しく思います。大事な作業に、あるべき演出された舞台を見たいと期待したいのが国民の気持ちであります。

さて、あたしの舞台と言えば、歯科治療。
前歯の過剰接触は、相当に患者たる者、嫌な感覚のようです。回避反射、逃避行動、過剰接触による社会活動への影響と、実は、結構、問題だったりする気がします。

単純。
歯を削っちまえ!という手法もありかもしれませんが、結構、その瞬間、顎位も変わり、次の問題を派生させる場合もあるから、事はややこしい。

歯医者の仕事が、虫歯、歯周病で治まる時代であれば、きっと、ややこしい事も無いのでしょう。

ですが、科学の進歩は8020運動に象徴されるように、如何に80過ぎても歯を残せるか考えてみようの時代です。ともすれば、この事象が、決して“現状維持”をする為に、固定観念で管理すれば上手くいくという訳には参りません。固定観念で治療をすれば上手くいくという訳でも無さそうです。

さて、この固定観念と、あたしが称す物が何なのか、そんなお話。

人間の身体は素晴らしい。その前で、いつもあたしはたじろぐ。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.29更新

■2013/11/29 解明って、どういう意味だろう?ハぁ~
骨と言う構造体を上手く利用しながら、筋肉が動くのか?
骨と言う構造体を頼って、筋肉が動くのか?

多分、前者は関節の可動性を利用して、上手く動く感じ。
多分、後者は関節の可動性が劣化して、ぎこちなく動くって感じ。

なんていう出だしで書いた物の、中々、妄想の世界観の為に、落ち切らないようで困っています。何かを伝えたく書いているのかと自問自答してみても、“どうなのだろう?”と思わず自分自身に問い返すあたしがいます。

あたしは歯科医ですから、慢性疼痛と言うジャンルに関しては、おそらく専門家という枠内に収まる事は今の常識ではありえないと思います。只、何故か、そんな方々とお会いする機会に恵まれ、慢性疼痛に関して考える機会に恵まれます。不思議な物です。ま、妄想の一種なのでしょう。

考え方の一つの手法に、現象を「カッコ」の中に入れて、もう一度、振り返るなどと言う方法もあるようです。

自らが拘る事象と言うのでしょうか、現象と言うのでしょうか、ま、対象と言う表現が妥当なのでしょう。そう言った物を自らの意識からいったん外す作業として、そいつら対象を意識の中で「カッコ」内に扱いを変えて見る訳です。すると、あたしの拘りは、厳然と変わらずあるのですが、ちょっと余裕を持つ気がしたのです。

指定した「カッコ」内の事は、多分、変わらず拘っているのでしょう。でも、「カッコ」に入れて見ると、自分に分からなくても仕方ないとか、自分には向いていないとか、言い訳をする事も許された気がしたのです。アホなあたしですから、こんな言い訳でも準備しちゃえば、気持ちにも余裕が出来るという感じです。固執して余裕をなくすよりは、まだましなのかなって思う訳です。

「カッコ」に置けば、外から見る余裕も生まれるし、色々な角度から、遊べるのかなって発想したりもするのです。世間で言う常識に囚われると、どうも、この慢性疼痛って言う奴は、調子悪い気がしたのですね。

で、この準備が終えると、懐疑する自由が出ます。反復、反芻する、そうあたかも妄想するが如く時間が得られます。あるいは、文献からの、あるいは臨床から経験を、「カッコ」の事と、比較・検討する自由も得られるような妄想を持てる気がしたのです。
その対象を冷たく見る事が出来ればできるほど、図系化が出来るのではないかと発想(妄想)します。主観的な感覚をどれだけ排除出来るか、そんな事を考えるというか発想妄想したりします。

で、慢性疼痛という舞台にもう一度下りて見る訳です。どんな演出が必要なのか、何らかのメッセージが隠されているのではないかと、発想妄想する訳です。

で、「カッコ」においていて、客観視する条件は、医学知識がある人が、もし疼痛性疾患になりお会いする機会に恵まれれば、“もしかしたらが”起きるのではないかと発想する訳です。戻って、妄想する訳です。いいえ、期待するという方が正しいのかも…
医学知識の温床からスンバらしい何かを知ることが出来るかも…と、淡い妄想を持つ訳です。

あたしにとっての非主観的場所は、さしあたって、舞台の演出ではとても難しい構成と考える訳です。あるいは、演出家のレベルが低いと表現すらかもせない箇所と考えるのが自然と振り返ると思う訳です。そんな偶然に近い、確立と出会える機会があればと妄想する訳です。

筋の代理・補償と言うメカニズムの過補償という可能性や、神経筋機能のポジティブ・フィーッドバックと言う当初気が付いていた問題点は、まず間違いないと、今もって発想妄想しています。歯科医が関連性として、おそらく直接的に影響を与える頚部までは、その範疇という確信はありました。というのも、咀嚼運動の際、頸椎23周囲を軸に、頸も動いているのでね。本当かなって思った方は、どうぞ、頸に手を当てながら食事されて見てください。実際に、動いている感覚を確認出来ると思いますよ。只、まさか全身まで、影響を及ぼすとは、これは、困りました。ちなみに、論文の世界では咀嚼運動時、足先まで筋活動をすることはすでに確認されています。これは、当時、実感として湧かないから厄介な代物でした。

話を戻します。で、非主観的場所に、慢性疼痛のいわば隠された本質と思いたい対象を知った時、あたしは、身を持って開業医が手を出す世界ではないと確信もしたようです。多分、これは、感想だと思います。

噛み締めていないという指導は正しいでしょう。が、1日のうち、どれくらい噛み締め続けてしまうのかという発想の転換も、「カッコ」の対象を、客観視してきた結果のように思う時もあります。

さて、落ち切らないようですが、妄想という部分に「カッコ」を置いて、振り返って頂くと、何かのオチが見えるかもしれません。

今回は、落ち切らない所で、おしまいと言う事で…
お後もよろしいようで。

 

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.28更新

■2013/11/28 解明という行為は本当にありえるのだろうか?
骨と言う構造体を上手く利用しながら、筋肉が動くのか?
骨と言う構造体を頼って、筋肉が動くのか?

多分、前者は関節の可動性を利用して、上手く動く感じ。
多分、後者は関節の可動性が劣化して、ぎこちない動きって感じ。

そんな事を記したのが、前のお話。
で、そんな時に、妄想したお話。主題は、慢性疼痛と言う事で…
で、歯科医が慢性疼痛にかかり、歯科で治れば、歯科に可能性を見いだすのでしょうか?
で、お医者先生が慢性疼痛にかかり、医科で治れば、医科の実力を確認されるのでしょうか?

で、ここに対処療法、原因療法、根治療法と言う言葉遊びをしてみたく思うのです。

例えば原因の器質要因が分かっていたとすれば、実は単純にメカニズムが分かるのではないかと勝手連ながらの想像をします。あくまでも、器質障害の部分が分かれば、です。ここが、肝心。この器質障害が見つからない事に、どうやら疼痛性疾患のあるグループは難解な見えない方程式を解くが如く、医療者は挑まざるを得ないのかなって思うのです。

で、妄想が膨らみます。有効性と価値観を自分なりに整理できないだろうかってね。この妄想時点では、多分、対処療法と原因療法と言う視点で何かを悩んでいたのでしょうか?アホ故に昔過ぎて覚えていない気もします。

で、医科の世界観のなかで、有効性と言う評価の一つに理学療法があるように感じます。あたし個人の解釈では、脳の回路へのアプローチと捉えて見ます。生理学的な観点に立てば、反射経路のプログラミング?という発想を持つに至ります。

これは、刺激のキャッチを会得できるかどうかにかかっているのではと、勝手に妄想を膨らませたりする訳ですね。

この刺激の記憶をスプリントに記憶させることが出来れば、面白い事がおこるような予感がします。今現在は、お会いする症例の病態偏差値が上がってきているようで、結果、この手法は、この頃使う機会に恵まれない事も、不思議だなって思う時もありますが…ま、人生色々ですから、仕方が無いのでしょうが、実際は、苦労はしたくないものです。やるしかないから、やるんだ、なん~っていうエネルギーはあたしの場合、出したくても出せない物といまだ、思っています。この頃のお話は、初期のHPの方に紹介してあるような気もします。読み物ですから、具体的には書いていないと思います。あくまでも読み物ですので、どうぞ、ご了解を。

ま、さておき。

で、話を変えて、別の事を数学的に考え始めます。このどの組み合わせが、重なると何か、爆発的な事が起きないか妄想したりする訳です。

・お医者先生が慢性疼痛になる。 
・歯科医が慢性疼痛になる。
・お医者先生が、歯科医のあたしが、どうしても罹患者に対し感じる口腔の違和感の集合体と同じ目を持つ。
・歯科医が、慢性疼痛に対する医科サイドと同じ見識を持つ。知る。

・お医者先生が、慢性疼痛になると口に何が起こるか、現象(症)を体感する。
・歯科医が慢性疼痛になると、口に何が起きるか現症(象)を体験する。

痛みに耐えると、なるほど歯はこういった具合に崩壊するのか?それを放置すると、なるほど口環境はこういった具合に壊れるのか。痛みを誘発すると、口はこう反応するのか?

これは、自らの身体でも理解は出来るのかなって妄想するのです。ですが、自分でも気が付かない世界もある筈です。医療の知識が無い患者から得られる情報と、実体験を介して知る医療情報は、おそらく違うだろうなって妄想します。

さて、この妄想は、どうなっていくか?
それは、またの機会に。

今回はここまで。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.27更新

■2013/11/27 解明の難しさ で思うある一面(仮説なのかな)
骨と言う構造体を上手く利用しながら、筋肉が動くのか?
骨と言う構造体を頼って、筋肉が動くのか?

多分、前者は関節の可動性を利用して、上手く動く感じ。
多分、後者は関節の可動性が劣化して、ぎこちない動きって感じ。

で、異常が無い=器質の問題が出ない=物が壊れていない。
この場合、筋肉と言う事になるのでしょうか?

で、考えてみたいのです。
筋肉に異常が無く、筋肉が頑張りすぎている時。何が起こるか?ここに、慢性疼痛の厄介さがあると考えます。
もし、所見として、症状にしか現症が無ければ、この治療には、対処療法、原因療法、根治療法のどれが向きあえるのでしょうか?
と、アホみたいな事を考えるのです。

原因が見えないうちは、対処療法になるのでしょうか?慢性疼痛に対峙する際には?

歯科医のあたしからすれば、不思議に感じる時があります。
慢性疼痛と顎関節のトラブルは、関連性が示唆されていても、ここに、歯科界は、身体との絡みは業界の違いと見えない壁が置いているのかなって、光景を感じる時があります。
その一方で、お医者先生の世界では、顎関節の絡みに関しては、同じように関連性に関し無関心という壁を置いている光景を感じる時があります。

実は、これがとても不思議な感覚を覚えます。関連性があるなら、いっそのこと医療界という同じステージで、壁を破って研究が進めば面白いのに…って、思う時もあります。もったいないけれど、実は、それがとても難しい事なのだと同時に思います。
畑が違い、歴史背景が違えば、中々、同じ言葉を使うと言え、交流は難しいと思うのです。

ここで、どんな条件が揃えば交流が深まるのだろうと考える訳です。
お医者先生が慢性疼痛に罹患されて、歯科界の力で治れば、始まるのでしょうか?
歯科医が慢性疼痛に罹患されて、医科の力で治れば、始まるのでしょうか?

多分、これでは交流が深まらないと思うのです。上手く言えませんが、一方通行の関係で治る、あるいは、症状が消えるならば、多分、本来の疼痛を根治療法、いえ、それが無理ならば、原因療法を捉える側が、原因論を証明して、治療法が確立するのではないかと思うのです。

唯、忘れてはならないのは、慢性疼痛罹患歴5年以上経過すると、その多くは、いわゆる整体と言われる世界に頼る住人になる。ここがあるから、どうしても現場では忘れがちになってしまう疾患のようです。

そういう意味で、慢性疼痛性疾患の研究は厄介だと、別の側面でも思うのです。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.26更新

■2013/11/26 治療の種別? 対処療法・原因療法・根治療法?
向こうの方では、防衛識別圏と、きな臭いお話が聞こえてきて正直、迷惑な事です。迷惑ぶりを関係ない大風呂敷を兎に角、あちらこちらに拡げるのも如何なものかと思う次第です。合意されたルールを一方的に変えて、向こうのムードで決めたと思われる言い分の言いがかりには、困った物です。関係者方々の、ご苦労を考えると本当に頭が下がります。毅然とした心だけは自分自身、失いたくないと思う次第です。

さて、根治治療、原因治療、原因療法、対処療法などと言う言葉があります。
例えば、根治治療は、何らかの病気が再発しないよう完全に治す治療の事。原因療法と言えば、症状や疾患の真の原因となっているものを直したり取り除いたりする治療法と言うようです。この対局の言葉が、対処療法になるようですね。

深いレベルでの原因療法を行わない限り、人体というのはたとえひとつの疾患を物理的に治療しても、次から次へと他の疾患が現れてくる、こんなことも、たびたび指摘や、報告がされているようです。

さて、深いレベルと言う試みを行う時が、あたしとすれば根治治療になるのかなって考えたりするのです。

あたしらの業界では、顎関節症においては積極的に治療すべきでないという考え方があります。と、同時にスプリント治療が推奨されたりもします。

で、何気に考える訳です。
これは、対処療法にならないのだろうか?

簡単に話を続けます。
顎関節症は、顎関節症学会が定義された顎関節周囲組織の問題から、慢性疼痛の問題の中に含まれる顎関節症と分類があります。言い方を変えれば、顎関節の問題と、他の部分の痛みには関係ないという立場の前者と、全ての痛みを認め、その中の一つに顎関節症にも問題が出るという後者の立場。

罹患されている方々には、どちらが自然なのでしょうか?少し、興味があります。

さて、まとめに入ります。
対処療法、原因療法、根治(治療)療法と言う捉え方自体が、あたしらの業界にどこまであるのだろう?なんていう事に疑問を持つ訳です。
もし、捉え方がしっかりとあれば、治療のガイドラインと申しますか、ルールが見えていくだろうに…抽象的ですが、そんな事を思うのです。

多分、根治療法と言う概念が、あたし自身の視界にはっきりと見えなかった事が、とても大変だった臨床での理由なのかなって思うのです。そんな刺激を、ガイドラインと言う側面でも先を行っている医師界のお医者先生から得られたというお話でした。

オチ切らない所で、今回はここらへんで。

個人的報告になるのかな。
まずは、原因論の話かな。原因と治療に対して、深く知る羽目に陥ります。筋の活動が、身体に悪さする可能性があるか、誰か聞いてくれあたしの中の勝手連運動で、国内の大学のどっかと、タイまでは話に行ったりもします。アホな情熱でもあり、必要なアホさだったのかな?って、思ったりもします。お医者先生とは、治療を介し、何かを知るし…
でも、言える事は、一つ。これら過程が無ければ、何かをまとめられなかったという事。
で、多分、この先が報告になるのかな?
これは、あたしという自分への報告で。自分への叱咤・激励と言う次第。
5年ぐらいかかったけど、歯学大学の先生の協力を少しだけ得られそう。
長かった…
公にすることで、何かのきっかけになって欲しいと、もう少しだけ、休みなしの生活を選ぼうと、奮起したく思いますって言うお話でした。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.22更新

■2013/11/22 何かめげそうの、結論だと思う。(多分?)
多分、噛み合わせの治療はとても大変なものだと臨床の現場にいると思います。
多分、慢性疼痛絡みの治療は、とても大変な物と臨床の現場に立つと思います。

ま、これはあたしの視点で書き記しているので、適当に流していただければ。

唯、相当に医院運営が煮詰まっているような気もしています。個人経営ですから、独立性と言う意味では常に立ち続けなければならない物と認識しています。
でも、独立性を保つには、患者とコミュニケーションが常に無ければ、保てない物と個人のあたしは、理解しています。

特に、顎位がおかしくなってしまった方に関しては、勿論の事、コミュニケーションが相当に要求されます。
オーラルリハビリテーションと言う言葉があります。
壊れてしまった物が、何なのか?歯だけが壊れるのか?当然、そんな現象もあるでしょう。
歯は何とか無事でも、歯周組織がおかしくなっている場合もあります。こんな現象もあります。
で、合わせて歯を失っている部分の回復、方法論としては入れ歯とか、インプラントかになるのでしょうか?

で、これらの共通点は、唯一つ。器質即ち物が壊れている状態と言えば良いでしょうか?

では、他の現象はないのでしょうか?いえ、現症はないのでしょうか?
例えば、舌があっちこっちにフラフラ、不安定、とか→こんな表現にします。
例えば、顎がガチャガチャ、不安定→こんな表現にします。

で、こんな現象に巻き込まれて、筋肉の活動がおかしくなると…
筋の廃用性委縮なら、れっきとした病気君で、何らかの名前が付いて。客観評価、即ち、検査所見で姿を現す病気もあるでしょう。

では、筋肉が緊張して、活動しまくって、肉体には疲れがたまって…こういう現症は、病名は与えられるのですが、客観評価、即ち、検査所見が中々、出てこない。これらにも病名が付いていますが、さてさて、治療になるとさてはて、問題が多いようです。

落語風に話せば、原因療法、対処療法、根治療法と、色々とありますが、さて、いざ、病気になってしまえばどうしましょうか?えっ?ここから選ぶとなれば、誰だって、根治療法を選ぶのが自然。それが自然かもしれません。原因療法のアプローチを患者になれば気も弱くなる分、選びたくなるというのが人間の性と言う物。表面的な症状の消失、緩和となれば、あまり望ましい物じゃない!って、言葉の意味をしれば変わるのが、人間の身勝手さって言う奴でしょう。でも、あたしは自然と思う立ち位置に所属しています。

歯医者さんに行けば、器質の病気なら、よっしゃ、ここを治して新しい歯の形態を与えれば、答えは単純。噛める歯が誕生するという訳、というお話の筈。だから、ネットをサーフィンすれば、物語は単純になります。インプラントを入れれば、噛めて、歯並びを治せば、噛める事が決定。でも、この作業は物理的に手を加えただけの作業と言う評価になる可能性もあります。

オーラルリハビリテ―ションと言う言葉があります。
人体というのは、たとえひとつの疾患を対症療法で物理的に治療・抑制したとしても、根本原因を放置したままでは、他の臓器などに次から次へと他の疾患が現れてくる事があることは、歯科といえ指摘・報告がされています。

風邪と違い自然治癒が効かないのが、もしかしたらオーラルリハビリテーションの概念。じゃあ、何を持ってオーラルリハビリテーションと言うの?これが、曲者の内容。

あたしらの仕事の側面が、大工作業と言う物理的側面がある限り、物理的な作業は常に要求されるのは自明。でも、医療と言う限り、その先が合わせて用意されているのでしょうかね?

多分、あたしはこれを言いたいのかな?

で、報告。
暫くは新たな患者を受け入れる事は、御休みしようと決めました。開業して5回目の経験です。個人事業ですから経営的には、これは相当に恐い事です。でも、クリニックの疾患の対峙と言う側面を生産性と捉えると、生産性の落ち込みは受け入れがたいと覚悟をした事。独立性を保つ上で、コミュニケーションをしっかりと取りたいと、立ち位置を改めて確認した事。

今は、例えばもうすぐ終わりが見えている元・線維筋痛症の患者のゴールをしっかりと守りたいとか。例えば、ようやく、顎位と舌と、歯の位置関係を掴みかけ、痛みがようやく解放傾向になり始めた患者をしっかりとリードしたいとか、舌の位置関係について自覚を持ち始めた患者を守りたいとか、そういう医療人としての欲求に従う事としました。

あたしの院長のはしくれ。医院は、疾患と対峙する所に基本があり、全ての患者を受け入れる余力は、今のあたしの所は今の所、無いようです。そんな事を決断しました。

そんなご報告です。
経営者としては、とても不安な決断ですが、ま、ケセラセラと言う感覚で、行ってみようという感じかな。この期間は、とりあえず今年いっぱい、といっても僅か1ヶ月半ぐらいですが、場合によってはもう暫くかも。(その時は、また報告します。)

もし、読み物として読んで下さる方がいらっしゃるならとても感謝します。書き物は、とりあえず書いていこうと思っていますので、イイネ“って感じであれば、時々、目を通して頂ければこの上なく、幸せです。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.21更新

■2013/11/21 何か めげそう 3
何かめげそう
あたし達の口の中には、スピーの湾曲と言う平面性を暗示する物があるらしい。で、こいつが結構、大事みたい、と、知っていく。
嫌になっちゃう。
BULLの法則、MUDLの法則 ←咬合調整のある法則性のルール

こいつが、何を意味しているのか、知るのに、相当時間がかかった自分の能力に。本当に嫌になっちゃいます。

モンソンカーブの意味、スピーの意味。
あたしは、この神が与えたのか、進化の過程で得たのか、実は顎位を安定させる上で、とても大事な気がします。

本当に、嫌になっちゃう。
もっと、この展開の意味を知らなければ、咬合の持つ凄さも意味も分からないのだと、理解が深まっていく。

本当に人間の身体は素晴らしい。

だから、本当にめげそう。今年ももう少しで終わる。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.20更新

■2013/11/20 王様の耳はロバの耳 なんていう話 ?
クイズ?「一端身に付いた常識」は、変わるのに大きなエネルギーが
ア) 必要である イ)不要である

クイズ?「あなたにはあなたの常識があります。」では、質問。「世間の常識」と、どうでしょうか?

ア) 距離があっても不思議ではない。
イ) 距離を合わせる努力をしている
ウ) 考えた事もない

どの常識の中に自分を置くか?
どの常識を選択するのか?
どの常識を持って、生きていくか?

あたしが、どっかで見聞したお話なのか、フィクションです。

心の担当のD先生に、今日あった事を報告する患者。
「では、舌を上に置いてみたら如何だろうか?」
“王様の耳はロバの耳。”
「ならば、歯を普段当てないようにして見たら如何だろうか?」
“王様の耳はロバの耳。”
「そんなことはないよ。まずは…」
“王様の耳はロバの耳。”
「舌を上に置けば、過剰な情報は身体に行きわたらないように…」
“王様の耳はロバの耳”
「歯を無理に接触させると、過剰接触情報が…」
“王様の耳は、ロバの耳”

母親の下には、昼に夜に電話がかかってくる。『お母さん』この声を聞かないで済む日はいつ来るだろう?この子は、9年歯で人生を…
そして、C先生とどうにも、上手くいかない日々が続く日、とうとう家族が立ちあがった。今までも、開業医のR(仮)先生を紹介してきた。開業医で始まった物語だからこそ、患者はどうしても腰を上げる事は出来なかった。

「気分を変えて行ってみたらどうだろう。」
“・・・”
「実際、どうするかは別に話してみても良いので無いか?」
これが、父親の言葉だった。

そして、今は…
薬も卒薬出来ている。身体の痛みも一時ほどではない。一部身体の正中性に沿って、ところどころあるが、それも確実に消えて行っている。

思わずR先生に聞きます。何を話したのですか?
え?
患者が言うの。
“歯がぶつかってしまうのです。”
「良いんじゃない。」
“えっ?”

“舌が上に行かないのです。”
「良いよ。気にしなくて。」

で、元気になっている感じだよ。ま、このお話は今回はここまで。
あたしの所の話かって?まさか!

唯、あるべき事が出来ないから問題と捉えるのか?出来ない事に問題の本質があると捉えるのか?

身体と歯は関係ないと、捉え、リエゾンと言う新しい医療スタイルがここにある。即ち身体を薬で整え、効率よく歯の治療が進むように考える医療がここにある。身体がおかしいから、あるいは、心がおかしいから、こいつを整えながら、歯科を取り組もう。理念と運用の分業と協力関係で行うって奴なのでしょうか?

身体と歯は関連性がある筈。で、それぞれの科が独立性を保って歯科が力を貸してもらう。んなもん、歯科が中心に考えるべきだろう。歯科由来の関連性に問題がある筈。理念と運用を歯科が考えて行うべき、って奴なのでしょうか?

明確な事は、最終責任の居所は、みんなで一生懸命やっているのだから、みんなさ。と、歯科が一生懸命やって、駄目だったあるいは、上手くいったね。と、単科、即ち主治医が責任を持つのかの、差になるのでしょうか?

医療は難しいという事で、今回はここまで・
おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.19更新

■2013/11/19 王様の耳はロバの耳  なんていう話 3
あたしの所の話かって?まさか!
あたしが、どっかで見聞したお話なのか、フィクションです。真実は、解釈の身に存在する、な~て言う具合に、読み物ですので、読み物としてのノリで行きましょう。お願いしますね。真実は、身体と歯は関係ないで良い筈です。あたしだって、そういう時期がありましたから。今も思想改造中、と言う事で…

どこかの落語ではないですが、治せなかったらお金を返します。凄い先生ですね。で、オチは、治せる人以外診ない。その心は、これが大事なポイントと言う事でしょうか?分かりません。落ち切らない所で話の続き。

心の担当のD先生に、今日あった事を報告する患者。
「では、舌を上に置いてみたら如何だろうか?」
“出来ません。”
「そう言わずに、やってみたら如何だろうか?」
“努力しているのですが、出来ないのです。”
「ならば、歯を普段当てないようにして見たら如何だろうか?」
“出来ません。”
「そう言わずに、試みたらどうだろうか?」
“やっているのですが、出来ないのです。”
「そんなことはないよ。まずは…」
“王様の耳はロバの耳。”
「舌を上に置けば、過剰な情報は身体に行きわたらないように…」
“王様の耳はロバの耳”
「歯を無理に接触させると、過剰接触情報が…」
“王様の耳は、ロバの耳”

「よく眠れるよう、その薬を…」
母親の元には、再び悲鳴の電話がかかってくる。
『お母さん。』

心休まる日々など、母親には許されないのだろうか。子を心配する事が、母親の仕事とどこかの本で読んだことはある。でも、ここまで何も出来ない中、聞くしかないのだろうか…

C先生の下を訪ねる。
「今日は、あなたが言う高さにしましょう。」
“分かりました。”
「どうですか?」
”少し、高い気がします。“
「分かりました。あなたが言うから低くするのですよ。」
“分かりました。よろしくお願いします。”
調整後
「如何ですか?」
“今度は高くなった気がします。”
「あなたが高いと言ったから、低くしたのですよ。」
“でも、高いのです。”
「あなたが言ったから…」

“王様の耳はロバの耳”
「あなたが低くしろと言ったから…」
“王様の耳はロバの耳”
「あなたは、高いと言わなければこのような…」
“王様の耳はロバの耳”

そして…
再び、母親に電話が来る。

あたしが、どっかで見聞したお話なのか、フィクションです。

で、思わず想像するのです。もし、数学であれば、方程式を解くのに次元数が足りないのかなって…

このお話を教えてくれた方に聞きます。
数学的に考えたら、何か足りないという気がするのですが…
どうなのでしょう。

にやって笑って、答えられます。

今回は、ここまで。

人間の身体は素晴らしい。そして、あたしはその前でいつもたじろぐ。

おしまい。

 

投稿者: こすが歯科医院

2013.11.18更新

■2013/11/18 何かめげそう 2
何かめげそう。
歯が摩耗すると、顎運動の軌道が変わる事があります。
で、その変化が、時に厄介な事を起こす時があります。
例えば、歯列不正がある場合、その摩耗度合いも不自然に起きるという表現を使えば良いでしょうか?
この軌道変化を、捉える事が出来れば、多分、自然科学の言う現象は捉えた事になるのでしょうか?どうなのでしょう。

更に言えば、この軌道が変わる時、確実に顎位が変わる訳です。
顎がずれるから、身体がおかしくなるという単純モデルを否定する立場ではありません。
問題は、顎位がその人の許容範囲を超してしまった場合、何が起こるか。
そんな所にポイントがあるのでしょう。

でも、そんな疾患の方を何人も一カ月に受け入れるだけの能力は、クリニックには無いようです。だから、めげるのでしょうね。

先に書いた適応障害が起きた場合、痛みは当然派生する事は、分かっているのに、謎の現象が一つ。
身体と歯は関係ない説の根拠。

科学にするという作業は、そう言いながらとても地道に調べるしかなかったようです。

言い聞かせている事は、こんな感じ。“一貫性とは想像力を欠いた人間の最後のよりどころである”だから、粘り強く、粘り強くしかないようです。あたしの場合。

一貫して調べ観察するしかなかった。そんな感じ。

おしまい。

投稿者: こすが歯科医院

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