じっくりと事を進め、急がず、確実に。これが当院のスタンスです。
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2018.04.11更新

1)どうにも真ん中とは難しい物です。
『顎ずれ』という言葉がある事は前から知っていました。ある学会が提唱し始めて市民権を得た言葉なのでしょう。そんな言葉をテレビでもチラホラ目に入るようになります。

これで、全てが解決するならどんなに楽かと思う立場にいます。過去ある医師から、歯科医が見る真ん中とは医師が見る真ん中とは違うと目から鱗の話をされます。これをまた悩む訳です。この意味を正しく捉えられないと『顎ずれ』自体が陳腐になる。この定義自体が曖昧な中、治療を推し進める事はどんな事が生まれるのか?

この捉え方が間違っていたら、どうなるのか?テレビでは、線維筋痛症の謎は『顎ずれ』と報じられていました。その基準は、真ん中に対してずれているからだと報じられていました。この真ん中という基準を間違って捉えているとしたら、どうなるのだろう。あっしは、この基準の曖昧さを証明できる側に立ってしまったようです。これを原著論文にせざるを得ないと考えています。

確実でない事に確実性を置くという事が良い事なのか?あるいは、違うのか?報道に出ていた医療関係者はその道に通じた専門家なのでしょう。只、アッシは専門家の端くれとして基準を曖昧にはすべきでないと考えたのでしょう。『顎ずれ』が医学用語になっていない以上、安易なバラエティーの教育番組といえその報道内容は怖い気もします。

2)顎位でも良い。口の中でも良い。例えば口は、触らなければ常に一定の環境なのだろうか?
アッシらが学んだ常識では、口の中を触らない限り口の中は一定と学ぶというか思い込ませられます。しかし、アッシの診た臨床では違うと言わざるを得ない。
身体の中心起点で診た場合、変わる事がある。キネシオテープで身体を支えた模型と、キネシオテープを外して身体の支えを失った顎模型では、中心に対する位置は変わり困った事に歯型すら違う。テープを外し瞬時に模型を取って、この有様だ。こういうことがあると知る時、歯科医はどう対峙すれば良いのだろうか?今年の学会でこの模型を出すべきか出さざるべきか、トピックとして報告すべきか、唯思案します。
知らなければ対峙できないし何も起こらない。対峙するには知るべきだと専門家の端くれを目指せば、何かを知る。変数の多さを知り途方もない壁を渡される。

テレビも面白い物です。自らの身体で線維筋痛症を解明したと言われていた。それに付き合った歯科医もいるだろう。医師の知識で歯科の知識が短期間にカバーできるか、そんなに歯科の知識は薄い物だろうか?そんな事を思う。後々尾を引き、つけの始まりにならねば良いと考えたりもする。テレビに出ていた歯科医がその該当歯科医なのか、そうであれば何も言うまい。もし、違った場合長年組んできたというコピーがあるなら、くそとなるまいか。
『悪人は常に悪人でくそは常にくそ』かの名相チャーチルの言葉になる。くそよりも悪人の方が差し詰めまだ良い。
長年組んできたというその歯科医が、瞬時に模型上でも変わる事を知っていればよいが。

 

続く

 

投稿者: こすが歯科医院

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