じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。

2014.12.03更新

*身体が苦しくて悩まれている方は、決して読む必要はありません。
*医療はどういうものだろうと、考えられる方や、一つの世界観に興味ある方はどうぞ、読まれてください。
*面倒な方は、どうぞ、飛ばされてください。

さて、歯医者さんのHPを覗いて見れば、色々と細かい治療レベルが紹介されている世界もあれば、存在場所、開業時間が書き込まれている、タウンページ的な世界と、様々です。

どれが、いいのか、あるいは、どれが素敵なのかは、少なくともHP上では、それぞれの読者の感性や、ニーズに従う物と私は思っています。そして、それで良いのではないかと、勝手ながらに思っています。

お節介な言い方をすれば、どれが正しい文章など無いと思うのです。それぞれの先生が大事にされているお考え方を、只、淡々と、あるいは、情熱過ぎるぐらいにHP上で並べているに過ぎないと、私は思います。

ですから、私どもの紹介している世界も、求められている方々には最高の情報を提供できるかも知れませんし、逆に、ただ長いだけで要領を得ないと判断される方もいるかとも思います。それで良いと私は思っています。そんなものと、私どもは割り切って、このHPを作っております。

だから、読み物として読んでいただいても結構ですし、あるいは、何かを細かく知っていただく為に読んでいただいても良いと思うのです。
そして、願うのです。適当に読んでください。読みたい所を、適当に読んでくださいと。全てを読む必要などはないと思います。知りたい所を読み物として目を通されていただければ良いと思うのです。(別に、あなたがプロを目指されていて、尚且つ、他院の治療水準を知る為に読まれるわけでは無いと思いますので…)

ただ、今の所、定期的にHPを作っている理由は3つほど。

  1. 知識は武器です。その知識を持たれる事で、より安全に歯科治療に臨まれると素敵だろうなと言う思いです。何も知らずに、受け身でいられるよりは、何かを知られて、目的ある治療を受けられる事の方が、良いのではないかという私どもの想像です。
    もしかしたら、啓蒙という感覚の方が正しいのかも知れません。ですので、紹介している世界もいたって教科書からの知識でしかありません。ただ、実際とは違うのかも知れません。それは、どうぞ、あなたの主治医の先生とご確認ください。
    そして、私が知っている世界を好きで公開しているに過ぎません。それですから、言うなれば、独り言のようなものです。
  2. 患者が知識を持てば、臨床医も知識と臨床の努力を怠れないと私は考えます。
    いい緊張感の維持とでも申しましょうか?勝手な想像です。患者が知らければ、悲しい方かもしれませんが、努力する必要も、研究する必要もないと思うのです。そんな相互の、勝手かもしれませんが、あるべき姿と思って多分、このHPを作っているのだと思うのです。だから、真剣に読まれるよりかは、こんな世界もあるのだと、そんな意識で、考えていただければと思うのです。
  3. こんな具合に頑張っているのもいるゾー、こんなぐあいに突っ張っているドー、なんていう勝手に歯科界を賛歌している側面もあるのかもしれません。それは、読者であるなたの判断にお任せしますが…

*一つだけ知るという事の、険しい、あるいは、悲しい現実もどうか受け入れて下さい。
知るという事は、歯科医療という保険制度が如何に歯科医の無理によって成立している制度かを知る事になるかも知れません。
言い方を変えれば、保険制度の限界を知る事になるのかも知れません。そして、少なくとも、現状の時間軸で構いません。それが、許されるのか、少しでもいいから考えて欲しく思うのです。
何故、世の中に自費治療でしか受け入れないクリニックが存在している理由が分かるのかも知れません。

そこから先の考え方は、これを読まれるあなたの感性かと思います。
恐縮ですが、私には、その現実を変える力も、変えるべく意見する力もありません。私どもは、その現実を知りながら、医療はどうあるべきかを、必死に考えて、日々治療に取り組んでいるだけのクリニックでしかありません。
その考え方を好んで、ここで働く事を選んでくれたスタッフと、その保険制度をとりあえず、大事にしたいと思うドクターが存在するクリニックでしかありません。

そして、やはり、保険病名ではない病名は、保険適応は出来ないものでもあります。そんな事実も踏まえていただければと思います。
さらに詳しく保険治療について知りたい場合は、『とはいえ、保険は・・・2009』をご覧下さい。

もう少し、この考え方を持ったいきさつを知りたい方々へ。

これは、私の“こだわり”と捉えていただければ、幸いです。
昔、私はお芝居を少しかじっていました。だからと言われればそれまでですが、そこで、色々な事を、言うなれば考えたのです。どうすれば、売れる役者になれるか、どうすれば、所属する劇団が裕福になれるか?生活が出来るようになるか?
芝居で生きようと考えるなど、言い方を変えれば、社会のアウトローを積極的に選んで、失業を前提にした職業を選ぶようなものだと勝手ながら思っています。同時に、それだけ、ヒエラルキーの厳しい社会なのかも知れません。

でも、もう一つは、芝居とは、社会にどんな役割があるのだろうとか、どういった関わりを持つべきだろうと思った事も、恥ずかしながら、考えた事もあります。

そう云いながらも、どこかでそれ以上冒険をする事を辞めて、歯医者をめざしたわけで、人間とは、人生面白いものです。そんな事を、滅多にはしない過去を振り返る時思う事があります。
どこかの政治家ではありませんが、生き方も色々というわけかも知れません。

ところで、医療は享受という考え方においては、患者はヒエラルキーの下、享受に差を渡されるべきか否か、この答えの出ないテーマ―を、今なお考えています。
技術提供能力や、医療体制におけるリスク管理力という意味では、この階層構造は、あるべきだと思います。

大学病院を主体に一次医療、二次医療機関と、病態難易度に応じて、それぞれの役割がなされるべきという意味では、階層構造は肯定できると思います。

しかし、同時に知っておいていただきたい事は、歯科の場合、一流といわれるドクターほど何故か、外の世界で活躍されている方々が圧倒的に多い。設備面で、対応が出来ない全身の問題を抱えている方々等になっていった場合、始めて大学機関はじめ、総合病院といわれる二次、あるいは、三次医療機関がハイリスク患者を扱う所に紹介される側面があります。

その一方で、歯科の場合、独立法人としてこれら2次、3次医療機関ですら独立採算制を求められた結果、その顔を維持しつつ、経営維持のため、自費治療に緩やかに経営の存続を維持するよう形態を変貌し始めているという側面もあります。

この時、享受するという患者の権利は、資産や資本があるというヒエラルキーにその拠り
所が依存し始める構造に足早になって来てもいる気もします。

本来、制度における配慮なり工夫を立法府が、考えるべきだったのでしょうが、骨太200×という劇場政治から始まり、そのまま、最高責任者が1年もしないうちに責任を置き去りにバトンタッチを繰り返す中で、行政府は、渡された命令を一個一個進めていったようにも思えます。
指示系統は責任不足でも、命令系はきっちりと行動された結果、享受という考え方においては、ヒエラルキーが、より明確にされて来ているように思います。

医療は誰の為”に、と、考えてしまいます。そして、ヒエラルキーを感じとれてしまう実際と、先に書いた疑問を持ち続ける事など好んではいませんが、大事に、その疑問を考えてみたく思っています。きっと、自分が納得できる言葉を見つけてしまったら、考えを変えて行くのかも知れませんが、今は、このクリニックでの方針、すなわち、保険で出来る内容は保険で、出来ない内容は自費でという考え方を大事にしたく思っています。

ここからは芝居人をやっていた感覚です

結構図々しいので、笑って流し読みをされてください。

もし、当院の保険診療のレベルが、他院の自費治療のレベルより高い場合、二つの効果が市場経済の中では考えられるかも知れません。
一つは、更なる自費治療レベルが、上がり、世の中に役立つ。
一つは、当院にとり、資本主義の洗礼の中、如何に効率よく、しかし、安全性を維持しながら、利益性を追求できるノウハウの獲得
一つは、失礼な言い方かもしれませんが、決して褒められる事が出来ない自費治療の駆逐なのかもしれません。

な、馬鹿な、と云われるかと思いますが、工夫ひとつと努力で、安全性と確実性は、保険制度でも何とか出来るようです。

しかし、相当にしんどいものでもあります。
ここのしんどさだけは、社会性における労働の評価においては、残念ですが、劣悪以外の何物でもありません。これが、日本の歯科界に与えた誇るべき行政指導の賜物なのかも知れません。すなわち、世界の1/10の評価に抑え込む事で、保険制度を維持しているもう一つの蟹工船的な顔なのです。

でも、この国の社会がヒエラルキーの集合体へと緩やかに変わる時、私どもはその中で生きる事だけは、忘れてはいけないと思うようにしているのです。おそらく、これ以上、ヒエラルキーという階層が相当な格差を作り出す時、私どももある種の決断をしなければいけないのだろうと、密かな覚悟もしております。

芝居人で生きた折には、社会の関わりを一生懸命、演劇というメディアが醸し出す可能性として考えてみました。
歯科医になった今は、歯科医療が関わるべき可能性を、やはりついつい考えてしまう熱い想いがまだ、今の所、残っているようです。

そんな感じで、どうぞ、本篇もよろしくお願い申し上げます。

中年の弁論聞いていただきありがとうございました。次回へ続きます。Coming soon...

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投稿者: こすが歯科医院

2014.12.03更新

季節も気がつけば、オウタムという具合に、秋に入って来ました。そう言えば、政権交代が成立しましたね。たくさんこの国を素敵にされてきた方々から、世襲、また世襲と繰り返しいつの間にか、たくさんの借金を繰り返す事が当たり前で、その解決は後回しにされ続けたあげく、“おなか痛い”、“あなたとは違うの”、“べらんめい”と開き直りの繰り返しをされ続けた結果が、今回のような政権交代を招く結果になったのかも知れません。
そんな見方も出来るのかも知れません。新しく政権を担う方々には、是非素敵な国作りをしていただきたく思います。
もう嫌タム。
もう無理タム。
開き直るタム。
そして、実りの秋のはずなのに、「その実りはいつかまた気が向いた時にでも」は、もう結構と思います。冬という季節に感じがちな閉塞感を、ただただ引っ張る事は、ご遠慮願いたくも思います。

てな具合に、幼い権力抗争だけで終始してもらいたくはないと思います。是非とも、国民の公僕という意識も取り戻していただき、安心出来る国家運営をお願いしたく思います。そして、私達も国民である前に一市民であることを忘れてはいけないのかなって、思います。

ま、そんなお話はさておき、医療現場は、そんなから騒ぎの如く主権者不在の抗争をつづける事なども出来ず、患者と対峙して行くという、当たり前の仕事があります。そして、常に実りの秋を患者に提供できないものかと、私どもは悩み、考えます。しかし、実際、病態を100パーセント抑え込む事や、解決を図る事は難しい時もありますから、如何にその数字まで近づけるかという努力は怠れないと同時に思います。

振り返って見れば、開業していつの間にか10年目を迎えようとしています。

当たり前のことを当たり前に行いたいという意識で今日まで歯科医業を行って来ました。何が当たり前なのか、言い換えれば、当たり前探しをまずは、取り組んできただけのクリニックと言い切る事が出来るかも知れません。

しかし、この当たり前が、クリニックを成長させるわけですから、結構、当たり前の感覚って大事な事のような気がします。この当たり前を見失えば、机上の想像だけで、あるいは、患者不在な所で、治療が行われてしまうのかなって思うのです。
別にどこのクリニックであろうと、どの先生であろうと、決して患者不在を考える事など無いと思うのです。でも、時に患者不在と感じる現象を作るから、面白いものだと、僕は感じます。それは、本来身近であるべき政治をみると、主権者に無頓着な方々を見るにつけ、思ってしまいます。一市民の延長という意識や、一市民の代表という見地も忘れては同時にいけないのかも知れません。それは、私ども国家試験習得者も、同じのような気がします。

一市民の見方、考え方を失う事は決して、許されるものではないと思います。私どもは、ここをとても大事な事と捉えております。

そんな意識で、今回はスタートしてみたく思います。

今回紹介する目次は、こんな感じです。

  1. 機能障害の考えかた
  2. 基本への忠実としての考え方

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投稿者: こすが歯科医院

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